第4話 長い夜?

少女は俺から少し目をそらしながら話しだした。


「その……、あんたの小説は……好きだけど、あたしに対する態度は最低だった。ブツブツ文句を言って、イライラしながらキーボードをぶっ叩いて、エンターキーなんかめり込むくらいに強打して……。時にはパソコンごと放り投げて……。なんであんなに感動する物語を書ける人間がこんなにクズなんだろっていつも思ってた」


 俺の小説……読んでてくれたのか……。投稿してもほとんど誰も読んでくれないような物語を。


「それでもあんたは、いつも最高に楽しめて泣けるストーリーをあたしに読ませてくれた。あたしは読むことに夢中になって変換に気が回らなくなってきてた。身体は衝撃でボロボロになってたけど、あんたの物語が読めれば嬉しかった……楽しかった……幸せだった……それだけでよかった」


「……」


「それなのに突然Goowle日本語変換に替えるなんて言うもんだから……。そんなことされたら……もうあの物語が読めなくなっちゃうじゃない……! だからあたしは猫被ねこかぶったキャラであんたを止めようとした……。キモオタのあんたにウケそうなキャラをね」


 目に涙を浮かべ、画面の中の俺を真っすぐ見据みすえて話す少女。


「……ごめん! 本当に、ごめん……」


 俺もなんだか泣けてきた。やばい……お願いだからそんなに顔をしないでくれ……。


「……」


「この通り、悪かった……」


 少女に向かって頭を下げる。


「うぐっ……ううっ……。ば、バカじゃないの!? そんなことしか言えないの!? このボキャ貧がっ!! もっと気のいたこと言いなさいよねっ!?」


 感極かんきわまったような表情のあとで一転ふんぞりかえった少女は目頭めがしらぬぐい、顔を上げて輝くような笑顔を見せた。




「そうだなあ……タイピングにちなんだ名前でいいか?」


「それでいいわ。あたしにぴったりの名前をお願い」


 少女の名前は特にないとのことで、俺が考えることになった。


「期待してるわよ……、ミリオンセラー作家さん」


「おいおい……楽しいって言ってくれるのはおまえだけなんだぞ?」


「みんな分かってないだけよ……。忠志ただしの小説は面白い。あたしが保証する」


「あ、ありがとな……」


 なんか調子狂うな……。さっきみたいにボロクソに言ってくれたほうがまだ気が楽だ。


 変に緊張するじゃないか……。PC画面にぴったり顔をくっつけてさ……。そんなに近づかなくても見えるだろうに。


 少女の前髪が首のあたりで綺麗きれいに少しだけカールして揺れている。改めてじっくり見るとあどけない口元もあいまって非常にあいらしい。


「ねえ?」


「うわっ! 何だ?」


 つい見とれてしまっていた。


「もう決まった?」


「いや、まだ数十秒しかってないだろ? そんなにすぐは無理だって」


「ええ~っ? 名前くらいパパッと思いつかないとプロ作家になんてなれないわよ?」


「ああ、分かってる。俺は書くペースも遅いからな……。いつも徹夜になってるのをおまえも知ってるだろ?」


「あたしは別に構わないわよ……。長い夜をあんたと一緒に越えて行けるんだもの……。悪い気はしないわ……」


「言い方……! それじゃ二人でエロいことするみたいだろっ!?」


「えっ!? そ、そんなわけないでしょ!? 何考えてるの……ありえないっ!! ちょっと詩的な表現を入れてみただけじゃないのっ!」


「そうか? 今のって詩的かな? あれ? つうかおまえ、もしかして小説書くのか?」


「ぶっ……! か、か、か、書かないわよっ!! だ、だ、誰が小説なんか……。か、書くんもんですかっ……あんなもの……!」


「ふーん、書くんだな……。それでどんな内容なんだ? ジャンルは?」


「か、書かないって言ってるでしょう……!? 人の話聞いてるの!?」


「今度読ませてくれよな。楽しみにしてるから」


「話を聞きなさいよっ!!」

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