第24話「キヨラが心配」

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【ゲリラライブまであと7日】


…………。


……。


 川のせせらぎ、遠くでフクロウが鳴く音。

耳を澄ませば聴こえて来る小さな音。

 その中にいつもあった。微かで、大切な音。

 それは君の寝息。

もうどれだけ耳をそばだてても聞こえない。


            ”ガーッ” ”フガー” ”キヨラァ……”


 今は聞こうとしなくても耳に入って来るだけだった。

ピーネもキヨラの事を心配しているようだった。


 幸は、テントから抜け出し、泉で顔を洗い、伸びをする。

そこから昨日消した焚き木に薪を足して、"永遠に消えない種火"を使って火をつける。

町で買って来てあるミルクを温めて、パンと一緒に食べる。

 それがこのベースキャンプでの朝のルーティーン。


 いつもなら、キヨラと行っていたルーティーンだ。

キヨラが領主に捕まって既に3日経っていた。


 幸はずっと"共鳴のミサンガ"を気にしている

これは、「逃げて」と「助けて」の2つ。

キヨラがどちらかを思った時に共鳴して、幸に伝わる。

 今の所どちらのサインも届いていない。


 つまり、絶体絶命のピンチで、仲間を逃がしたい時の「逃げて」も無く、同じく仲間に救助を求める「助けて」もないわけで、今の所、キヨラは無事であると考えられる。

 

 これまでに散々通信手段として「助けて」の思念を使って来た。

 キヨラは聡い。

助けてもらえる状況になれば、このサインを使って、幸達に合図をするはずである。


 それをしないと言う事は、今領主邸の中で何かこの町を攻略する手掛かりを見つけようとしていると考えられる。


 もしそうなら闇雲に助けに行く事は、キヨラの作戦を台無しにすることになる。

だから、今すぐ領主の元へ行く事を躊躇っているのだ。

 しかし、悪評高いケイケスの事だ。

いつミサンガが鳴り響いてもおかしくない。

 幸は気が気では無いが、今しなければならない事も山程ある。

 ダンジョンの攻略、町民会議までの段取りを考える事、そして楽奴達の楽曲への理解を高める事だ。


 今は出来る事を1つずつ行っていくしかない。


 ……まずはピーネが起きるのを待つ事だった……。


…………。


……。


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       "ザザーン"

 

 幸とピーネはビーチに来ていた。


 ピーネが目覚めてすぐにシーガーディアンの塔に向かったが、やはり、ダンジョン3階のモンスターは湧いておらず、攻略の糸口が無かった。

 幸達は、ダンジョンから出て、気でも紛らわすかの様に海を見ていた。


…………。


……。


「あら、ごきげんよう。」


 そんな時だった。声をかけて来たのはユラーハ。

水の羽衣と言うかの様な、軽やかな衣装を身にまとっている。


「やぁ、ユラーハ。

 久しぶりだね。」

幸は手を挙げて返事する。


 幸とピーネはダンジョンに、キヨラは町に出てそれぞれ行動していたので、会うのは2週間ほどぶりであった。


 幸は近況を滔々と呟く様にユラーハに話した。

ダンジョンのモンスターがリスポーンせずに次に行けないこと、キヨラが捕まってしまったこと。

あんなにも上手く行っていた2週間前が嘘の様な窮地への陥りぶりだ。

 もうこの町に来て3週間程経っていた。


「……そうなの。

 ……魔物がリスポーンしない……。

 困ってるのね。」

ユラーハは目を丸くして答えていた。


「……幸。

 そのダンジョン攻略というものは、とても急いでおられるのよね。

 もしわたくしのお願いを聞いていただけたら、ダンジョンを簡単にクリアして差し上げますわ。」


 ユラーハは、ウンディーネ。精霊である。

それは人間よりも魔物よりも高尚な存在。

人間があぐねているダンジョンなど容易に攻略できるのかもしれない。


「……ダンジョンを簡単にクリア?

 お願いって何?

 もし俺に出来る事なら……。」

幸は主人公らしからぬ返答をする。

キヨラを助けたいが為に藁をも縋る気持ちである。


「お願いと言うのは、ワタークの事です。

 彼にどうにか私と一緒に海に還る様に諭して欲しいのです。」


それは水の精霊であるウンディーネと共に海になると言う意味である。

すなわち命を賭して海に、水に溶けて消える事だ。


「えっ……。

 ユラーハさん、それはワタークさんが望んでいる事なの?

 人間がユラーハさんと同じように海に還ったら、それは死んでしまうって事でしょう?」


幸は続ける。

「ユラーハさんの事が好きだから……。

 愛しているからずっと一緒にいたいって思っているかも知れないよ。

 海に還らずこの町で、このクラウディアの海で。

 よくワタークさんと話し合った方がいいよ。

 だから、そのお願いは聞くことは出来ない。」


「……わかりましたわ。」

ユラーハは目から鱗みたいな顔で呆けた様に言った。


「海に還れば人は死ぬか……。」


 ユラークは自分の事しか考えていなかった。

ワタークは海に還る事は応じられずとも、もしかしたら彼なりに彼女の事を考えて日々を過ごしていたのかも知れない。

 精霊は人間と同じ死生観では当然ない。

しかしユラーハはワタークにそれを押し付けて海に還りたいと思っていた。

 ワタークの気持ち、人間の気持ち。

ユラーハの気持ちは、精霊の気持ち。


 人間と精霊の恋。

かくも難しいものである。


…………。


……。


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