第4話「運命のライブ」

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 矢倉唯臣やぐらただおみが、【ビッグバード】の店長に訪ねる。

羊川のギターは何処に行ったのか、と。


「あぁ。

 あのストラトは、もう新しい相棒を見つけたよ。

 相応しい男が訪れたんだ。」

大鳥はしみじみと言う。


 その時の唯臣の胸中はどうだっただろう。


 心から大切だった物。

 心底手にしたかった物

 日々の中心だった物。

 

 それが無くなってしまった瞬間だ。



   ―――その胸の内は唯臣にしか分からない―――



「……唯臣。

 来月のbirdsのライブ見に来てくれ。すげーもん見せてやるから。

 俺がそいつにギターを渡した意味が……絶対分かるからさ!」

大鳥は"うしし"と笑った。



……。


…………。


………………。


{と言うわけで現在に至る訳なんですぞぉー!!

 唯臣様の大切な生きる喜びを、大鳥めがなくしおったんじゃ!!

 ……ですが、皆様。

 バンドのライブには、が掛かっとります。

 それは少々比喩ですが、その爆音のステージを見たら……。

 熱量に当てられて、唯臣様に何か大事な気持ちが生まれるかも知れません。

 さぁ、唯臣様!

 ライブ観てみようじゃあ、あーりませんか!!!}


…………。


……。


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 運命のライブの日。 


 唯臣は、星城商店街にある、ライブハウス【星の城】にやって来た。

キャパ(観客が入れる最大人数)は100人位の小さなライブハウスだ。


 そんな小さなライブハウスだとは思えない客入り。

客席に入れず、泣く泣くラウンジで音漏れ観戦を強いられる人もいるほどだった。


 ライブハウスの中は、良い感じに名前も分からないような外国のコアなバンドの曲が、BGMとして流れている。


 ギリギリフロア内に入れた唯臣は最後尾。

幸い177㎝という高身長のおかげで、ステージはばっちり見えていた。


 100人以上いる観客達の熱量は凄い物がある。

口々にセトリを予想して喋る者や、バンドのどこが好きなのかを喋る者。どの曲が好きかを喋る者。


 唯臣にとって音楽は1人でする物だった。

1人でギターを弾いて曲を聞いて感動する。

今までそうだったのだ。


 たった一つのバンドの音楽をこんなにも大勢で聞いて感じて待ち望むのは当然初めての事だった。


 唯臣の、心臓は高鳴っていた。

人生で初めてのライブハウス。


 そして生のライブ。


 更には大好きだった羊川が在籍していたバンドのライブ。


……大切なギターを受け継いだ後継者の初披露。


 唯臣の心を熱くする事が重なり過ぎている。

心臓が早鐘を打たないわけはなかった。


{……唯臣様。

 何を考えておられるのでしょうか……。

 私めにはわかりますぞ……。そのキラキラした瞳……。

 高鳴る鼓動。

 初めてのライブハウス。この暗がりのエモい雰囲気。

 ……そして初めてのすし詰め状態のフロア。

 肌と肌が触れ合って、汗すらも合わさり流れる……。

 隣の女の子のにほひが、フェロモンが……、鼻腔を熱く刺激するんですよねぇぇぇ!!

 その熱く硬く滾るパッション!自由に解放してくだされぇ~~~!!!}



BGMが止まった。それはライブの始まりの合図だ。


         川――幕が開いていく――川


 同時に地鳴りの様な声援が鳴り響く。


 唯臣は食い入る様にステージを見た。


 ステージ上には、中心に大鳥。

美しい、ホワイトファルコンと言う白いギターをかけている。


 上手側(客席から見て右側)にはベース。


 そして下手側(客席から見て左側)には羊川のギターを肩からかけている……、少年!?


「どうもこんばんは!

 birdsです。」

大鳥がマイクを持って喋りだす。


 呆気に取られている唯臣を尻目に、大鳥がバンド名を言い終わるのと同時にドラムのカウントが始まり、一曲目が唸りだす。

 

 ボーカルとメインギターを兼ねている大鳥がギターでイントロのメロディーを紡ぎ出す。

 それを支え、どんどん押し上げていく様に少年がバッキング(伴奏)を奏でる。

 ドラムとベースのタイトなリズムが心臓の早鐘のペースをどんどん上げていく。


 爆音のロックサウンドが身体に染み込んでいく。


 1曲目にも関わらず観客達のボルテージもMaxで踊り狂っている。

 

 唯臣は気圧されない様に踏ん張り、演奏者を観る。

特に羊川のギターを弾く少年を。

幼い顔とは似つかわしくない、抜群の安定感で完成度の高い演奏。


 少年の底知れぬ技量が、一曲目のこのバッキングだけで肌で分かる。


 少年は満面の笑みで演奏している。

唯臣はここで思う。



―――見たことのある笑顔だと。



 しかし、どこで見たのかは思い出せない。

見た目からして、高校生。

 星城高校の生徒だろうか?

生徒数の多い高校であり、且つ友達を作らない様に躾けられていた唯臣には見当はつかない。


同じ学校で同じ年だとして、ここまでギターのプレイを見せつけられた……。


 唯臣の心がチリチリと熱くなる。


 劣等感、くやしさ、憧れ。

色んな感情が入り混じっている。


 決してドロドロと黒い感情ではない。


紅く蒼く燃える様な闘争心だ。




―――俺もあんな風にギターが弾きたい!




客席に降り注がれる音のシャワーが観客達に楽しいとか気持ちいいとか、幸せな感情を与える。


 唯臣も知らず知らずのうちに笑っている。

楽しいという気持ちが心を巡る。


―――ライブとは、こんなにも楽しくって楽しくって仕方がない物なのか。


 間奏中、大鳥がセンターから少年の方へ向かい、向かい合ってギターを合わせながらの演奏する。二人とも笑っている。

 

―――仲間を演奏することはあんなにも楽しそうなことなのか。




             “♪~♪~♪~” 

 



 そして少年のギターソロが来た。

超絶技巧、運指が見えないほどのスピード。


 心を鷲掴みにする旋律。


 客席はまるで雲の上に居るみたいにフワフワと幸せな気持ちになる。


 今生の物とはない思えない。

天国にいるかの様に錯覚してしまう。


 客席にいる全ての人が聞きほれている。


 この少年のギターソロの時、盛り上がりは最高潮に達した。


 唯臣はその気持ち良さに、心地よさに、いつまでも聴いていたいと思ってしまう。


 目をつむり音に集中する。


 音の粒が光となって唯臣を包み込む。

どんどん真っ白くなっていって、バンドも観客もない。


 自分と音楽だけの世界に溶け込んで行く様に感じた。


もっと、もっと、光の中へ……。




……。




…………。




………………。





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