第13話「叩きたい女」

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 海が“ドボン”と大きな音を立てた。


……。


……。


     「「「ペチャクチャ、ペチャクチャ。」」」

 女達はガールズトークに夢中で気付かない。


 幸は、栗色の髪の何者かに海に引きずり込まれ、そしてズボンを引きずり降ろされ、ついにパンツも引きずり脱がされた。

 幸のお尻には、毒巻に付けられた根性焼きのあとが、ひーふーみー……、数えきれないほどある……。


 栗色の何かはそんなことは気にしなかった。


         “パチン”“ペチン”パパチン”ペッペッペチン”


 リズミカルに刻まれるそのビートは、海に響き渡る。

 叩き方が上手いのか特に痛みは感じない。

……が、羞恥心が幸から溢れてこぼれだす。


              “あぁーっ”あぁあーっ”

 

 これは波の音か、女の声か、それとも幸の悲鳴か。

この辺りで女子はようやく気付く。


「へーっ、貴女達、これからダンジョンに……、ん?」

ユラーハは小気味よいビートについに気付いた。


「あれ!幸がいないよ!」

キヨラもやっと大切な仲間がいないことに気付く。


「幸!幸!!

 どこ行った!!」

ピーネが一番焦っている。


 ピーネは空を飛び、辺りを見渡す。

するとすぐに幸を見つける。

桟橋の付近で何かに囚われて、そして丸出しのけつをしごき叩かれているのだ。


「幸ー!!」

ピーネはすぐに桟橋に向かう。


                “ゲシ!!”


 幸をとらえる何かを蹴り飛ばし、幸を掴み浜に着地するピーネ。

幸は、悲し恥ずかしの想いをしながらも、浜にまで離れて、ついに、栗色の髪の毛の正体を知る。

 それは人魚と呼ばれる生き物だった。


「ああぁあ……。

 ああぁあ!!」

人魚は何かを言っている。しかし伝わらない。


「よくも俺の大切な幸を!!

 殺してやる……。」

ピーネの憤怒。


 幸は非常に恥ずかしい思いをしながらも、一つ感じていたことがあった。

それはこの人魚がを……、音楽を奏でようとしていたことだ。


「ピーネ……。

 ……俺は大丈夫だから、ギターを持ってきて。」

幸がズボンを履きなおしながら言う。

恥ずかしさよりも彼女への興味が勝つ。


「ギター?」

ピーネは訝しむ。


 今日はダンジョンへの下見に来た。

ミスリルの袋の中にギターは持ってきている。

飛び出して来たピーネは、キヨラ、ユラーハの側にそれを置いてきた。

幸に言われて、ギターを持ってきて、幸に渡す。


「ありがとう。」

幸は言うとすぐにギターを構えた。


            「Dm C F Dm C F」


 幸が弾き出したのは、遥か昔のと呼ばれるジャンルの唄だった。

優しい伴奏に、メロデーもつま弾く。


 それは、自分の今置かれた状況、そして、そのやるせなさ。

誰に言えるわけもなく、空を仰ぎ、ただただ呟くような。

悲しくてやるせない、こんな気持ちを誰かに伝えたい、吐露とろしたい、でも出来ない。そんな気持ちを歌うメロディーだった。


「あぁああ……。

 なんなんー。

 めちゃいい曲やー。」

人魚の声が聞こえるようになる。

人魚は音楽に涙する。


「ごめんなー。

 ぷりっとしたお尻でいい音鳴ると思ってんー。

 ついなー、叩いてもーたー。

 うちなー、どうしても叩きたいねんー。」

人魚がそう告げた。


「お尻叩かれたのは嫌だったけどさ……。

 君はのが好きなの?」

幸はお尻をさすりながら言う。


 この尻叩きが、もう少し痛みを伴っていたりしたら、幸はいじめをされていた頃を思い出していたかもしれない。

 絶妙な叩く技術と、そしてグルーヴのあるタイトなリズムの心地良さにより、地獄の蓋は開くことはなかった。


「ごめんなー。

 怒ってないー?

 せやねんなー、好きやー。

 分かるー?この音の違い。

 手を開いてる時とな、ちょーっと手をへこーってさせた時の音の違い。」

人魚はそう言うと水面を、バチバチ叩く。

 

             “パシャ”   “ポシャ”


 彼女は海を叩く音の質感の違いを問うてくる。

水面を叩くその顔は満足そうで、幸せそうだった。


「おまえ!!

 いくら叩くのが好きでも、幸の尻を叩いたのは許せない!!

 これはだぞ!!」

ピーネが睨みを聞かす。


「ごめんなー、だってこんなにプリッとしたお尻やんかー……。

 絶対良い音すると思ったんよー。」

人魚は、ゆったりとした関西弁で言った。


 ピーネにやっと追いついた、キヨラとユラーハ。


「貴女が、海の女ですわね……。

 姿を現さないと思ったらとうとう現しましたね。」

ユラーハはやっと見つけた恋敵に、詰め寄る。


「あんた誰ー?

 うちは海の女ちゃうでー?

 うちは"フーガスカ"やー。

 叩くのが好きなただの人魚やー。」

フーガスカはユラーハに告げる。


「日夜、ワタークが、貴女に愛の告白をしてるのは知らなくて?」

ユラーハ聞く。


「告白?

 うちそんなんされてんのー?

 知らんでー。

 ……なら取る気ないしなー。」

フーガスカはあっけらかんと言う。


「……あら。

 そうだったのですね……。

 だったらよろしくてよ。」

内心"フーッ"と、肩を撫でおろすユラーハ。


 ワタークはここ連日、海に来て、いつも海の女と波で会話していた。

ユラーハはそれが、人魚フーガスカと話をしているのだと思っていた。

 しかし、この出会いで、ワタークはフーガスカを認識しておらず、ただ波と喋っていただけと言う事がわかった。


「もうワタークったら……。

 本当にロマンチストなんだから……。」

"ポッ"っと顔を赤らめてユラーハは言うと……。


「そろそろワタークが沖を抜けて帰ってくる頃だから……。

 迎えに行って来ますわ。

 また一緒にお話ししましょう。」

ユラーハはそう言うと水に溶けて消えていった。

沖までワタークをぶっ飛ばしたのは自分である。



「「えっ!?」」

幸とキヨラは驚愕する。



「あの人、ウンディーネやからなー。

 水から水に移動しただけやでー。」

フーガスカは当たり前みたいに言う。


「そうだぞ!

 ユラーハは精霊だ!」

ピーネも知っていた。


「ユラーハ……。

 精霊さんだったんだ。

 精霊が人間に恋をしてるのね……。

 なんだかロマンチック。」

キヨラがうっとりとして言う。


「精霊……。」

流石、異世界と感心する幸。


 とにもかくにも、ウンディーネのユラーハとの出会いだった。


 そして、もう1人の新たに出会った女。

栗色の"フワフワクリッ"とした髪が肩で揺れて遊んでいる。

 張りのある瑞々しい身体に黄色の胸当を纏い、脚には腰の辺りからキラキラと太陽の光を反射する鱗を携えた鰭がはえていた。

 現実世界から来た幸でも、この魔物の名前はと断定出来るほどよく知る出立ちだ。


「ここであったのも何かの縁やからなー。

 また遊びに来てセッションしよやー。

 今度はお尻叩かんからなー。」

フーガスカはニコニコしながら言う。


「そうだね。

 俺達も打楽器叩くやつ欲し……。」

幸はフーガスカを誘いたい。

ついつい出かけた言葉を飲み込む。


 フーガスカは人魚である。

 水のない所には行けないし、馬車を仮に手に入れたとしても共に旅をすることなど出来ないであろう。

 それは幸も分かっていた。


「また会いに来るよ。」

幸はそう言って手を振り、歩きだす。


 フーガスカに別れを告げて、幸達は今日の目的であるダンジョンに向かうのだった。


 人魚の女の子、フーガスカとの出会いはこの様に幕が閉まり行く。


…………。


……。


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