第12話「バーウの村の酒場にて」

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 路地裏から大通りへ帰ってみると、ある異変に気付く。


「さっきまであんなに人がいたのに誰もいなくなってるぞ?」


 酒場に入らずとも、露店の人がフレンドリーに「いらっしゃい」とか「よっておいで~」などと、声をかけてくれたら、ひとまずこの世界の人間と話すという行為は達成出来た。

しかし、通行人どころか、店員までいなくなっていた。


「村人全員の休憩時間なのかな?」


 スペインには"シェスタ"という国民の長い昼休みの制度がある。

なにも分からない異世界ではこの制度がスタンダードな可能性もあると幸は考えた。


「とっとにかく、酒場に行ってみよう。」


…………。


……。


 酒場は大通りを中腹ほどまで歩いたら見つかった。

木の扉の中枠に窓がついていたので覗き込むと、人は入っており、ちゃんと営業していることが伺えた。


「良かった。ちゃんと人がいた……。

 じゃ、じゃあ入ってみるぞ……。」

幸は、地獄のいじめの日々のせいで完全なるコミュ障となっている。


             “カラン”


 扉についていたベルが鳴った。


 店内は20畳ぐらいで、丸テーブルが点在しており、そこで人々が立ち飲みをしていたり、カウンターには椅子が設置されており、そこで飲んでる者もいた。


 そして、その飲んでいた人々の何人かは、「カラン」の音に反応して、こちらを一瞥した。

するとみんな一様にばつの悪そうな顔をして、顔をそむけたり俯いたりする。


「???」

幸は、現実世界でも、愉悦を含んだ笑みや、弱者を見るような蔑んだ目はされたが、嫌なモノを見たかの様な、もしくは苦虫を噛んだような顔は、されなかった。


「……!

 服がこっちの世界のじゃないからか!」

幸は自分なりの人の視線に対する回答を持った。

その場合、もうどうしようもない。


 とにかく、話をせねば始まらない。

店員ならば流石に対応はしてくれるだろうと、

カウンターに入っているバーテンダーの所へ向かった。


「しゅ、しゅみません!!

 さっ、佐倉幸と申します!

 なにか飲み物をいただけませんか?」

いきなり噛んで、しかも不必要な自己紹介までかます。


 そのバーテンダーはスキンヘッドでなかなかにいかつい顔をしていたが、幸を見て、いや、正しくは”幸が背中に掛けていたギターを見て”目を大きく見開いた。

ものの5秒間くらい沈黙しただろうか。

そこからゆっくりと口を開いた。


「……お前なんかに、飲ますもんは何もねーよ。

 気持ち悪りぃ……。

 そんな汚いもん店内に持って来やがって。

 とっとと出てってくれ。

 顔も見たくねー。」

いかついバーテンは思いもよらない言葉を口にした。


「えっ!?

 えっ。

 ……すっ、すいません!!

 すいませんでした……。」

突然の言葉に、動揺を隠せない幸。

なんとか振り絞った謝罪の言葉。


 想像だにしていなかった展開。

この世界のことについて知ることはおろか、気持ち悪いと一蹴。

幸の顔はみるみる暗くなっていく。

この世界に来て、ピーネとの出会いや、村の魔物達と仲良く過ごしたことで、忘れつつあったもの。

地獄の中での出来事がフラッシュバックしてくる。

幸は俯き振り返り、酒場を後にする。


          “カラン“


 外に出た幸にさらに追い討ちが襲う。


          “ビシッ!”


「痛い!」

側腹部に直撃したそれは石であった。


 誰も居なくなっていた大通りに6人ほどの子供が仁王立ちし、

幸を睨んでいるのだ。

それはバーウの村で悪名高い悪ガキ達だった。


「おまえ、なんで楽器なんて持ってるんだよ!!

 楽奴でもないくせにぃ!!

 気持ちわりー!!出てけよ!!」

リーダー格の“タック”が幸を睨みながら叫ぶ。


 それが始まりの合図かのように、後の5人、“ツーヤ”、“ブーノ”、“カイセ”、“キーア”、“ロタン”が手に手に持つ石を幸に投げる。

子供の純粋な悪意は石礫となり、幸の身体に刺さる。


 額にかすめた石は幸の皮膚を抉り取る。

赤い雫が額から、目尻を掠めて頬へ伝う。


「へへっ。悪いことしてるつもりはなかったんだ。

 ごっ、ごめんなさい……。」

完全幸は地獄の日々の気持ちを思い出す。


「二度と来んな!!」

ロタンが大声で叫んだ。


「……ごっ、ごめんなさい。」

幸は俯いて、村の入り口へ走って行くのだった。


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