第3話 劣情?

 カタカタカタ……。


「ほらほら、またおかしなことになってるわよ!『今日は遅番だから昼までにチュッ筋すればいいのだが』って何かしら?」


 引き続き俺を執拗しつように責め立てる少女。


「……いや、また君のタイプミスじゃないかな?」


 俺はあきれつつ言ったのだが、


「ふざけるのもいい加減にしていただけます!? このに及んでまだわたしに劣情れつじょういだいているのかしら!?」


「ち、違うよ……! そんなこと思ってないから、お願いだからここから出してくれないか? 頼むよ」


「『お願いいたします』でしょう?」


「お、お願い……します」


「敬意が足りないっ!!」


「うわぁ!」


 いったいどこから出してるんだと思わざるを得ない大声に俺は戸惑とまどった。


 カタカタカタ……。


「はあ……。またやってしまったようですね。『転生の画家』ってなあに? わたしは『天性の画家』と打ったの! まったく、どれだけ異世界ものが好きなのかしら? アニメ以外も観なさいよ? ラノベ以外も読みなさいよ? 牛乳はちゃんと飲んでるの? 部屋から出て日光にしっかり当たっているかしら?」


 なんか今度は母親みたいになってきたな……。


 カタカタカタ……。


「ほら、またよ!『伊勢家愛』って誰なのよ!? ねえ、いったい誰なのっ!? 伊勢家さんって誰っ!? わたしが打ち込んでいるのは『異世界』っ!!」


「知らないよ……。君のタイプミスだろ?」


「くうーっ……! 悔しいっ」


 歯を食いしばってのにらみが凄すぎる……。噛まれそうで怖い。狂犬かよ。涙目になってるし。


 カタカタカタ……。


「あっ、これは100パーセントあんたのミスねっ!『信じ欄内』。誰? 欄内さんって誰~? 信じらんない! あははははっ! はあはあ……これは私のせいじゃないわね……」


 なに胸張って勝ち誇ってるんだよ……、このミスタイプ女王が。


 カタカタカタ……。


 だんだん慣れてきたぞ。こいつのミスタイピングのクセも分かってきたし……。それを見越みこして変換してやるっ! って、なに俺やる気になってんだ?


「あらっ、もう直してくれてる。ありが……、ごほん! な、なんでもないわ! お、お礼なんて言わせるんじゃないわよっ!!」


 目の前の完全なツンデ玲奈れいなさんにどうしようもなくなる俺だった。


 カタカタカタ……。


「くぉらあぁぁっ!『ばいちょ』ってなんにゃあぁぁっ!? なあに可愛いアピールしてるにゃっ? 馬鹿なのかにゃっ!? 『バイト』でしょーがバイトっ!!」


「いやもう自分でも気づいてるよね? 変換も押してないし。ただのタイプミスじゃん、それ。あとキャラもおかしいし。いつから前〇みくになったんだよ?」


 カタカタカタ……。


「うぷぷっ……! あははははっ!!『金属バッタ』って何? 一目見てみたいものだわ。虫好きの小学生が狂喜乱舞して追いかけるわ、きっと! ……『金属バット』よっ!! 私は高校野球の一シーンを書いてるのっ!!」


 ミスタイプひどいな……、初歩からやり直した方がいいんじゃ……。


「ん……?『書いてる』? 日記とか?」


「ま、まあ……そんなところね……」


 少女は急に目をそらした。怪しい。こいつはいったいどんな文章を書いてるんだろうな……。今は変換するのに目いっぱいだけど……余裕が出てきたら何を打ち込んでるのか確認してみようか。


「それよりおまえ、名前はあるのか? 俺は正入力忠志せいりきただしって言うんだ。小説を書いてて――」


「ちょっと待って。その前にあんたに言いたいことがあるの」


「なんだ?」

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