第8話「打ち上げ?」
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夢中の大合唱のライブも終わり、そこからの魔物達の大歓迎の宴は、佐倉幸にとっての初めてのライブ後の打ち上げであった。
幸とピーネと村の魔物10匹ほどが、村の中心の広場に薪をくべて火を囲み円になって座っている。
小さい魔物から大きい魔物までいるので円と呼ぶには3次元的にはかなりいびつな形をしていた。
ケンタウロスが運んできた、よくわからない肉や葉っぱ等の食べ物と、瓢箪みたいな筒状のものに入った飲み物を持って始まった大宴会。
それは、幸にとって沢山の仲間と談笑して食事をする初めての機会だ。
みんなは乾杯の音頭も無く唐突に飲み始めてもうバカ騒ぎしだしている。
笑顔のライブから一転、幸の目は泳いでいた…。
「……。」
幸はこの様な雰囲気の中、どうして居ればいいのかわからず、とりえず瓢箪の中身をのぞく。
中身は薄い茶色身がかかっていて、なにやら酸っぱいような甘いような香りがする。
これは断じてお酒ではない。
魔物の好物の"ルーコルア"と言うものらしい。
「グビッ!」
幸には今、魔物から好意で出された物を、飲まないと言う選択肢はない。
幸は勇気を出して飲んでみる。
「……甘い。」
魔物の飲み物ということで、飲んだら死ぬ可能性すら感じていたがそんな事はなく、初めての幸にも飲みやすく美味しいものであった。
「おめーの演奏しびれたぜ。」
緑色の小さいゴブリンが一口飲んだだけの幸の瓢箪に同じ飲み物を注ぎ、幸の瓢箪の口は表面張力で水が揺れていた。
「おめーどこから来たんだ?
この迷わずの森はみんな強くてほとんど人間なんて入ってこんのに。」
「……俺は転移されたんだ。気づいたらこの森の中だった……。」
幸も自分がいきなりこんな森の中に放り出されるとは思っても見なかった。
「転移?
なんだそりゃ?
よくわからん!
けど、おめーと出会えて、こんな楽しい音楽が聞けて良かったぞ。
音楽ってこんなに耳が気持ちいいものなんだな!
いつまでもここにいていいんだからな。
おらが守ってやる。」
ゴブリンはおそらく下位モンスターであるが、ここにいるという事はかなり強い個体なのであろう。
「こいつはなぁ。
"勇者の能力"に目覚めちまってゴブリンの村を追い出されたんだぞ。」
隣にいたピーネが言う。
「勇者!?」
幸でも知っているファンタジーの職業の花形であった。
「そだぎゃ。
おらはゴブだからなぁ、この村では全然よえー方よ。」
瓢箪の中身をぐびぐびと一瞬で、空にしながら楽しそうに言った。
「あっちのスライムは"ハイマジシャンの能力"に目覚めてて、
あっちのサイクロプスは"ソードマスター"なんだぞ!」
ゴブリンが手振り身振り高らかに言う。
「ハッ、ハイマジシャンとソードマスター!?
……って何?」
そこまでファンタジーに明るくない幸にとって、凄さがよく分からない職業であった。
スライムは杖などもたずドロドロしているだけであり、巨漢のサイクロプスもソードマスターと言う割には、棍棒を持つのみであった。
「みんな強ぇーってことよ!
そしてここならおらも、みんなの仲間として見てもらえんのさ。」
はぶれた魔物が行きつくこの村には様々な種族がいる。
迷わずの森にはもっと希少で強い上位種もうじゃうじゃいるので、ゴブリンの様な魔物の下位の種族は本来なら淘汰されるであろう。
この村の下位、上位種が仲良く暮らしているのは奇異なことである。
ルーコルアが無くなったゴブリンはのそりと立ち上がり甘い香りを求めて歩き去っていった。
「魔物にも色々あるんだね……。」
幸は、歩き去るゴブリンをみてつぶやく。
そこからは入れ替わり立ち替わり、魔物達が幸の隣にやって来て談笑する。
幸のギターの演奏を讃える者や、ゴブリンのようにどこから来たのか尋ねる者、笑顔を褒める者。
そして、皆、来るたびにルーコルアを瓢箪の中を、ぱんぱんにして行く。
現実世界ではあんなに貶されていた幸は、この世界に来て、ギターひとつで評価されて行くことに、心に何か温かい物を感じていた。
「楽しいか?
俺は幸がいるから楽しいぞ!」
よこに座るハーピーが問いてくる。
大きな羽を幸の肩に回しまた赤いコートを羽織る形になっている。
「うしし。
ライブからのこの流れ、最高だよ。
めちゃくちゃ楽しい!
正直転移されてピーネと出会ってすぐ地獄みたいな気分だったけど…。
今は本当に出会えて良かったと思ってる。
ありがとう。」
幸はこのジェットコースターの様な1日の最後に、現実世界でもしたことのない楽しいことが待っていた事にはとても満足している。
「幸が笑顔で俺も嬉しい!」
ピーネも笑う。
「ピーネと演奏が出来たのもとても楽しかったよ!
そのハープってどうしたの?
フレームも金属だし、この村で作ったものじゃないよね?」
幸はハーピーの持つハープについて言及する。
「あぁ、これか?
これは俺の故郷の近くの町の友達の形見なんだ。」
ピーネはハープを撫でながら言った。
「かっ、形見!?
ごめんね。言いにくい事聞いちゃって…。」
魔物にも人間と同じ死生観があるのかは分からないが、シュンとなる幸。
「気にすんな!
形見って行っても本当は生きてるかも知れねーんだ。」
ピーネは気さくに笑う。
「そうなの?」
形見と言えば死別しかイメージのない幸は戸惑う。
「俺の故郷は、この世界で"1番大きかった国"の近くの森だったんだ。
だけど、"その国が一年くらい前、雨がザーザー降る夜に突然消えちまったんだ"。
その消えた広い場所の中に友達の町もあったってわけさ。
だから死んだのか生きてんのかはわかんねー。
みんなでなんかあって村から逃げたのかも知らね。」
ピーネは続ける。
「あいつの事だからそのうちひょっこり顔を出すさ。
それまでの形見だ。」
「…そうだね。
大丈夫!
きっとまた会えるよ!
その時は俺にも紹介してね!」
幸もピーネの気持ちが暗くならないように返した。
「えー、幸は俺の嫁だから他の女に紹介したくない!」
ピーネは大きな翼の中で身体を擦り寄せて言う。
「わっ、わかったから!」
幸は赤面しながら引き剥がそうと試みるも、ピクリとも動かなかった。
「そうだ、ピーネはその居なくなった友達を探すために故郷を出てきたの?」
諦めた幸が話を戻す。
「ん…、それももちろんあるけど、1番は何故か故郷の村のみんなが、楽器を持ってる事に怒りだしたんだ。
ちょっとでも音を出すと、嫌だ嫌だ、不快だ不快だって喚き散らすんだ。
んで、楽器を捨てるか村から出るかって皆んなに言われて、俺は村を出た。」
幸は、ずっと笑顔や悶絶の恍惚の表情しかみた事がなかったピーネの悲しそうな顔を初めて見た。
「何それ!?
突然酷いね…。
ピーネのハープいい音出てるのに…。」
幸は心地よく協奏出来たピーネのハープが悪く言われるのがつまらない。
「俺がもっと幸みたいに弾けるようになったらみんな認めてくれるさ!」
ピーネは笑顔で幸を抱きしめるのだった。
「それよりも幸、飲め飲め!!
今日は出会いの記念の日なんだ!!」
楽しい夜は更けて行く。
…………。
……。
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今日は本当になんて日だったんだ!!!
最高のbirdsでのバンドライブ!!!
から一転して…。
いきなりの異世界転移!!
いきなりの魔物達!!!
……いきなりのクライマックス…。
最初はどうなる事かと思ったけど、
ピーネと出会えて、この村の魔物達に出会えて良かった。
ここは現実よりずっと楽しいし、優しいよ!!
色を塗りたくって、塗りたくって、最終的に虹色になったようなもんだ。
普通は最悪の黒になるよ?
それがまさかのレインボー!
奇跡だったよ。
そして何よりもあれだ。
やっぱりライブだ!!
こっちでも出来てよかった!
ギターがこっちでも弾けて良かった。
俺の音楽でみんなの心の中に色んな"色"が描けるんだ!
俺は「楽しい」という大海の中をギターとともに泳いで行くよ。
色んな景色を見にいくためにさ!!
……。
…………。
…………………。
そして最高の一夜は過ぎて行くのであった……。
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