第10話「僕の名は君の名は」
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……。
キラッキラの宝物の様なギター達を堪能した後、矢倉唯臣は地下倉庫を出た。
オルフィーに言われた言葉は強く胸に残っていた。
強制的にやって来たこの異世界【シンフォニア】で、自分の養子にまでしてくれると言う温かな優しさ。
どう考えてもありがたい話なのだろう。
ただ、まだ踏ん切りがつかない。
考えて考えているうちに、気付けば夜になっていた。
昨日の夜と同等に、楽しい楽しい家族の団欒の様な夕食を終え、唯臣は自分が使わしてもらっている部屋まで帰って行く。
大きな家だ、寝室に行くまでもかなり距離がある。
自分の部屋がある区域に差し掛かった時、近くから何か懐かしいような、幸せな旋律が流れて来た。
唯臣は、音の心地よさに釣られ、フラフラとある部屋の前に辿り着いた。
”コンコン”
唯臣は扉をノックする。
返事は無い。
”カチャリ”
扉を開ける。
それはこの豪邸には似つかわしくない6畳ほどの小さな部屋。
もともと小さな物置部屋だったのだろうか。
”~♪”
微かだった音が今度ははっきりと聞こえる。
それはアコースティックギターの音だった。
”ハミングバード”という名の付くギター。
演奏するのは、唯臣と同じくらいの歳の少女。
少女は部屋の隅にあるベッドに座って弾いている。
少し赤みががった髪色で、首筋まで伸びた髪に左側にサイドポーニーテールをしている。切れ長のくっきりとした二重が印象的な、整った顔立ち。
服装から楽奴であることが伺える。
彼女が奏でる音は、ハミングバードならではの、「ハニートーン」と呼ばれる甘い響きで、じんわりと唯臣の心の中に染み込んで行く。
物悲しくも優しい旋律だ。
こんなに心を揺さぶられる音楽は、羊川のギターと、そしてbirdsの少年のギターしか知らない。
美しいギターの音色に、唯臣は自然と涙が溢れる。
無表情でギターを弾き続ける少女の、無機質な表情は、唯臣の涙によって少し驚きが滲んだ気がする。気のせいかも知れないが……。
演奏がFinを迎え、曲が止まる。
美しい演奏に自然と唯臣は拍手をしてしまう。
そこで、唯臣は、誰もいない2人きりの部屋だと気付く。
少女の座るベッドに、少女の横に唯臣も座る。
「……僕の名は、矢倉唯臣。
君の名は?」
唯臣が少女に問いかけた。
「……。」
少女から返事はない。
ただ、返事の代わりなのか、次の曲を始める。
甘い旋律のヒーリングソングだ。
この部屋には、少女と自分しかいない。
自分の為に弾いてくれるギターは心地よい。
唯臣は、少女のベッドで眠りこけてしまった。
”チュンチュンアサチュンチュン”
異世界での2度目の朝。
唯臣が目を覚ますと、スースーと小さく寝息を立てる昨日の少女が隣で寝ている。
気付いたら、ゴロンと二人で小さなベッドに寝ていたようだ。
唯臣は思う。
こんな安眠に包まれたのはいつぶりだろうか。
その安眠を与えてくれたのは異世界で出会った楽奴の少女。
ふと目線に、彼女が弾いていたアコースティックギターが、ベッドの横のギタースタンドに立てかけてあるのが入って来た。
唯臣は、おもむろにギターをスタンドに立てかけたまま、ギターの弦をジャラ~ン♪と弾いてみた。
”どたどたどたどた”
「なんか変な音楽なりませんでしたかー!!」
”バーン!”と扉を開けて、凄い勢いでリーヘンが飛んで来た。
楽奴がどれだけ演奏しても届かなかった音。
唯臣がメロディーでもない、弦に触って雑に生まれた音にリーヘンは反応したようだった。
唯臣は首を横に振り、とっさに自分はギターを弾いていないことをアピールした。
「そうですか。
なら良いのですが。
しかし、唯臣殿はどうしてここに?」
リーヘンが続ける。
「ここはその楽奴、”アルモナ”の仮部屋ですぞ。」
リーヘンが怪訝な顔で唯臣に聞く。
唯臣は昨日疲れていて、ついに自分の部屋に辿り着けずこの部屋で寝てしまったと伝えた。
「そうなのですな。
しかし、ちょうど良かった。
唯臣殿が養子になった暁には、アルモナは唯臣殿の占有預かり楽奴になる予定ですじゃ。」
不意にリーヘンが言う。
―――彼女の名はアルモナ。
唯臣に占有預かりの楽奴がついて、それが心を震わせるギターを弾く少女。
養子になることを拒む理由は吹き飛んだ。
―――唯臣には、あっちの世界でも、こっちの世界でも……。
成すべき事はたった一つだけなのだから。
…………。
……。
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