第22話「ケイケスの御成り」

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【ゲリラライブまであと10日】


…………。


……。


 その日は、雲が雨を貯め込んで、空は濁った表情で下界を見下ろしていた。

 海は空から溢れる涙を今か今かと待ち望む様に嬉々として波を織り続けていた。


 荒れる海を他所に、今日もキヨラ達はライブの演奏曲の練習をしていた。


「キヨラさん!

 わたしこのセクションはアルペジオ(弦を一本ずつ爪弾く事)がいいかなぁ?

 それとも白玉(一音を伸ばし続ける事)で伸ばした方がいい?」

チャーコがギターを弾きながら言う。


「そうだなぁ……。

 ここは幸が前に出てくると思うし、白玉が良いかも!」

キヨラはこれまで一緒に幸と演奏してきた経験則で語る。


 演奏中の幸の存在感は圧倒的である。

バッキング(ギターで行う伴奏)をしていても、聴くものの心をつかんでしまう幸のギター。

これはこの“シンフォニア”に来て100を受ける前から十分に発揮されていた幸の能力である。


 チャーコの演奏する楽器もギターであり、幸と同じ音域帯なので音が被る。

そうなると、上手く弾けていても、幸の音に隠れて聴衆の元に届きにくい。また、ミスをしてしまうと、幸の音を濁らしてしまう。

 幸と言う圧倒的なギタリストがいる以上チャーコの立ち位置はかなり気を付けないと行けない。

 チャーコは他の演奏者よりも、綿密に弾き方を考え、リハーサルをこなさねばならなかった。

 それゆえザンスター・サオールズの楽奴の誰よりも、チャーコはキヨラと共に過ごし練習を行っていた。

 チャーコとキヨラの二人だけの練習も何度も行っている。


 そんな今日も二人で練習をしている日だった。


 その時は突然現れた。まるで嵐の様に。

この町の現領主である“ケイケス”が、突如船着き場に現れたのだ。

側にはチャーコの妹である“ミコ”を連れている。


「そろそろ、今月の町民会議の事を考えないと行けないなぁ……。

 いよいよ、ワタークを吊るし上げるのもいいかも知れんなぁ!

 なぁ、ミコよ!」

ケイケスは後ろ手でその手を組み、悠々と言う。

そのまなこはキラリと光り、ミコに向けられている。

ケイケスのスキンヘッドから放たれる光と交わりその光量は凄い。


 ミコと呼ばれる少女は、14歳程の体躯で、綺麗なピンク髪を後ろで二つくくりにしていた。

 小さなチャーコをさらに小さくした様な容姿の美少女だった。


「……。」

ミコは返事をしない。


「んふふ。

 まぁ……、お前は返事しないわなぁ……。

 楽奴だから。」

ケイケスは楽奴が喋らない事を知った上で言っている。それは独り言と変わらない。


「町民どもも、いつもワターク、ワタークとアイツのことばかり称賛しおって。

 あんな金のないごろつきのどこがいいのだ。

 私を敬わない町民など、全て処刑してやってもいいのだ。

 私の腹ひとつで誰だって、この世から葬れるのだぞ。」

 ケイケスはぶつくさと呟く。


 全体的に紫の毒々しい装いのケイケス。

見せびらかすように大きく広がったカフには髑髏のワッペンが陣取っている。


 彼は時化るクラウディアの海が心配で船着き場へ来た訳ではなかった。

ステージにおどろおどろしく設置されたギロチンを見て、次の獲物を誰にしようかと舌なめずりしながら考えるためにやって来た。


「ミッ、ミコ!!!」


 チャーコは会えないと思っていた自分の大切な妹が突然現れたことに、驚きつつも、叫ばずにはいられなかった。

 桃色の髪を揺らして愛する者の所へ向かうチャーコ。

そのままミコの元に向かい抱きしめていた。


「ん~んん……。

 その服装……、お前は楽奴ではないか?

 楽奴のお前がなぜ喋る?」

ケイケスは突拍子もない出来事に目を見開く。


 この世界では楽奴は喋らず笑わず、ただ淡々と忌み嫌われる楽器を弾き不愉快な音楽を演奏し続ける存在だ。

チャーコのように感情を露にし声を出すなんてことはあり得ない。


「……。」

チャーコが抱きしめるミコは表情一つ変えず押し黙る。


「……。

 駄目だ……。

 やっぱり楽奴だからミコは私を分かってくれない!」

チャーコはミコの肩を揺り起こしながら言う。


「お前。

 この私に向かって何の断りもなく、側近に触れるとは無礼であろう。

 その所業、どう償うつもりか?」

ケイケスはちょうど良い生贄を見つけたとニヤニヤしながら言う。


 そこに“さささっ”と割って入ったのがキヨラだった。


「あら、領主様。

 この子は楽奴ではないのですよ。

 少し貧乏な家柄で……。

 教養も無く、無礼な態度を取ったのです。

 ごめんなさいね。」

チャーコを制し、自分の背に隠しながら言う。


「おおっ!

 お前は……、とても美しい顔をしているの。」

ケイケスのニヤニヤが更に増す。


「この女はお前の知り合いと言うことだな。

 この女の失態……、お前はどう償う?」

ケイケスはキヨラに問う。


 キヨラは控えめに言っても美しい。

完全にケイケスの目はハートになっており、キヨラを我が物にしようと行動する。


「償うと言われましても……。」

キヨラはチャーコを庇いながら呟く。


…………。


……。


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 キヨラのピンチはいざ知らず、幸達は今日もダンジョンを潜っていた。


「あぁ、駄目だ。

 やっぱりモンスターがリスポーンしない……。」

幸は悔しそうに言う。


 このシーガーディアンの塔3階の魔物を全て駆逐してしまった。

それ以降、何度も足繁く通っても、魔物達は再び現れない。

 この3階で次に進むための、ダンジョンのギミックは、 “前を向くものここに居座れ”と彫り込まれた台座である。

それは10個あり、その台座に一人ずつ待機させ、10人が居座れば何かが起こるというものである。


 10人以上、人を集めてパーティーで来る事は幸達にとって現実的ではない。

 幸達で出来る1番簡単な方法、魔物達を音楽で従えて、10人待機を大成しようと思っている。

しかし魔物がリスポーンしない為ダンジョン攻略が一向に進まないのだ。


 完全に平行線の沼の中に幸達は浸かっていた。

そんな時だった。


 【共鳴のミサンガ】が突如鳴り響く。

それはのシグナルだった。


「なんだ!!

 この音!!頭に響く!」

ピーネはミサンガの共鳴に耳をふさぐ。


「これはキヨラの信号だ!!

 えっ、逃げてって……、キヨラ今ピンチなんじゃないの!?」

幸は気が動転しながら叫ぶ。


「すぐキヨラの所へ向かおう。

 きっとザンスター・サオールズの船着き場にいるよ!」

幸はそう言うやいなや、ピーネの脚に掴まる。


「待ってろキヨラ!」

ピーネはそう言うと大きく羽を羽ばたかせ、ダンジョンの窓から勢いよく飛び出した。


 共鳴のミサンガは、同じようにミサンガを付けた者に“逃げて”と“助けて”の二つの信号を送れる代物である。

 連絡手段としてはこれまで幾度となく使って来たが、は初めてのことである。

それは使用者にどうしようもないピンチが訪れて、「仲間だけはせめて逃がしたい」、そんなときにしか使わない合図だ。

 つまりキヨラは今限りなく危険な状態にいると読み取れるのだ。


 幸達はキヨラの元へと急いだ。


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