第11話「隣の村にて」

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          “……バッサバッサ“


 ピーネの家から飛び立ってものの5分くらいだろうか。

白目を剥きながら全身全霊の力を込めてギターを抱えている男は、まるで猛禽類に捕らえられ、連れさられている小動物のようだった。


           “ヒューッ……”


 超高速の落下のGに幸の頬は捲れ上がる。


           “タスッ……”


 脚の爪から瞬時に幸を抱きかかえ、

芸術点が加算されそうな見事な着地で魅せるピーネ。


「おーい、幸!!

 着いたぞ!

 ここが隣の村だ!」

ピーネは腕と胸に支えられ、お姫様抱っこ状態の幸の顔を、

覗きこんで言う。


「えっ……。

 もう着いたの?

 ……こっ、怖かった……。」

プルルと軽い痙攣の様に震えながら、震えた声で言う。


 とにかくギターを空の上から落とさないことだけに必死だった幸は、地上の景色など見る余裕もなかった。

目を開けた今、目の前に確かに、木の柵の上から家屋が顔を出してるのを見つけた。


 その村は、外敵用か、それかもしかすると飲用や洗濯用なのかもしれないが、どこかから引っ張って来ている水が溜まった掘りで、村の外がずーっとはりめぐらされている。


 周囲は長閑な平野と言う所で、モンスターや、敵国の兵(人間同士で争っているかは分からないが)などが通っても直ぐに分かりそうである。

ただ、特に見張りや憲兵を立てている様子は無く、今の所、ハーピーの存在も気付かれていなさそうだ。


 堀を越えた先の、木の柵の隙間から見える家は煉瓦造で、煙突からは黙々と煙が上がっていた。


「凄い!

 煙突だ!

 あんなの日本じゃ見たことない!」

現代の日本ではの出入り口という認識。


「隙間からだけど、ガヤガヤしてて、人のいる感じもするし、ちゃんとこの世界にも人間がいるんだね。」

いまだモンスターしか見たことがない幸が言う。


「人間もいっぱいいるさ!

 俺にハープをくれたのも人間だぞ!

 そんなことより、ほら!

 入り口はあっちだ!

 一緒に行くぞ!」

ピーネは楽しい事を見つけた犬のように急いて言う。


「えっ、人間の村にピーネは行っていいの!?

 そう言うものなの?

 凄い騒ぎにならない?」

 魔物と人間の関係を全く知らない幸。

普通に考えたら、魔物が入っていいわけがない。


「大丈夫!

 攻撃されたら、噛み殺す!」

ピーネはギラギラと光る牙を見せつけて、恐ろしい事をのたまう。


「ダッ、ダメに決まってるでしょ!!

 ……俺一人で様子を見てくるよ。」

流石にピーネには行かせられないと言う事で幸は覚悟を決めるしかなかった。


 そもそも、幸とピーネは、ギターの能力のひとつである、【音楽は種を越える】の力で、コミュニケーションが成り立っている。

本来は、意志疎通すら出来ず、モンスターは恐怖の対象でしかない。


 幸はピーネを置いて一人で歩き出す。


 村の入り口は、幸達が着地した位置から角を一つ越えたところにあり、幸はとぼとぼと迂回して歩いた。



           【バーウの村】



  たどり着いた入り口には看板が立ててあり、堀を越えるための小さな橋が掛かっていた。

 門番も特にいなさそうなので、幸はドキドキと鼓動を鳴らして入っていく。


              “♪~~”


  橋を越えたところで中世冒険ファンタジーよろしくというような、ケルトっぽい音楽が耳に入って来た。


「あっ、これヴァイオリンの音だ!」

幸はいきなり聞こえてきた音楽に嬉しくなって走り出した。


 バーウの村は、入り口から真っ直ぐに大通りが伸びていて、そこにいくつかの露店が開かれていたり、酒場や宿屋のような施設の看板がつるされている建物も両翼に立ち並んでいる。

大通りを真っすぐ突っ切ったところは広場になっており、なにか催し物などを行えそうなステージがあった。


 塀の外からガヤガヤが聞こえていた通り、その通りには人が沢山いて賑わっていた。


 幸が聞いた音楽は、大通り側からではなく、入り口近くのうらぶれた路地から聞こえてくるようだった。

 

 そこには、3人の小汚い布に、穴を空けただけというようないで立ちの、みすぼらしい姿の男女がいた。

一人の男は、”スネア”という小太鼓を小気味よく叩いていて、

もう一人の男は、弦が4本で低音が気持ちいい”ウッドベース”を弾いている。

そして、女性がヴァイオリンを弾いていた。

女性はモデルの様にすらっとした身体で背も高く、男達と並んでも同じような身長であった。

整った顔にヴァイオリンをあてがい、ロングの青い髪がパツパツとリズムの中で揺れている。


 3人の演奏は、相当合わせての練習を繰り返して来たのか、まとまっており、聴いていて心地よい。


 ただ、とても異様に感じるのは、3人とも何か浮かない様な顔をしており、目配せもない。

宿題を嫌々やらされている小学生の様に無表情に演奏をしていた。

観客はいるのかというと、一人も居なく、まるで奴隷の様な姿で演奏しているこの3人は、裏路地に追いやられているようだった。


 幸は、嬉々として走り出したものの、

虚ろな顔をしながら演奏しているその人達に声をかけたり、観客0の演奏に、自分一人だけ目の前で聞きに行くというような、勇気も無かったので、気づかれていないうちにと退散した。


 気を取り直し幸は、話が出来そうな場所へ向かう。

やはりファンタジーの「話を聞く」というプロセスで一番に思いつくのは、酒場である。


 幸は大通りへと歩き出した。


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