第9話「海の見える町の楽奴」

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 それはどうやら巨大なゴミ捨て場だった。


 海から上がって来た船乗りたちが捨てる様々なもの、町民の生活で出たごみ。

そしてなにより、漁を終え水揚げする際に、不必要な魚や、既に死んでいたり傷付いている不良品を貯めておく貯蔵庫があった。

定期的に専門の魔導士が来て、それを“フレイム”で燃やし尽くすらしい。

 

 現実世界では、川や海があれば、普通愚かな人間はゴミを捨てたり溜めたりする。

しかし、この“ザンスター・サオールズ”の人達は、海を愛しているのだろう。

 こんな大掛かりなゴミ捨て場を建設しているのだ。

海がどこまでも綺麗なことにも合点が行く。


 密閉しているとは言え、そのように大きなゴミ箱だ。

鼻を突きさす匂いがする。


 この町の楽奴は、そんなところに追いやられていた。


「なっ、なかなか大変な場所にいたね……。」

幸は鼻をつまみながら言う。


 船着き場の最奥に位置するため、ここで働く者など、用事がある人しか来ない場所だ。

 そして、今日はもうこの施設の稼働は終わっているらしく、楽奴以外ひとっこひとりいなかった。


 海の町の楽奴は6人だった。

楽器は男が演奏するのがスネア、ウッドベース、フルートにピッコロで、女が演奏しているのがギターに鍵盤ハーモニカだ。


 誰もが下を向いて嫌そうな顔で生気なく演奏している。


 幸とキヨラが歩いて近づいていく。

彼らがそれに気づいたとき、大きく目を見開いたり、二度見したり、様々に驚いて、少し音楽が揺らぐ。

そしてファエードアウト(音量のつまみを下ろして徐々に音を止める事)するかのように、演奏がとまる。



「あっ、あのー……。

 こんにちは。」

幸が声をかける。


「……。」

誰も声を発さない。


「あの!

 楽奴の皆さんですよね!」

聞こえなかったのかと思い、幸はもう一度大きめに声をかける。


「……。」

誰も声を発さない。


 無視をされてた現実世界の事を思い出す。

冷や汗が滲んで、肩が”カタカタ”と小刻みに震えるのが分かる。


                “キュッ”


 キヨラが幸の気持ちを察してか手を握った。

幸は、“ふぅーっ”と深く息を吐き、冷静さを取り戻す。


 バーウの村ではどうだっただろうか。

幸は、ピーネを止めるための演奏をした後にしか楽奴であるキヨラ達と話をしていない。

 解放されていない楽奴は、もしかしたらこのように生気なく喋れない状態なのかもしれない。


「ねぇ、キヨラ。

 楽奴ってみんな、こんな風に喋れないモノなの?」

幸が尋ねる。


「えっ、わかんない。

 誰からも話しかけられることもなく、ずっと演奏してたし。

 でも何だろう……。頭がぼうっとしてたような……。

 何か頭の中に重しがあって上手く物事を考えられない。

 そんな感覚はあったかも……。」

キヨラは応えた。


「そうか……。

 キヨラ、誰も来ない様に見張って置いてくれない?」


 幸はギターを持つ女の方に歩き出す。


「ごめんね。

 絶対に壊さないからちょっと貸してね。」


「……。」

誰も声を発さない。


 女は嫌がるそぶりもなく、動かないので、幸はギターを丁重にお借りして、つま弾いた。



          ”♪~~~~~~~~~~”



 イントロはコードではなしにメロディーから始まった。

導入から盛り上がるが徐々に降りて次の展開に繋がる。


        「Em D C G/B Am7 D GM7 B」


 コードも触りつつメロディーが変化して紡がれている。

ノスタルジックで、懐かしい音がする。


 海が見える街の季節の移り変わりをゆっくり眺めている様な気持ちになる。

      

      ”トン タン トッ タン” ”トン タン トッ タン”


 このリズムのシンコペーションが曲の世界にどんどん引き込んでいく。

いつかみた懐かしい風景を思い出せそうになる。


            “♪~~~~~~~~~”


 長い時間弾いても、町の人に見つかるとまずいので、1番だけをさっと弾いて曲が終わった。

 

 楽奴達はどうだろうか。

みんな大粒の涙を流し幸の演奏に耳を傾けていた。


          「「「「「「素晴らしい……。」」」」」」


 男も女も目がハート。

楽奴の解放は無事に成功したようだった。


…………。


……。


**************************************

 

 キヨラも見張りから戻り、みんなで話をすることに。


「私も楽奴だったんだ。

 それでね、幸と出会って解放されて……。

 そして一緒に楽奴を解放する旅をしてるのよ。」

キヨラがさくっとこれまでの自分達の経緯を話す。


「そんな……。

 楽奴を救おうとしてる人がいるなんて……。」

鍵盤ハーモニカの女が、涙を浮かべて呟く。


「みんな正気に戻れて良かったよ。」

幸は無視されていたのでは無いと知り一安心。


「あっ……あの!」

ギターの女の子が手をあげて叫ぶ。


 彼女は髪の毛が薄い桃色で二つに結んでいる。

身長は150㎝ほどで、非常に可愛らしい。


「あの、私の妹が、きっと領主様の屋敷にいるんです。

 占有預かりの楽奴は、私の妹なんです。

 助けてくれませんか?」

その女の子は涙をこぼしてお願いした。


 楽奴の状態で意識が朦朧としていても、覚えている存在。

チャーコにとってそれほど大切な妹の名前は“ミコ”と言う。


「もちろんみんな助けるつもりだ!

 ……大丈夫。」

幸はその小さな子の肩に手をやり言った。


                ◇◇◇

 話を聞くとこうだった。

もともと7人でこの町の楽奴をしていたが、半年前ほどに領主貴族が変わり、その貴族が貴族に成りあがったばかりだったため、自分の占有預かりの楽奴を作るために、街にいる楽奴の一人を攫って行ったのだ。

 それがピンクの髪の女の子”チャーコ”の、双子の妹だった。


 新しい領主は相当に厳しくて嫌なやつなんだそうだ。

町民会議も、もともとは、本当により良い町作りをするための会議で、今の様に公開処刑などするためのものではなかった。


 チャコは厳しい領主の元で、妹が辛い思いをしていないか、心配で気が気でないのだそうだ。

                ◇◇◇

 

 なんとしてでも助けたい。幸はそう思った。

自分の現実世界に残して来た妹達の事を重ねてしまったからだ。


 話を聞き終え楽奴達と別れた。

幸とキヨラはピーネの待つ森へ帰るために“ザンスター・サオールズ”を出たのであった。


…………。


……。


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