第40話「本番③」

**************************************


「うっ!

 魅惑チャームの魔法に掛かっていたのか!?

 そして今は……、音楽……?

 ふっ、不愉快だ……。」 

ステージ付近で"シビシビ"と痺れていた警備兵が我に帰り言う。


 ステージで直近に幸のギターを聴いていたので、立ち直るには時間がかかっていたステージ担当の警備兵が続々と起き上がる。


「賊を捕らえろ!」

後方にいる隊長の怒声が魔法で聞こえてくる。


 警備兵達はその命令を受けステージに上がる階段を駆け上がる。


「やばい!!

 みんな音楽に集中して!」

幸は声をかけ意識を合わすように促した。


 スネアの男の乱調を皮切りに、幸以外の全員にも緊張が伝染し、焦りや迷いで、どんどん旋律が乱れていく。

 幸の声はみんなには届いてはいない。


 そしてついに……。


「ブー!ブー!」


 1人の観客がブーイングをかます。


「「「「ブー!ブー!ブー!」」」」


 そこからはブーイングの大合唱が始まった。


「くっ……、どうしたら良いんだ……。」

幸は呟く。


 今まで、ギターを弾いて来た中で、現世でも異世界でも自分の音楽が受け入れられなかった事はない。


 気持ちが沈んで行く。


 だが、幸が演奏を止めてしまったら、音楽は終わる。

 絶対に幸がギターを弾くのを止める事は出来ない。


 それに、幸の気持ちが折れるまでには至らなかった。

現実世界でいじめられていた時とは違う。


 理不尽に、されるがままに、攻められていた時とは違う。


 自分の魂をかけて音を出しているのだ。

自分の全てをぶつけているのだ。他者に。


 称賛も反発も全部自分の物。


 全部を受け止め、それでも届ける【音】。

幸は自分の音楽を信じている。


 この圧倒的にアウェーな雰囲気に包まれてしまった状況でも、【自分達の音楽】を信じている。


          "シタァン!"


 そんなピンチに鳴り響くしなり音。

やはり大きく状況を変えるのはキヨラだった。


 鞭の音に"はっ"とした幸がキヨラに叫ぶ。


「キヨラ!

 お願い!

 海に居るフーガスカを引き上げて!!」


 キヨラはフーガスカがミミックを"カホン"にして叩く事はまだ知らない。


 でも関係ない。


 信頼する幸が言う事だ。

大事な事なのだと確信し、キヨラは動いた。

ステージの裏、フーガスカの元へ。


 ケイケスから授かった、黒光るそれ。

高級なそれは長さも、強度も完璧だった。


 キヨラは手に持つ鞭を海へ垂らした。


「フーガスカ!

 掴まって!!」


          "ガシッ!"


「キヨラァー。

 待っとったー。」

半泣きのフーガスカ。


 キヨラはなんとかフーガスカを海から引き上げる事に成功した。


「もう1人の女王様ぁ!

 お待ちしておりましたー!」

フーガスカがステージに上がって来たのを見るや、ミミックが即座に近くによる。


「よっしゃー!

 やぁーっと。

 うちの出番やー!」

フーガスカは満面笑顔で言った。


        "タァカ ダァン! タァカ ダァン!"


 フーガスカは渾身の力で、ミミックを叩く。

ミミックは口をすぼませ、箱の中の異次元を深く広くする。

 地獄の底から響く様な、深い深い低音が宝箱から発声された。


 幸の胸に強烈にビートが染み込んで行く。

幸は嬉しくなって、フーガスカのリズムにリフを乗せる。

それはうねりとなり、積み重なる音のグルーヴが生まれる。


 焦り、混乱していたチャーコ達は、その音に気付く。

曇っていた顔は嘘のように晴れ、笑顔がこぼれ出す。

すると、1人1人が軌道修正をして、音がまとまって行く。


 キヨラもフーガスカのリズムにテンションが上がり、鞭をしならせケイケスに打ち込む。

 

 幸はやっと行けると判断し、リフレインし続けていたイントロのメロディーを終え、楽曲を展開して行った。


「ステージ上急げ!!

 賊共が不吉な音をまき散らしているぞ!」

警備兵の隊長の通信が唸る。


 ステージ前警備の兵が、ついにステージに上がりきり、あわや捕まえるという所で、一番ダメだったスネアの男もフーガスカの音に気付き、落ち着いてリズムを合わせ始めた。



 そうなると、ついに状況が一変する。



「あ……れ……、やっぱりいいかも。」

「やべーぞくぞくすっぞ。」


 怒号の様だったブーイングがさざ波に攫われたみたいに消えていき、称賛の声が寄せて返して来た。

 ステージに上がった警備兵も目をハートにし、”シビシビ”としびれて酔いしれている。


「やばい……、やっぱり音楽……良い。」

「宝箱叩いてる娘、人魚?凄い楽しそうに叩いててこっちも楽しくなる!」

「女王様は結局何なんだ?」

「このギターの音、良過ぎる!」


 ブーイングは完全になくなり、人々は口々に幸達の音楽を褒め始めた。

しかし幸達はもう人々の声は気にしていない。

楽しい自分達のライブがやっと始まったのだ。


 各々が最大の集中を持って音楽に取り組んでいた。


       「Am G D F♪ Am G D E♪ 」


 伴奏はイントロから少し変化したコード進行で、エキゾチックな印象をもたらす。


 全員がと言う1つの事に集中し、1曲を皆で完成させる。

神経を張り詰め、生み出した音のまぐわいが音楽。


 幸から始まりチャーコのヴァイオリンやピーネのハープそして鍵盤ハーモニカが、自分勝手とも言えるメロディーの繋ぎ合い。



 多様な楽器で複雑に絡み紡がれる主旋律は、エロティックとも言える。



 入れ替わり立ち代わりの複雑な音色の変化のあるメロディーでも、曲が成立しているのは、フーガスカの低音がしっかりと楽曲を支えているからだ。


 旋律は軽やかに空を飛んで行く。

全員の息が合わさり、それこそ客席の一番向こうまで。


「音楽って楽しい!

 色んな楽器全部違ってみんな良い!!」

「やべー!変な気持ちになって来た!

 立って応援したいけど立てない!」

「凄いしか言えない……。」


 2000人の観客は、口々に歓喜の言葉を叫び、音楽に酔いしれている。

さらに熱狂の渦に変化が。


「あぁ、ユラーハ!

 いや、マドモアゼル!愛しているよ!」

「あぁ……。ワターク、私もです。

 幸達の音楽は心を開放的にさせるの!!」

エキゾチックな音楽にほだされたユラーハとワタークは抱き合いキスをしていた。


 2人を皮切りに、悶々とした熱気の観客達が次々に解放的に服を脱ぎだしたり、手を握り合ったり、抱き合ったり、各々の愛情表現をして行く。


 幸は演奏中、そうした観客のスキンシップを見て”うしし”と笑った。

曲はサビ。

 人々は幸達の音楽に熱中し、喉はカラカラ。

でもそんな事は誰も気にしない。愛こそが全てと言う様に愛し合いながら音楽に酔いしれる。


 音楽は人を幸せにするものだ。

決してなものではない。


 幸は伝えたい。


 自分の愛する音楽がどんなに素晴らしい物なのかを。

そして今それが伝わっているのだ。


               ”~~~♪”


 見るものに愛を振りまいた曲も最後のアウトロに差し掛かった。

イントロのフレーズが輪唱の様に繰り返され終幕。


「凄かったー!!」

「音楽最高!!」

「もっと聞きたい!」


 怒号のような観客達の歓喜が聞こえて来た。


「……。」

馬車の横で待機していたミナは、音楽に感動して泣いているようだった。


          「「「「アンコール!アンコール!」」」」


 さらに幸達の音楽を求める声。

幸達は顔を見合わせ頷く。


「何をやっとるか―!

 もうわしが行く!!」

しんがりで指示を送っていた隊長が喚いた。


 この町で一番後ろにいた事からか、まだ幸の魅力にかかっていない唯一の男だった。

 男は中道を通り全力で駆けて来る。


「アンコールに応えよう。

 あと1曲。」

幸がみんなに言う。


 全員が笑顔で頷いていた。


「あっ!ミミックあれをキヨラに渡して!!」

幸はフーガスカの下で”パンパン”に叩かれ幸せそうにしているミミックに言った。


 ミミックは口を開け、異次元の箱の中から、キヨラのヴァイオリンを出す。


 フーガスカはそれを受け取り、キヨラに渡した。


「最後の曲はみんなで演奏しよう。」

幸がキヨラに笑いかけた。


「やっと演奏出来る。」

キヨラが”うしし”と笑った。


 キヨラが鞭からヴァイオリンに持ち替えた時、ケイケスは悲しそうな顔をしていた。


…………。


……。


**************************************

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る