第31話「ワタークの気持ち」

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【ゲリラライブまであと2日】


…………。


……。


                    "プ~ン”


 海に面したゴミ処理場はとてつもない匂いがしている。


 鼻を突きさすような刺激臭は魚の死骸が発酵しているのが主な原因。

 スウェーデンの伝統的な保存食に”シュールストレミング”というニシンを発酵させた缶詰がある。

それの強烈な匂いは、世界一臭い食べ物と評されている。


 

 ザンスター・サオールズのゴミ処理場は、既に2カ月放置されていた。

前領主の時分は、だ。


 そんな強烈な異臭の中、海の町には似つかわしくはない真っ黒なローブを身にまとった男が、鼻をつまみながらごみ処理場に現れた。


「よろしく頼むよ。」

ワタークはその男に深く頭を下げた。


「……またなかなか溜めたねぇ……。」

男はか細い声で囁くように言った。


 その後男は、持っていた杖に力を込めて、何か呪文な様なものを呟き始めた。

すると杖の先が煌々と灯りだし、その球は赤くドンドン大きくなっていく。


                  ”フレイム!”


 男がそう唱えると杖から放たれた豪火球が、たまりにたまったゴミの上に”フヨフヨ”と浮かんで行き、それに付与される。

すると”ジュウ”と燃える音と共にゴミの中に火球が沈んで行った。


「……水蒸気爆発しない様に温度を調整しながら少しずつ消し炭にしなきゃならない……。

 骨の折れる作業だよ……。」

男はぶつくさと言いながらも淡々と仕事をこなして行く。


 全てのゴミが1時間ほどで無くなっていった。


「……ワタークよ……。

 今回は25万プオンだよ……。」

男はワタークに言う。


「あぁ。

 いつもありがとう。」

ワタークはこんもりと膨れたコイン袋を渡しながら言った。


「……確かに……。

 しかし、これは町の事業として行うべきことだ……。

 当然の金がかかる……。

 ……もうお前さん一人じゃどうしようも無くなってきているであろう?

 引っ越した父上の所へ帰ってはどうか……?」

元領主の時から専属でゴミ処理を行っている男はワタークの事を心配していた。


「はははっ。

 なんのなんの。

 この海を、この町を守るのに、私の懐事情など、些細な事よ。」

ワタークは笑いながら軽く告げた。


「それに、もしケイケスがこの問題を処理しなければ海は汚染されてしまう。

 事実、奴は1年ほど放置していた。

 あの時は、海の魚達が水面にプカプカと浮かんでいて背筋が凍ったよ。」

ワタークは苦笑いをする。


…………。


……。


 ザンスター・サオールズの景観は今、ワタークが守っていると言っていい。


 ゴミ処理も終わり、町の見回りを兼ねて歩き出すワターク。


「あぁ!!

 ワターク様!」


 ゴテゴテした貴族の服で一目両線のワタークの姿がみえるやいなや大きく手を振って呼びかける男がいた。


「ワターク様お元気ですか?

 ぜひうちのタコ焼きをもらって行ってください。」


 声をかけたのはタコ焼きの屋台の男だった。


「おぉ、元気だよ。

 君のタコ焼きは美味しいからなぁ。

 いいのかい?大変だろうに。」


「いいんですよ!

 俺達はワターク様が大好きなんです。

 だからこれ食べて元気をもっとつけてまた領主に戻ってくださいよ!」


…………。


……。


 ケイケスの苛斂誅求かれんちゅうきゅうを極めた圧政で町の人々は誰しもが苦しい生活を強いられている。

 それでもこの美しい海の町で笑って過ごしていられるのはワタークの背中を見ているからだ。

 前領主がで違う町への移動となり、財産のほとんどを持って引っ越して行ったが、ワタークだけが残った。

 税金が収入源だった生活から一変したワタークが一体どうやって稼いでいるのかは誰も知らない。

 だが以前の領主の暮らしより貧しくなっているのは間違いない。

 そんな中でも、毎日町の為に見回りや、人々と関係性を作ったり、海を守るために活動している姿は町の人々を元気にしていた。

 町民はケイケスではなく、ワタークに領主をやって欲しがっている。

しかし、それは国が決める若しくはケイケス自身が辞退しなければ代わる事は出来ないのだ。


…………。


……。


 ワタークがタコ焼きを食べながら町を歩いていると、次に出くわしたのは幸だった。


「ワターク!

 探したよ!

 伝えたい事があるんだ!」

相当捜し歩いたのか、汗だくだ。


「おぉ、幸。

 他のマドモアゼル達は?」

ワタークは女にしか興味がない。


「みんな港で練習してるよ。

 それより、ゴミ処理場!

 ゴミをなんとかしてくれたんだね!!

 ありがとう!」


 ゴミが全て焼き尽くされたため、強烈な刺激臭はかなり激減していた。


「あぁ、もちろんさ。

 これで君たちのやるべきことがやりやすくなっただろう?

 どうにかあの忌まわしい町民会議をぶち壊しておくれよ。」


「まかしてよ!

 ゲリラライブ絶対成功させるからさ!」

幸は満面の笑みで応えた。


「あとさ、ユラーハの事なんだけど……。

 気持ちをちゃんと伝えないと駄目だよ。」


「ユラーハ!?

 あぁ、もちろんそのつもりさ……。」


「俺、一昨日ユラーハにこれを渡されたんだよ。」


 幸はおもむろにワタークに手の平の上にあるものを見せた。


「それはダンジョンコア!?

 シーガーディアンの塔だね?」


「そうだよ。

 ユラーハは、ワタークがちゃんと応えてくれないからもう海に還るって言ってるよ。」


「えっ海に還るだって!?

 つっ……ユッ、ユラーハ……。」


「ユラーハは花占いで二人の未来を知りたがってるよ。

 塔の下に二つの花ってやつ。」

幸はユラーハに聞いたことを伝える。


 クラウデイアの灯台の下に愛し合う二人が種を植えて、二つとも花開けば、2人は永遠に結ばれると言うザンスター・サオールズの伝統的な恋占いである。


「ユラーハはやっぱりその占いを気にしてるのかい……。

 実はその占いは今は成功しないんだ。」

ワタークは神妙な面持ちで言う。


 曰く、この海に面した丘にある灯台は、汐風の関係で、植物は育ちにくく、土壌の栄養素も低いため、並べて植えたら食い合いになり、片方が淘汰されるらしい。

 現実世界では、ハマカンゾウやハイビスカス等、海に咲く花は多くは無いがそれなりにある。

しかし、ここシンフォニアでの植物の生態系は、や植物系の魔物が存在するため大きく異なる。

 このザンスター・サオールズで手に入る、唯一比較的2輪並べて咲かすのが容易だったのは、タブナと言うタンポポに似た雑草だけだった。

 しかし、タブナも群生していたのは、シーガーディアンの塔が出来た付近で、そこも生態系が大きく変わり今は生えていないそうだ。


「ユラーハにただ愛の詩をだけを送っても、僕の気持ちは正しく伝わらないよ。

 人間と精霊の命の長さは全然違う。愛の重さも全然違うのさ。

 私の日々の移り気な態度のせいもあるけれどね。

 言葉や態度じゃなくて何か形になるものをユラーハは望んでいる。

 だから私は、花が見事咲いた時に灯台の下でもう一度この気持ちを伝えたいのさ。」


 人間と精霊では寿命が全く違う。

そのギャップから生まれる死生観の違いはあらゆる感情に摩擦を生む。

ワタークこそ、花占いの成功と愛の成就に固執していた。


「……そんな風に考えてるんだね……。

 じゃあこの種使ってみてよ!」

幸はおもむろにポケットから種を2つ取り出した。


「なんだいこの種は?」

ワタークには見覚えがない種だった。


「うしし。

 この種なら絶対大丈夫!

 俺が魔法をかけたんだ!

 絶対咲くから!!

 ほら!早くユラーハさんと一緒にこの種を植えて来なよ!」


 幸が背中を押し出し、ワタークは"おっとっと"と身体2、3歩前にでる。

 ワタークは戸惑いつつも、幸が言う事を信じたいと思った。

 気付けば自分の足でどんどん前に進んで行くのだった。


2人の恋はどうなって行くのか。


ザンスター・サオールズの物語もいよいよ大詰め。


…………。


……。


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