第2話「ビッグバードの中で①」
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"キンコンカン"
と終業のチャイムが鳴る。
ホームルームが終わると、運動部の生徒達は青春の雫を流しに、我こそはとグラウンドへ走り出す。
矢倉唯臣は、部活動をしていない。
当然、その恵まれた体躯、運動神経だ。
運動部の引く手は数多だった。
それでも唯臣にはやりたいスポーツなど、一つもなかった。
唯臣がやりたい事は一つだけ。
生徒会の仕事が終わると、真っ直ぐにある場所へ向かう。
…………。
……。
そこは、星城高校から少し歩けば到着する。
星城商店街の中にある、小さな楽器店。
―――【ビッグバード】
"ギ〜ッ"
今時自動ドアでも無い扉。
古くなったバンドのポスターがベタベタと貼られている引き戸が、金切声を上げた。
「よぉ、唯臣!
今日もちゃんと来たんだな!!」
その音に気付き寄って来た楽器店の店長が無駄に大声をあげた。
大鳥と言う名の男だった。
矢倉唯臣は、大鳥に会釈をし、楽器を見て回る。
「うしし!唯臣は本当に無口だな!
まぁゆっくり見てけよ。」
独特な笑い方で男は唯臣を見守る。
{唯臣様〜!まぁたビッグバードに来られたのですなぁ……。
ここの店長は、何を隠そう私の古い友人でして……。
私、実はギターがとっても上手かったんですぞぉ!
その超絶テクニックの指回し!!
ライブの際には飛び交う黄色い声援!
そして打ち上げが終われば、よりどりみどりの花を摘んで夜の超絶技巧が始まるんですが……。
……ムフフのフ。}
"♪ギョギョ〜ンッ♪"
身の毛がよだつ不愉快な音が店内に鳴り響く。
唯臣は、ひとしきり店狭しと床に立てられているエレキギターを物色した後、いつも手に取る一つのギターを試奏していた。
それは、燻んだ緑色をした"ストラトキャスター"と呼ばれるエレキギターだ。
左右非対称なフォルムで柔らかくバランスの良い音が鳴る。
その安定感のある音色は、ポップス、パンク、ロック、ファンク等ありとあらゆるジャンルの音楽の中に溶け込める。
本来安定した優しい音色が鳴るのだ。
例えるなら、ビニールハウスで清潔に生産された、同じ大きさの茄子。
和洋中どんな料理でも主役を取れる王道な味。
ストラトキャスターは本来そんなバランス感覚の音が出る。
しかし、唯臣のぎごちない左手で押さえられた弦達は、無農薬で虫喰いを気にせず自由に育ったキャベツ。
不格好で大きさもバラバラの不揃いな音だった。
必死にギターを弾く、唯臣の顔は満足そうだが、奏でられる音は不満足。
どこまでも遠くに羽ばたけず、目の前でぼとりぼたりと落ちてしまいそうな音だ。
小さな店内、少なからず居た客は、全員店外に逃げ出した。
大鳥だけは、"うしし"と満面の笑顔で唯臣を見つめている。
{うひぃ〜!皆様、強烈な音をすいません……。
坊ちゃま、唯一の弱点は、……そうなんです。音楽です……。
私の影響で幼い頃からギターを始めたんですが、ほんっとうに、才能がお皆無でして……。
でもでも、見てください!
あの楽しそうな笑顔!真剣な瞳!
愛らしいじゃぁ、ありませんか!?
それだけで人々を幸せに出来ると……、ねぇ!!??}
満足するまで唯臣はギターを弾くと次に決まってするのが、店内のビンテージエリア(ギターの中でも、高額な物が選別して置かれてあるエリア)に入る事。
そして、ズラッと壁の額縁に収まり、厳重に展示されているギターを眺める。
その中でも、本来あったはずの物が無くなってしまっている空っぽの木箱。
唯臣はそれをじっと時間が経つのも忘れて見つめていた。
「うしし。
唯臣。
ライブは明日だ。
楽しみにしとけよ!!」
横に立った大鳥が笑って言う。
”こくん”と唯臣は頷いた。
{嗚呼、おいたわしや……。唯臣様。
実は木箱に入っていたのは、私が使っていたギターなんです。
この話をすると非常に長くなるのですが……。}
…………。
……。
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