第13話「バーウの村とピーネの怒り」

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 大鳥が縛った前髪の輪ゴムは、いつのまにか千切れていた。

縛っていた前髪が変な形で垂れ下がり、そして目には涙が垂れ下がる。


 帰りを待ちわびていたピーネが、幸を見つけると文字通り飛びついてきた。


「幸!幸!

 おかえり!!

 どうだった!?

 ……!?

 どうした幸!!!」

ピーネは幸の異変に気付いた。


 垂れ下がった前髪が幸の表情を隠してはいるが、ピーネには分かる。


「なんで!?幸!!

 何で泣いてる!?

 誰かにいじめられたんか!?」

幸は暖かい羽で抱きしめられるが、悲しい気持ちから帰ってこれない。


「幸をいじめるやつは俺が絶対許さない!!

 俺が殺して来る!!」

ピーネの怒りは頂点である。ピーネの目尻もぬれている。

もっとも愛しい人が泣かされたのだ。


 幸はこの時、地獄になかったものを知る。

それは、自分のために本気で泣いて、本気で怒ってくれる存在だ。


「……。

 俺が悪かったんだよ。

 へっ、変なっ……、笑い方しちゃったんだ。

 きっと俺のせいで気を悪くさせちゃったんだよ。」

完全に現実世界に居た時の気持ちに戻ってしまっていた。


 ふさぎがちの目線に、おどおどとして、言葉につまり、きょどってしまっている。

そんな幸に、ピーネは目を「カッ」と見開き、肩を抱き叫ぶ。


「幸は悪くない!!!

 幸の笑顔は俺を幸せにする!!

 みんなを幸せにする!!!

 幸はそんな気持ちになる必要は一つもない!!」


ピーネの言葉は少しずつ、幸の現実世界で作られてしまった大きな傷に、届いていく。


「俺は幸が大好きだ!

 大好きなものをイジメるやつは全力で……。

 全力で殺す……。」


 そう言うやいなやピーネは飛び上がり村の中へ入って行く。


「……駄目だよ!

 ピーネ駄目だ!!」

幸が口に出した時には既にピーネは飛んで村の柵を越えていた。


 幸は急いで村の入り口まで走って行く。


…………。


……。


 ピーネの飛ぶ速度は相当速い。

しかし、猛禽類の様に羽音は全くしない。

幸がいなくなってガヤガヤと村は活気づいていたのだが、「スタッ」と着地して突然現れた化け物に、悲鳴が生まれる。



             「「キャー!!魔物よー!!」」 



 体格自体は幸とそんなに変わらないピーネ。

大きく羽を高く広げ、尻尾もピンと天へ立っている。

その威嚇のポーズは威圧感があり、恐怖の対象になる。


「ギャーウー!!

 ギャウギャウ!!

 ギャウー!!(誰が幸をイジメた!!出てこい!!かみ殺してやる!!)」

幸の力がない今、ピーネの言葉は人間には通らない。



        「「「「「「なんだお前はー!!」」」」」」



 悪ガキ6人組である。


「カイセ!!

 警備兵呼んで来い!」

タックは、ただ茫然として立ち竦んでいる大人をよそに、すぐさま叫ぶ。


「なんだお前は!

 今日は変な奴ばっかり来る日だなー!!」

自分に注意が向くようにピーネと同じように両手を広げ、大きな声でオーバーリアクションで叫ぶタック。


「ギャウギャウ!!

 ギャウ!!(お前みたいな子供に幸が泣かされるはずない!)

 ギャギャギャウ!!(幸を泣かした奴を呼んで来い!!)」

当然伝わるはずもない。


 ピーネも、幸との出会いや、昔の友達のこともあり、人間のことは嫌いじゃない。

 簡単に殺せるはずもなく、ましてやタックの様な子供に自分から襲い掛かる事もなく、膠着状態が続く。

 

 騒ぎを聞きつけ、家の扉を閉めてほとんどの者が身を隠す。

残っているのは、悪ガキ達と、路地裏で演奏している3人くらいだろうか。


「魔物が出たんだってー!?」

カイセが呼びに行った警備兵が駆け付けた。


 タックの前に踊りでた彼らは、俺たちに任せろと言わんばかりに戦闘態勢だ。


 装備はミスリルの鎧と、兜。

そしてミスリルの剣を構えた兵隊が3人。

まさにミスリルのセットアップである。


 ラスボス手前の村であるから、装備もいいものが売っている。

がその能力自体はたかだか警備兵。

迷わずの森で暮らしているピーネに敵うはずは当然ない。


 戦闘が始まってしまったら人死には避けられない。


「……まっ待ってー!」

ヒーローは遅れて登場するのか、か細い声の主は、幸であった。


 走って走って、なんとかピーネに追いついた幸が、構えるのはやはりギターである。


「ピーネ!

 人は殺しちゃだめだ!

 俺は大丈夫だから!!

 ほら、聴いて?」


          「F# G#m7~♪」


 カントリーチックな、優しさに包まれそうなイントロを弾き出す幸。

小さい頃は神様を信じたり、サンタを信じたりしたものだ。

この曲はそう言う、小さい時の純粋な憧れや、子供の真っ白な感覚で目に写る全てを感じられる喜びを、思い出さしてくれる。


 警備兵は初めて音楽を聴いたかの様な顔をして、自然と涙が溢れてくる。


 悪ガキ達は投げようとしていた石を地面に放し、ただただ聞き入っている。


 そしてピーネはと言うと目がハートで悶えていた。


           「F# G#m7~♪」


 盛り上げて盛り上げ切った本編からの、イントロと同じに収束するアウトロも美しい。


 幸が一曲弾き切った時には、子供達はニコニコと庭駆け回り、警備兵は泣き崩れ、ピーネは幸の足元に抱き着き、丸くなっていた。


「ほら、今のうちだ!!」

幸はピーネの手を掴み立たせようとするが立たせれるわけがない。


「立って!

 ……走って!

 ピーネ!

 逃げるよ!」


 幸の言葉に、ピーネはすぐ反応し立ち上がり、幸を抱きかかえた。

「走って!」の命令通り、ピーネは入り口まで目指して全力で走って行く。


 幸のギターの魔力の一つ【心酔】は聞いた者で屈服したものに、命令を下せる魔法の力だ。


 幸はそれを、知らずに発動していた。


 ピーネは、脚力も相当に強く、泣き崩れている兵隊や子供が追って来れるものではなかった。


…………。


……。


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