第5話「女神の間にて」

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 矢倉唯臣は、音の渦の中に浸りたくて、ずっと目を閉じていた。


 そうすると高揚する心の色や動きが分かる。

真っ白な光の中、自分の心臓だけが紅く滾っている。


 ステージから発せられるロックの音が染みわたり、自分と溶けていく。

バスドラ(ドラムセットの中一番低音が鳴る太鼓)のドンドンと胸に響くリズムが、まるで鼓動の様になって行く。


 もはやもう心臓の音しか聞こえない……。


…………。


……。


―――???―――


 唯臣は思った。 


 音楽に溶け込んでいるからではない。


 無音。


 あんなに楽しかったライブの音が消えた。


 ハイになっているとしてもこれはおかしい。


 目を開けてみる。


 唯臣の視界に入って来たのは一面真っ白の空間。

ホワイトアウト現象(雪や雲などによって視界が白一色となり、方向や感覚が識別不能となる事)が起こったという訳ではなさそうだ。


 あれだけ騒がしかったライブハウスから一転、真っ白の闇の中。

ここが四方に白い壁のある部屋なのか、延々白が続く空間なのかも唯臣には分からなかった。


 ステージも無く、100人もいた観客も誰もいない。

真っ白の空間にたった一人だけ。


 あの素晴らしいライブも、今この瞬間も、全部夢なんじゃないだろうか?


 唯臣は目を瞑ってみる。

変にハイになって夢がジャムってしまっているのかも知れない。


何度か目を閉じて、開けてを繰り返せばきっと、またあの夢の様なライブに戻れるかも……。


―――「ちゃうで。」


 唯臣は"やはり"と思った。

聴きなれない関西弁が聞こえた。

つまり今、別の、浪速の夢の中に飛んだと言う事……。


―――「いや、ちゃうで?」


 唯臣が目を開けたそこには、美しい女性がいた。

ほのかに発光する真っ白の羽衣を纏う、女神の様な女性。


「女神や。あたしは!」


ビタッと人差し指を立てて宣言する女神。


「あんたいつまで呆けてんねん。

 早よ、目ぇ覚まし!」

彫刻の様に美しい顔立ちで繰り出すのは関西弁。


「よう来たな。

 ここは転移の間。

 違う世界と違う世界を結ぶ唯一の場所や。」


「あたしは運命の女神"アルメイヤ"や。」


「あんたは選ばれてん。

 あんたの今いる世界から、別の世界への転移者にな。

 めちゃめちゃ珍しいことやねんでー。」

腕を組んで"うんうん"としみじみと言う女神。


「今からこの“人間ノート”で、あんたのこれまでの人生を神判すんねん。

 それが終わったら転移の呪文をちょちょいと唱えたら早速行ってもらうで!」

関西弁の女神はまくし立てる。


「飛んでく異世界は【シンフォニア】や!!

 たぶんあんたが思い描く通りのファンタジーの世界やでー!」

鼻を鳴らして言う。


「……なんなん。

 あんたえらい無口やなぁ……。

 ほんでなんぼほどイケメンやねん!

 クールな氷属性男子気取ってんのか!」

ビシィ!っとツッコミを入れながら言うアルメイヤ。


 唯臣は、関西弁の女がペラペラ話していることを真剣に聞いて、何かを考えているようだった。


「まぁええわ。

 ほんなら、やってくでー。」

女神はパラパラと【人間ノート】をめくって行く。


「えー、矢倉唯臣やぐらただおみやろ。

 まずや行やろ……、めっちゃ後ろ……。えー……が行でぐーか。」

たどたどしく辞書みたいに探すアルメイヤ。


「おったおった。矢倉唯臣なー。

 なになにまずは基礎情報やなー。

 20XX年。

 高校2年生。あんた高校生なん!端正な顔やなぁ!大学生かと思た。

 身長179cm。一番良い位やん。高身長に部類する中で。高すぎるとちょっとあれやろ。知らんけど。

 体重は70キロ。あんた細マッチョやろ?脱いだら凄いんやろなぁ。

 ほんでビジュな、言わずもがな。キムタクかて。

 で通知簿は~、えぐ!オール5!その顔その身長で頭もいいんかいな!」

1つ1つの項目にアルメイヤは丁寧に感想も添えていく。


「ほんなら次は基礎能力や。

 筋力とか判断力とか運とかな。

 ゲームで言うなら、まぁパラメータや。

 なになにー……。

 ……。

 はぁ、まぁそんな気はしてたわ、全部100越えとる……。

 ……特に運。250てなんやねん。」

女神の整った顔の呆れ顔は美しいまである。


 アルメイヤは高い能力の男に厳しい。


「あんた、普通の人間はだいたいレベル1ならあって20とかやで。

 100てそれ、転移したら何倍になんねん!

 ……まぁええわ。

 それが天から授けられたあんたの能力っちゅう事やな。」

唯臣のチートぶりの飲み込んだアルメイヤ。


「ほなら次はあんたの歴史なー。

 あらーっ大金持ちの家に生まれてんなー。

 ほんで、何やっても一番なんなー。

 でもお父んは全く帰って来やんと、お母んはめっちゃ厳しいんかー。

 ちょっと冷めた家族関係なんやなー。

 まぁ良いとこのボンボンの宿命やなー。」

淡々と歴史を読み解いていく女神。


「ほんでギターが好きなんな。

 あーでも音楽の才能だけ全くないやん。0やん。

 まぁ、それ以外があるから大丈夫やな。」


”ぎょっ”とした目で唯臣はアルメイヤを見た。


「おっけー!

 だいたいわかりました!

 それではこれから転移の呪文を唱えます!!

 大丈夫。あんたなら最高な異世界ライフ送れるから。」

ウインクしながら女神が言う。


「今から転移の呪文を唱えるんやけどな。

 別の世界に行くあんたらに転移ボーナスっていうのがかかんねん。

 あたしらのルールやとになるボーナスや。」


唯臣は茫然としている。


「あっちの世界の人間で一番凄いのがやねん。

 ほんで勇者で筋力とか良い能力が1600とかやねんな。

 ……意味分かるやろ。

 あっち行ったら、レベル1の時点であんたの能力は全部1000越えてんやから。

 英雄にでも偉人にでも、大富豪でもなんでもなれるわ。

 そんな暗い顔しんとき。

 レベル上げたら、能力は勝手にどんどん上がるから。」

アルメイヤは続ける。


「そら最初はびっくりするやろうけど、あっち行ったら行ったですぐ慣れるわ。

 その力やったら、心配せんでも、楽々異世界ライフや!

 あとは自分で見つけ……。

 …………【成しなさい。】」


 アルメイヤが唯臣の額に手を当てると強い白い光が空間に満たされていく。     


___朧げて行く意識の中、唯臣はたった一つの事だけを考えていた___


  白い光が来た時と同じように広がり、またベールの中に包まれていくのだった。

     

……。


…………。


…………………。


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