第9話「ソンギブ家の謎」
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……。
……………。
朝の心地よい光が鼻を掠めた。
かすむ目を少しずつ開ける。
心地よい目覚……。
「おはよう。息子よ……。
昨日はぐっすり眠れましたかな。」
目を開けた唯臣の枕元に”にゅっ”と顔を出すリーヘン。息がかかるほど近い。
平べったいおっさんの真正面の顔が目の前にある。
矢倉唯臣の異世界での初めての目覚め。
唯臣はリーヘンに会釈した。
「昨日は本当に楽しい夕食でしたな!
養子の話は冗談じゃないぞ!
でも……ゆっくり考えてくだされ。
もちろん、ならなくてもいつまでもここに居ていいんじゃからな。
自分の家と思って屋敷でくつろぎなされな!」
肩をポンポンと叩いてニッコリと笑った。
唯臣は、この大豪邸を散策することにする。
◇◇◇
昨日の夕食でのリーヘンの話は全く尽きる事が無く、唯臣は様々な事を知った。
まず、この世界の情勢。
この世界は6つの国からなる。
【レナシー共和国】
【ミグニクト】
【ファードナル】
【ソドム】
【ライトメイト】
【シグルド連邦】
そして6つの国は今、大戦国時代の真っただ中。
また、唯臣達のいる”ブオンバプ”はミグニクトにあるそうだ。
ミグニクトは、”ブオンバプ”・”チンキ”という2つの大きな街と多数の小規模農村とミグニクト城下街から成る、富国強兵の国で、騎士の地位が高く、貴族はこぞって騎士団に入る。
騎士団は他国との戦いに身を投じる事と、自国を守ることが主な仕事。
そして、その6つの国とは別に、【魔王】もいて、どこかに魔界に繋がる魔王の国もあるらしい。
魔王への対応は勇者と、冒険者達が行っている。
勇者が魔王を探す旅をしていて、冒険者達は主に魔王の作ったダンジョンを潰しまわっている。
そして一番驚いたのがこの世界の音楽の扱いだ。
この世界の人々は皆、音楽が大嫌いなのだ。
その嫌いぶりはゴキブリに対するそれと同じくらい。
楽器を見るだけで嫌悪感が生まれる。
そして、そこまで音楽が嫌いなのに、”バルオ”もそうだが【楽奴】と言う、音楽をするための専用の奴隷が世界中にいる。
そのくせ、楽奴の演奏はどうやら聞こえてはいないらしい。
昨日も、食事のBGMとしてオルフィーの楽奴のバルオと、リーヘンの楽奴のピアノ弾きの”トートー”が二人でずっと協奏をしていた。
バルオもトートーも実力者でとても素晴らしい演奏で唯臣には、非常に心地が良いものだった。
しかし、”音が苦”と言う割には、オルフィーもリーヘンも、2人の協奏に対し不快な顔も何も無く、そもそも音楽が聞こえていない様に会話をしていた。
―――いったいこの世界の人は、楽奴になんのために演奏をさせているのか。
ただ、演奏自体に意味は無いのかも知れないが、存在自体にあるのかも知れない。
と言うのも、楽奴を保有することを”占有預かり”というらしいのだが、それが貴族や豪商のステータスとなっているのだ。
小さな村には楽奴は1~3人程、大きな街でも10~20人程度が、楽奴として街中で演奏しているらしいが、貴族や豪商は個人で楽奴を保有することが出来る。
演奏や楽器を見るのは不愉快だが、楽奴を連れていると言うこと事態に価値があるようで、どこに行くにも連れて行く。
また、ソンギブ家の台所事情も大変に謎である。
まず、ソンギブ家は、このミグニクトで1番の豪商。大金持ち。
なのにだ。
なんと仕事は一切していないと言うのだ。
なぜか分からないが、莫大な資産があり、この豪邸で暮らしている。
リーヘン曰く……。
「ガハハッ!
何もしないのは結構じゃないか!
少なくとも今、一生遊んで暮らせるお金がある!
大事な娘と、そして婿養子の唯臣がおる。それでいいのだ!」
だが、オルフィーはこの状況に関して、非常に危機感を持っているようで……。
「パパ!そんな自堕落に過ごしてるのが世間の皆様にバレたらこのソンギブ家の威信が失われてしまいますわ!
何か、他の人をあっと言わせる名誉を得なければ、このソンギブ家は……、滅亡しますわ!!!」
と、お互いに違う事を思っていた。
◇◇◇
……。
…………。
唯臣は、ソンギブ家の大きな地下倉庫までやって来た。
湿度管理は魔法なのか、徹底されており、50%くらいだろうか。
涼しくて洞窟の中の様な静けさもある。
そして中にあるものに驚く。
スタンドに大量に立てかけられたギターだった。
それはレスポール(ソリッドギターで、ハムバッカー式のピックアップを装備し、ボディの底部が大きく重心もあり、柔らかく温かみのある低音が鳴る)と言うエレキギターや、SG(最大の特徴が左右対称のダブルカッタウェイを採用したフォルム。中音域が太く存在感のある音が鳴る。)というエレキギター。
他にもフライングVやESなど、とにかく、現実世界にあった、ある会社の超有名な名器達が揃っているのだ。
唯臣が、宝物の山々に、目をキラキラさせながらギターを物色していると、オルフィーがやって来た。
「唯臣様こんな所におられたのね。
どうですか?
我が家の暮らしは。」
唯臣は会釈で返す。
「もう……。
そんな無口な所も可愛いですわね。」
頬を赤らめるオルフィー。
「昨日のお話……。
私本気ですわ。
ソンギブ家として、唯臣様が今後このシンフォニアを暮らして行くこと。」
オルフィーは続ける。
「唯臣様は、この世界に【成す為に】やって来たのでしょう?
私考えましたの。
【成す】とは何なのか」
真っ直ぐな目を唯臣に向ける。
「この世界で権威を持つのは貴族です。この国で言うと騎士団ですわ。
またこの世界で名声を持つのは、魔王討伐に励む勇者様や冒険者です。
この2つは相容れない様になっていますの。」
オルフィーは言う。
オルフィーが言うのは、ミグニクト国のルールだ。
騎士団と冒険者を兼任するのは無理なのだ。
騎士団には貴族か一部の豪商にしか入れない。
また冒険者には貴族はなれないと言う。
「つまり、豪商の一族、ソンギブ家。
私達は唯一、騎士団にも所属することが出来て、冒険者になることも出来るのでございます!!」
明後日の方向に指を差し示しポーズを決める。
「唯臣様のこの世界での【成すべきこと】が分からない今、騎士団に入り、そこで地位を確立し、【グランドマスター】になってください。
さらに冒険者としても最上級のクラスに……、【Sクラス】なってください。
これは全人類未踏の快挙ですわ。
【成すべきこと】の目的に十分成り得る偉業です!
もし違くても、そこまでの名声を得たら、目的が明らかになったときにどんな風にでも動けますわ!!」
唯臣の肩を抱き言う。
「婿養子になって欲しいですが……。
別に最初はただの養子で構いません。
本当に考えてみてくださいね。」
オルフィーは精一杯の気持ちを伝えたから満足したのか、言い切って恥ずかしくなったのか、”トタトタ”と逃げる様に、走って地下室から出て行った。
…………。
……。
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