第40話「本番③」
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「うっ!
そして今は……、音楽……?
ふっ、不愉快だ……。」
ステージ付近で"シビシビ"と痺れていた警備兵が我に帰り言う。
ステージで直近に幸のギターを聴いていたので、立ち直るには時間がかかっていたステージ担当の警備兵が続々と起き上がる。
「賊を捕らえろ!」
後方にいる隊長の怒声が魔法で聞こえてくる。
警備兵達はその命令を受けステージに上がる階段を駆け上がる。
「やばい!!
みんな音楽に集中して!」
幸は声をかけ意識を合わすように促した。
スネアの男の乱調を皮切りに、幸以外の全員にも緊張が伝染し、焦りや迷いで、どんどん旋律が乱れていく。
幸の声はみんなには届いてはいない。
そしてついに……。
「ブー!ブー!」
1人の観客がブーイングをかます。
「「「「ブー!ブー!ブー!」」」」
そこからはブーイングの大合唱が始まった。
「くっ……、どうしたら良いんだ……。」
幸は呟く。
今まで、ギターを弾いて来た中で、現世でも異世界でも自分の音楽が受け入れられなかった事はない。
気持ちが沈んで行く。
だが、幸が演奏を止めてしまったら、音楽は終わる。
絶対に幸がギターを弾くのを止める事は出来ない。
それに、幸の気持ちが折れるまでには至らなかった。
現実世界でいじめられていた時とは違う。
理不尽に、されるがままに、攻められていた時とは違う。
自分の魂をかけて音を出しているのだ。
自分の全てをぶつけているのだ。他者に。
称賛も反発も全部自分の物。
全部を受け止め、それでも届ける【音】。
幸は自分の音楽を信じている。
この圧倒的にアウェーな雰囲気に包まれてしまった状況でも、【自分達の音楽】を信じている。
"シタァン!"
そんなピンチに鳴り響くしなり音。
やはり大きく状況を変えるのはキヨラだった。
鞭の音に"はっ"とした幸がキヨラに叫ぶ。
「キヨラ!
お願い!
海に居るフーガスカを引き上げて!!」
キヨラはフーガスカがミミックを"カホン"にして叩く事はまだ知らない。
でも関係ない。
信頼する幸が言う事だ。
大事な事なのだと確信し、キヨラは動いた。
ステージの裏、フーガスカの元へ。
ケイケスから授かった、黒光るそれ。
高級なそれは長さも、強度も完璧だった。
キヨラは手に持つ鞭を海へ垂らした。
「フーガスカ!
掴まって!!」
"ガシッ!"
「キヨラァー。
待っとったー。」
半泣きのフーガスカ。
キヨラはなんとかフーガスカを海から引き上げる事に成功した。
「もう1人の女王様ぁ!
お待ちしておりましたー!」
フーガスカがステージに上がって来たのを見るや、ミミックが即座に近くによる。
「よっしゃー!
やぁーっと。
うちの出番やー!」
フーガスカは満面笑顔で言った。
"タァカ ダァン! タァカ ダァン!"
フーガスカは渾身の力で、ミミックを叩く。
ミミックは口をすぼませ、箱の中の異次元を深く広くする。
地獄の底から響く様な、深い深い低音が宝箱から発声された。
幸の胸に強烈にビートが染み込んで行く。
幸は嬉しくなって、フーガスカのリズムにリフを乗せる。
それはうねりとなり、積み重なる音のグルーヴが生まれる。
焦り、混乱していたチャーコ達は、その音に気付く。
曇っていた顔は嘘のように晴れ、笑顔がこぼれ出す。
すると、1人1人が軌道修正をして、音がまとまって行く。
キヨラもフーガスカのリズムにテンションが上がり、鞭をしならせケイケスに打ち込む。
幸はやっと行けると判断し、リフレインし続けていたイントロのメロディーを終え、楽曲を展開して行った。
「ステージ上急げ!!
賊共が不吉な音をまき散らしているぞ!」
警備兵の隊長の通信が唸る。
ステージ前警備の兵が、ついにステージに上がりきり、あわや捕まえるという所で、一番ダメだったスネアの男もフーガスカの音に気付き、落ち着いてリズムを合わせ始めた。
そうなると、ついに状況が一変する。
「あ……れ……、やっぱりいいかも。」
「やべーぞくぞくすっぞ。」
怒号の様だったブーイングがさざ波に攫われたみたいに消えていき、称賛の声が寄せて返して来た。
ステージに上がった警備兵も目をハートにし、”シビシビ”としびれて酔いしれている。
「やばい……、やっぱり音楽……良い。」
「宝箱叩いてる娘、人魚?凄い楽しそうに叩いててこっちも楽しくなる!」
「女王様は結局何なんだ?」
「このギターの音、良過ぎる!」
ブーイングは完全になくなり、人々は口々に幸達の音楽を褒め始めた。
しかし幸達はもう人々の声は気にしていない。
楽しい自分達のライブがやっと始まったのだ。
各々が最大の集中を持って音楽に取り組んでいた。
「Am G D F♪ Am G D E♪ 」
伴奏はイントロから少し変化したコード進行で、エキゾチックな印象をもたらす。
全員が音楽と言う1つの事に集中し、1曲を皆で完成させる。
神経を張り詰め、生み出した音のまぐわいが音楽。
幸から始まりチャーコのヴァイオリンやピーネのハープそして鍵盤ハーモニカが、自分勝手とも言えるメロディーの繋ぎ合い。
多様な楽器で複雑に絡み紡がれる主旋律は、エロティックとも言える。
入れ替わり立ち代わりの複雑な音色の変化のあるメロディーでも、曲が成立しているのは、フーガスカの低音がしっかりと楽曲を支えているからだ。
旋律は軽やかに空を飛んで行く。
全員の息が合わさり、それこそ客席の一番向こうまで。
「音楽って楽しい!
色んな楽器全部違ってみんな良い!!」
「やべー!変な気持ちになって来た!
立って応援したいけど立てない!」
「凄いしか言えない……。」
2000人の観客は、口々に歓喜の言葉を叫び、音楽に酔いしれている。
さらに熱狂の渦に変化が。
「あぁ、ユラーハ!
いや、マドモアゼル!愛しているよ!」
「あぁ……。ワターク、私もです。
幸達の音楽は心を開放的にさせるの!!」
エキゾチックな音楽にほだされたユラーハとワタークは抱き合いキスをしていた。
2人を皮切りに、悶々とした熱気の観客達が次々に解放的に服を脱ぎだしたり、手を握り合ったり、抱き合ったり、各々の愛情表現をして行く。
幸は演奏中、そうした観客のスキンシップを見て”うしし”と笑った。
曲はサビ。
人々は幸達の音楽に熱中し、喉はカラカラ。
でもそんな事は誰も気にしない。愛こそが全てと言う様に愛し合いながら音楽に酔いしれる。
音楽は人を幸せにするものだ。
決して音が苦なものではない。
幸は伝えたい。
自分の愛する音楽がどんなに素晴らしい物なのかを。
そして今それが伝わっているのだ。
”~~~♪”
見るものに愛を振りまいた曲も最後のアウトロに差し掛かった。
イントロのフレーズが輪唱の様に繰り返され終幕。
「凄かったー!!」
「音楽最高!!」
「もっと聞きたい!」
怒号のような観客達の歓喜が聞こえて来た。
「……。」
馬車の横で待機していたミナは、音楽に感動して泣いているようだった。
「「「「アンコール!アンコール!」」」」
さらに幸達の音楽を求める声。
幸達は顔を見合わせ頷く。
「何をやっとるか―!
もうわしが行く!!」
しんがりで指示を送っていた隊長が喚いた。
この町で一番後ろにいた事からか、まだ幸の魅力にかかっていない唯一の男だった。
男は中道を通り全力で駆けて来る。
「アンコールに応えよう。
あと1曲。」
幸がみんなに言う。
全員が笑顔で頷いていた。
「あっ!ミミックあれをキヨラに渡して!!」
幸はフーガスカの下で”パンパン”に叩かれ幸せそうにしているミミックに言った。
ミミックは口を開け、異次元の箱の中から、キヨラのヴァイオリンを出す。
フーガスカはそれを受け取り、キヨラに渡した。
「最後の曲はみんなで演奏しよう。」
幸がキヨラに笑いかけた。
「やっと演奏出来る。」
キヨラが”うしし”と笑った。
キヨラが鞭からヴァイオリンに持ち替えた時、ケイケスは悲しそうな顔をしていた。
…………。
……。
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