最終話 よき

「もちろん、無料です」


 その一言は大きかった。けれど、あたしはもう、占いに興味をなくしかけている。


「君さぁ、どうして顔も見てない相手のことを占えるの?」


 それは、前から不思議に感じていたことだ。『フユツキ フユゾウ』のネット占いはよく当たるから。


「それは、こう言うと語弊があるかもしれないですけど、ネット占いは誰にでも同じようなことしか答えてないんです。なぜってそれも、確率の問題で、占いにすがる人の多くは、似たような悩みを抱えているからです。ためしに、フユツキ フユゾウで検索してみてくださいよ。検索結果を見ればわかると思うのですが、大抵名前の横に『うらんくさい』とか『ヤラセ』だとか『おなじことばかり言う』とか、よくないことしか書いてないですよ。でもおれなりに、そうやって占いにすがる人が悪いことに巻き込まれないように、注意を促しているつもりでいるんです。お正月だから大吉を多目に見繕う神社とは違うんですっ」


 うーん、と考えた後、あたしは首を左右に振った。


「君さっき、逆に考えればいいって教えてくれたよね? じゃあさ、そのお手本も教えてよ」

「お手本?」

「そ。悪い占いの攻略方法」

「そうだな」


 彼は真剣な顔でエレベーターの隅っこを見つめながら話し始める。


「あなたはすぐに人を信用してしまうから、詐欺に引っかかりやすいのかもしれない。それは美徳であるかもしれないけれど、もう少し人間関係に慎重であるべきだ。そしてある一定の男は常に浮気をしているから、あなただけがだまされているというわけでもない。おそらくこれも、確率とタイミングが絡んでくるかもしれないけど」

「そういう浮気男は、どうやって見破ればいいの?」

「どう? うーん? ためしに、自分が浮気してるとか、かるーい感じで言ってみて、相手が怒ったらすぐに嘘だってバラして。実は自分も、とか言う男だったら、別れるべきかと」

「ほーう? それで? あたしの手相、どうしても見たい?」


 や、あの。と、彼が口ごもる。そりゃあね。さすがに商売を簡単に無料で占うとかはないよね。


「もし、よろしければ」


 えええええええ〜っ!?


「いいの? 無課金だよ?」

「得意分野なので」

「じゃあさぁ、もし手相も最悪だったら、それは言わないでもらえるかな?」

「どうしてですか?」


 おいおい。今の運勢が最悪だと言われたことはないのか、君は。ひょっとして鋼の心臓をお持ちですか!?


「実は、最悪の運勢を回避する、とっておきの方法があるんですよ」

「嘘っ!! なになに!?」


 あたしは前のめりで彼に詰め寄った。


 と、そこで、思いがけずエレベーターにあかりが灯って、動き始めた。


 目の前には、背の高い、ちょっぴり無愛想な男の子。あたしが今までおつきあいしてきた中で、一番普通。って言ったらなんだか悪い気もするけれど、素朴な感じの男の子で。とても占い師には見えなかった。


「電気がついてからだとちょっと話しにくいんですけど」


 彼があきらかに動揺しているのがわかった。だって、耳も顔も真っ赤だもん。


「運勢がいい人の側にいればいいんです。そうしたら、悪いものはいい方向に変わってしまうんです」

「そっか。で? 君は? 運がいい方? それとも悪い方?」


 答えはもうわかっているけれど。


「しいて言うなら、タイミングだけは絶妙に悪いです。でも、その他はとてもいいです」


 うん。そういうのも、新鮮だな。


「ねぇ、これからコーヒー飲みに行かない? そこでゆっくり、あたしの手相を見てもらいたいんだ」

「おれ、なんかでいいんですか?」

「だって。これもきっと、なにかの縁だからさ」


 そうしてエレベーターのドアが開けば、警備会社の人に酷く謝られてしまった。


 そう、出会ったタイミングは最悪だったけれど、一分一秒ズレていたら、彼とも会うことはなかったかもしれない。初日の出には間に合わないかもしれないけれど、初詣には間に合いそうかも。当然、おみくじなんて引いてあげないんだからっ!! 


 運勢は変えられる。それは、気分次第だったり、考え方次第だったり。あるいは、おつきあいをする人と一緒にいる、とかね。だから、あたしはもう、占いなんて信じない。ものすごく運のいい人と今は一緒にいるんだから。


 おしまい


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その占い、信じてみる? 春川晴人 @haru-to

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