毎朝電車で一緒になるJKが「いつも頑張っててすごい」と褒めてくれて、ちょっとうれしい。

月ノみんと@世界樹1巻発売中

第1話


 ――ガタンゴトン。

 毎朝電車に揺られながら、俺は通いたくもない会社に通っている。

 その日もいつものように、揺られながらぼーっと突っ立っていると――。

 ――ドン。


「あ、すみません」

「いえ、こちらこそ……」


 身体をぶつけてきたのは、今時の可愛いJKだった。

 こんなオッサンの汗臭い体とぶつかってしまって、申し訳なく思う。

 向こうはぶつかった拍子に、ふわっと甘いいい香りを漂わせてくる。

 正直、朝から刺激が強い……。


「あの……いつもこの電車、のってますよね?」

「え、ええ……まあ……」


 驚いた、まさかこんな可愛いJKに話しかけられるなんて。

 JKと話したのなんて、もう数十年ぶりじゃないか……?

 俺は仕事で忙しくて、若い女性と話したのすら久しぶりだ。

 そういう店にいくような元気もないし、職場にはろくなやつがいない。


「てか……なんで……?」

「おじさん、いつもこっち見てたから……」

「は……?」


 そういえば、見覚えがある。

 だけど、俺は別に彼女のことを凝視していたわけではなかった。

 ただいつも何気なく、ぼーっと同じ方向を見ていただけだ。

 それなのに、その言い方はちょっと心外だ。


「えっち……」

「え……」


 それだけ言ってそのJKは電車から降りていってしまった。

 なんだったんだいったい……。

 他のサラリーマンからの視線が痛い。


 とにかくそれが、彼女を初めて意識したきっかけだった。

 それからも何度か電車内で目があった。



 俺は別に、その女子高生になんて興味はなかった。

 だけどあの一件いらい、なぜか妙に目線がそっちにいく。

 くそ……なんで俺があんな子供を意識してんだ?


 俺が電車に揺られ、椅子に座っていると――。

 反対側の扉付近に、彼女は立っていた。

 俺は無意識に彼女のほうへ目線を向けてしまう。

 すると、向こうも俺に気づいたのか、目が合う。


「くす……」


 と彼女は俺に笑みを向けてきた。

 くそ……なんだかからかわれている気分だ。

 そうやって彼女を見ていると、ふと、視界の端に別の男が映った。

 男はなにやら挙動不審で、彼女のもとに変な近づき方をしている。

 不審に思ってそいつを目で追っていると、明らかに変な動きをした。

 これ、盗撮か……?

 俺はとっさに立ち上がり、男の腕を捕まえた。


「おいアンタ、さっきからなにしてんだ?」

「は、はぁ……!? なんだよオッサン! 俺はなにもしてねえし……!」

「じゃあこれはなんだ……?」

「っく……」


 俺が男の手からスマホを取り上げると、男は俺に蹴りを喰らわせようとしてきた。

 しかし、こっちもただじゃやられない。

 これでも一応、昔はそこそこ格闘技とかやってたんだ。

 俺は男の蹴りを受け止め、そのまま男を地面に張り倒す。


「っく……」

「次の駅で降りるんだな!」


 俺が男を倒して取り押さえると、車内からぱちぱちとまばらな拍手がきこえてきた。

 まったく、俺は会社にいかなきゃなのに、なにやってんだ……。

 次の駅で女子高生と俺、と件の男と三人で降り、事情を駅員に話す。

 男は事情聴取のため連れていかれた。

 ていうか、俺と女子高生もついていくはめになった。

 くそ……会社確実に送れるな……。

 部長に電話しておかないと……。

 しばらく簡単な事情聴取を受けたあと、俺と女子高生だけは解放された。

 男のほうは警察にひきわたされた。


「ふぅ……これで一件落着か……」


 俺がそのまま行こうとすると、女子高生に呼び止められる。


「あの……ありがとうございました」

「いや別に、たまたまだよ」

「ずっと、私のこと見てましたよね……?」

「いや、見てえねえし……」

「えっち……」

「はぁ……!?」


 それだけ言うと、女子高生は走り去っていった。

 なんだったんだマジで……。

 魔性の女ってのは、ああいうのを言うのか?



 その日は遅れて会社にいって、ひどく怒られた。

 しかも残業が長くて、終電になってしまった。


「最悪だ……」


 疲れた体をなんとか動かして、ようやくの思いで電車に座る。

 電車に座ってしばらくうとうとしていると、途中の駅で俺の横に誰か座ってきた。

 こんなにすいてるんだから、別のところに座ればいいのに……。

 そう思いながらうとうとしていると、なんかいい匂いがしてきた。

 横の人か……?

 なんか、甘ったるくて、それでいて爽やかで、青春ぽい匂いだ。

 なんかこれ、かいだことある匂いだぞ……?

 これって……あの女子高生の……。

 そう思いつつ、目を開けると、隣には朝の女子高生が座っていた。


「おま……!?」

「どうも」

「なんでこんな時間にいるんだよ……終電だぞ……?」


 親とか心配しないのだろうか。

 ていうか、俺が心配だ。悪いやつに巻き込まれないかなとか。

 案外、遊んでる子だったりするのか?


「朝は、ありがとうございました」

「いや、それはもういいから」

「いつもこの時間なんですか?」

「いや、そういうわけじゃないけど、今日はな」

「いつもおじさん、疲れてるから……大変そうだなって……」

「そうか……? てか、なんでそんなこと……」


 俺は不思議に思った、それほどこの子と会ってはいないはずだけど……。

 たしかに朝は毎回同じ電車だが、意識しはじめたのは最近だ。


「おじさんがいつもこっち見てるって、なんで私がそう思ったかわかります?」

「さあ……?」

「私もいつもおじさんを見てたからですよ」

「はぁ……!?」


 ちょっと顔を赤くして照れくさそうに言う彼女。

 俺も思わず、歳がいもなく赤くなってしまう。

 まったくなんてことを言い出すんだこの子は。

 おじさんをからかうのもいい加減にしなさい。

 まるで告白されたかのような気分になってしまう。

 どきどき。


「おじさん、いつも朝から疲れてて、大変そーだなーって、社会人」

「まあな、でも、学生も大変だろ?」

「そうでもないですよ」

「それで、なんのようなんだ……?」


 俺はそう尋ねた。わざわざ俺の隣に座ってきたってことは、なにかあるんだろう?


「今日、終電なくなっちゃったので泊めてください」

「はぁ…………!??!?!」


 俺はいきなりの発言に思わず噴き出した。


「なんでそうなる!? てかダメにきまってんだろ……!?」



「で……なんでこうなった……?」

「さあ……?」


 結局、俺は家にその子を連れて帰ってきてしまった。

 彼女の家に帰るには、乗り換えの都合もあって、終電を逃してしまうらしい。

 どうしてもというので、ていうか……ついて来た。


「ああもう、仕方ねえ。明日にはちゃんと帰れよ。なにがあったかしらんけど」

「はぁい」


 これ、もしバレたら俺やばいんだろうか……?

 俺は心に決めていた。なにがあっても、手はださないぞ……。


「シャワー借りてもいいですか?」

「好きにしろ」

「覗きます?」

「覗かねえよ……!」


 まったく、この女なにするかわからねえ怖さがある……。

 そっから風呂に入ったり、飯を食ったり、適当に過ごして。

 いよいよ寝る時間。


「じゃあ俺は地面で寝るから、ベッド好きにつかいな」

「え? ダメですよ」

「は……?」

「おじさん疲れてるんだから、ちゃんとベッドで寝ないと」

「えぇ……でも一緒には寝れないだろ」

「私はいいですよ……? いつもお仕事がんばってるご褒美です」

「まじか……」


 それっていいのか……?

 ただ一緒に寝るだけならいいのか……?

 いや、俺の理性よどこかにいくな……!

 俺はすんでのところでこらえた。


「だめだだめだ! 大人をからかうんじゃない!」

「ねえおじさん」

「はぁ……?」

「なにかしたいことないの……?」

「はぁ……!?」

「ふつうJK泊めたら、なにかしたいことあるでしょ?」

「あのなぁ……俺は大人だぞ? そんな馬鹿なことするわけないだろ」

「ふぅん……ま、いいけど……」


 そしてそのまま、俺たちは眠った。

 もちろん、俺は地べただ。

 ふぅ、危ない危ない……俺の理性はよくがんばったと思う。



 翌日、朝起きたら何事もなくJKは学校に行った。

 まったく、なんだったんだよ……。

 なんで昨日あんな遅くに帰ってたんだ……?

 よくわからん。

 あまりそこを詮索するのもなぁ……。


 それから、また日をまたいで、朝。

 電車に揺られていると、あのJKがまた乗ってきた。

 そして今度は、俺のほうに近づいてくる。


「おじさん」

「ん……?」

「いつもお仕事がんばっててえらい!」

「お、おう……?」


 JKはそういって俺の頭に手をのせると、そのまま別の車両にいってしまった。

 なんだったんだ……?


 それからというもの、毎日JKは俺のところにきて褒めてくれるようになった。


「いつもえらい!」

「なあ、なんなんだそれ」

「え……? だって、おじさん疲れてるし、がんばってるし、せめてもの? それと、泊めてくれたし、助けてくれたし……私なにもお返ししてないから」

「これがお返しってわけね」


 なんだか、悪い気はしない。

 正直、働き始めてから俺のことを褒めてくれるような人なんて誰もいなかったからな。

 不思議と心が満たされる。

 上司には、おこられてばかりだ。


「じゃあ、今日もお仕事がんばってね」

「おう……お前も、学校さぼるなよ」

「うん」


 それからも、俺たちは毎朝、短いながらも言葉を交わした。

 とくにそれからなにか進展があるわけでもなく、それだけの関係だ。

 この関係はいつまで続くのだろうか。

 もしかしたら、彼女が卒業して、大学にいったら、終わるのかもしれない。

 だけど今はちょっとだけ、仕事にいくのが楽しみになっている。

 ただそれだけのことだけど、俺には大事なことだった。


「誰かに褒められるのって、ちょっとうれしいな……」

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