幼馴染の最後の時間と俺の少しの時間
「それ、いきなりすぎね?」
「そうかな?」
こてんと首を傾げて幼馴染は安楽死証明書の紙を封筒にしまう。コイツはいつも自分勝手で急すぎる。
「明後日って……急すぎるわ」
安楽死は日常的に行われてるし別に驚くことはない、つい最近親族の誰かが安楽死制度を受けて逝ったと母さんが言っていたしその前はバイト先のおっさんが安楽死制度で離職していた。
俺はこの制度に対して別になんとも思ってないけど「明後日死にます」と急に言われるのはちょっとアレだな。
「もう夜だぞ」
「じゃ、明日の朝から」
「安楽死の事、おじさんに言ってないだろ」
「言う必要はないでしょ?」
再び首をこてんと傾げる幼馴染。
「一応育て親だろ……」
「僕は施設の方がよかった」
「そうだったな」
コイツは出会った時からちょっと特殊なヤツで両親がいない上に人間関係がぐちゃぐちゃドロドロしている。
「でも少しは思うところあるんじゃねぇか?」
「あの人、都合のいいものがいつの間にかに消えたぐらいにしか思わないから大丈夫」
「そうかよ……」
親戚のおじさんがコイツを高校卒業まで面倒を見ていた。あまり仲は良くないようでコイツは育て親をとても嫌っていて高校の時は友人の家に転がり込んで生活していたらしい。
高校時代あまりコイツとは付き合いがなかったから友人の家に転がり込んでいたって言う話は友人から聞いた話だけど。
「遺品整理は?」
「今日やっと終わった。部屋に寝袋と少しだけ日用品あるけどもし旅行に行かないなら自分で捨てるよ。もし行くなら帰ってきた後で捨てて欲しいな」
「終わってんだ、片付け」
「うん。手続きとか全部終ったよ。後は部屋にあるものだけ……後で骨が来るかも、受取人に勝手にしちゃった」
「はぁ……そういうのは事前に言えよ」
「ごめんごめん、キミしかマトモな人がいないから。届いたら海にでも撒いて捨てといて」
あははっと笑う幼馴染は悪そびれもなく俺に受取人控えの紙を押し付けてくる。思うところはあるけど幼馴染の最後のよしみとして黙って受け取った。
「それでね、ちょっとだけでいいからキミの時間をくれないかな」
「本気で旅行に行くのか……」
「うん。本気」
コイツとは幼馴染ではあるけど、ルームメイトではあるけど特別仲が良いわけじゃない、確かコイツには恋人がいるし親友もいる、何故わざわざ俺を選ぶのか不思議だ。
「なんで俺なんだよ、別のヤツいるだろ」
「キミ以外の人間とは縁を切ったから誰も連絡つかないよ」
へへっと笑う幼馴染に思わずため息を吐く。
「またしたのかよ」
「うん。またキミだけ残ってる」
「はぁ……」
昔から幼馴染は躊躇なく友好関係を切ってはまた新しく友好関係を築き、ふとした時にまた切るという俺には理解ができないことをしていた。
人間関係リセット症候群だかなんだか知らないけど何故か俺だけコイツは絶対残してる。幼馴染だからと勝手に俺は思ってるけど本人しか理由は知らない、最後だし聞くのもありか。
「なんで俺だけ毎回残すんだよ」
「キミはルームメイトだから明後日まで縁は切れない。だから残してる。必然的に関わるからキミを選んだ」
そんな理由か、と思ったが幼馴染らしい理由に仕方なく俺は明日の予定を確認する。明日ならどうやら完全にフリーなようで1日付き合うことができる。
特にすることがないし付きやってもいいかと「行ってもいいぞ」と言えばキラキラとした顔で「ありがとう」と言われた。勘違いをされやすいがコイツと特別に仲が良いという訳じゃない、たまたま進路が一緒で一緒にルームシェアをすれば家賃が安くなるという利点から一緒にいるだけ。
「1人で行くのはちょっと怖かったからよかった」
「断ったら明日、何する予定だったんだ?」
そう言うと幼馴染は「うーん」と唸り、少し考えた後に口を開く。
「断られたら1日中寝て過ごす予定だったかな、高い出前でも頼んでだらだら過ごしてたよ」
「お前らしいな」
「でしょ?とりあえず明日、朝から行くから、9時には家を出られるようにしてほしいな」
「寝坊しねーように頑張るわ」
「寝坊したら……のんびり待ってるよ」
そう言って幼馴染は部屋に帰っていく。
明後日にはアイツが部屋からいなくなる、存在が居なくなるっていう事が少し信じられなくて不思議な気持ちになった。
あの唯一の幼馴染が安楽死した後、俺はどう思うんだろうかと思いながらいつもと変わらない夜を過ごした。
翌日__俺は見事に寝坊した。
「マジかよ!」
スマホのアラームを【7:00】にセットしたはずが、俺が起きたのは【11:23】で慌てて飛び起き、準備をしてから幼馴染の部屋に行く。
「悪い!マジで、ほんとごめん!」
部屋に入ってすぐに幼馴染に謝罪をした。
幼馴染の部屋は俺が知っている部屋ではなくなっていて最低限のものしか無くなっている。
「やっと起きた、僕も寝坊しちゃったから大丈夫だよ」
「絶対起きてただろ」
絶対にこいつは起きていた、いつでも出られるように準備をしていたのがすぐに分かる、幼馴染の直感ってやつだ。
「寝てたよ、昨日見たかったシリーズものの映画を朝まで見てたらそのままコロッと寝ちゃった」
「ほんとかよ」
「ほんとだよ、とても面白かった。最後は寝落ちして見れなかったけど」
「……マジで悪い」
「大丈夫、気にしないで」
時間厳守のコイツが寝坊をするなんてありえない、俺に気を使って嘘をついているんだろうけど少し残念そうな雰囲気がある。残り時間が少ないというのに申し訳ないことをしてしまった。
「本当に悪い……」
「もー気にしないでってば」
本当に明日この世からいなくなるとは思えないほどニコニコと笑っている幼馴染に俺は昨日の出来事は夢だったんじゃないかと思ってしまう。本当に、本当にコイツは明日居なくなるのだろうか。
俺はコイツが明日には居なくなることを実感できていない。明後日も明明後日もひょっこり出てきて「あれ、嘘なんだよね。驚いた?」と言ってくるのでは?と思ってしまう。
「とりあえず、行こ!早く行かないと今日が終わっちゃうし今のこの時間がもったいない」
「そ、そうだな」
「ささ、早く行くよ」
家を出て電車に乗り数十分__辿り着いたのは地元の街にある水族館。
何時間もかけてどこかに行くかと思ったら案外近い場所で驚いた、これは旅行に入るのか?と思ったが俺が寝坊をしたせいでここを選んだとしか思えなかったので何も言わない……。
「ここ、誰かと来たかったんだよね」
「誰とも来た事なかったのか?」
「うん、ここは誰とも来た事がなかった。ちゃんと仲のいい人と来たいって思ってたから」
人気者だったこいつが友人や恋人ともここに来てなかったのは少し驚いた。
「へー……」
「チケット買ってくるから待ってて」
「お、おう」
幼馴染はチケットを買いに発券機の方に走って行く。
水族館の中は平日の割には少し人が多くてカップルから小さい子供を連れた親子で賑わっている。何かイベントでもやっているのかと思ったら2日前からイルカの赤ちゃんが公開されているらしく、それを見に色んな人が水族館にやってきているらしい。
「ね、買って来たよ。はい、これキミの分」
ぼーっと周りを見ていたら幼馴染がチケットを片手に戻って来る。
「ありがとう、今小銭がないから後で返すわ」
「お金はいいよ、僕がお願いして連れてきたんだから」
「これぐらい自分で__」
「いいってば、早く行こう。イルカショー始まっちゃう!」
小さい子供のように幼馴染はイルカショーが行われる会場に小走りで俺を置いて行ってしまった。そんなにイルカショーを見たかったのか……と思いながら俺はゆっくり会場に行く。
会場に着くと幼馴染から電話がかかってきた、出てみれば大声で「探してみて!」と言われそのままぶち切られた。
「この中から探すのか……」
観客席には多くの人が既に座っている、この中からたった1人を見つけるにはちょっと時間がかかるかもしれない。
「どこだよ……」
スマホを片手にしばらくうろうろしていると後ろから「わ!」っと声をかけられた。
「うあ!!おま、座ってたんじゃないのかよ」
後ろに居たのは座っていたはずの幼馴染でクスクスと悪い顔をして笑っている、脅かされたお返しにデコピンをお見舞いしてやった。
「痛い!なにするのさぁ」
「笑い過ぎだ。探して欲しかったんじゃないのかよ」
デコピンをされた場所を抑えて俺を軽く睨む幼馴染。
「そうだけどさ、なかなかこないから迎えに来た。探してるところとても面白かったよ、動画撮ってたんだけど見る?あ、送っておくね!」
「いらないんだけど……」
「もう送っちゃった」
ピロンっと音が鳴ってスマホを確認すると俺がコイツを探している様子が映った動画が送られていた、結構長い動画。クスクスと笑っていたり馬鹿にする幼馴染の声が入っていてもう1回デコピンをお見舞いしたくなった。
「この動画見る度笑えそう、一生笑ってられる」
「おい、そんなに笑う要素あったのかよ」
「あったよ、ふふ。キミ最高に面白いや……ふふっ」
「そうかよ……で、どこに座ってんだ」
「ふふっ、あっち。付いて来て」
座っていた場所は俺がいた場所からそこまで離れてなかった、あともう少し時間があったら見つかっていたと思う。
前から2列目のところに座って待機しているイルカ達を眺める、イルカショーなんて何年ぶりだろうか……中学の時に付き合っていたヤツと言ったのが最後かもしれない、あれは思い出したくない記憶。
「イルカって柔らかそうだよね」
「何が?」
「中の肉」
「イルカショーでそれはやめろ」
「はは、ごめん」
そう謝ってから数分後に幼馴染が小さな声で「おいしそぉ」と呟いた、コイツに小さい子を近づけさせてはいけない。
「さーてお集まりの皆様!いよいよイルカショーが始まります、最前席は濡れやすくなっていますので気を付けてくださいね!濡れたくないよーという人は前から3列目以降に座ってくださいね!」
2列目は濡れやすいと聞いて席を移動しようと言ったけど「ここがいい!」と頑なに言われたので仕方なくここで見ることにした。
「それでは、イルカショーをお楽しみください!」
開始の宣言と共にイルカショーが始まる。
「ひゃ、すごっ!あんなに大きいのにあんなにジャンプできるんだ、イルカってすごいね!」
隣で大興奮している幼馴染。
「ねぇねぇイルカ立ってる!直立してる!」
「そうだな」
「手振ってる、かわいい!」
「そうだな」
「見て!あのイルカ凄くデカくて美味しそ!!」
「そう___は?」
「冗談冗談。ふふ、可愛いね」
「そ、そうだな……」
ぼーっとしながらイルカショーを眺めながら嬉しそうに話しかけて来る幼馴染と会話をして俺はショーが終わるのを待つ。ショーは意外と長くて途中で眠りかけたけど幼馴染が腕を揺さぶってきて寝落ちすることはなかった。
「楽しかった、付き合ってくれてありがとう」
「楽しそうでなにより」
ニコニコ顔の幼馴染はイルカショーで撮った写真を満足そうに眺めている。明日には居なくなると言うのにのに……明日でコイツが消えるとは全く思えない。
「じゃ、魚見よ!動物も少しはいるみたいだし楽しみだね!」
「そうだな」
「イルカはさっき見たし……他のところ見なきゃね」
ぐいっと引っ張られて一緒に大きな水槽へ向かう。
「おおきぃ……これ、どれくらいの力で叩いたら割れるかな?」
「物騒だぞ」
「気になっちゃったから仕方ないよ」
軽くコンコンっとガラスを叩いて「割るの大変そう」と呟く幼馴染にはぁと俺はため息を吐いた。
「ねぇ、あれ凄いね……エイって笑うんだ」
「笑ってるわけじゃないぞあれ」
「笑ってるし……夢がないね、キミ」
「仕方ない、オトナだからな」
大人になれば可愛いらしい発想ができなくなる、昔みたいに純粋なままではやっていけない。
「大人は夢が無くてつまらないね」
「お、おう……そうだな」
急に真顔になるもんだから驚いた、いつもへらへらしてるコイツが無になるなんて初めて見たかもしれない。目が死んだ魚のように曇ってて怖い。
「なんて冗談だよ。ほら、爬虫類見に行こう……蒲焼にしたら美味しそうなカエルちゃん達を見に行こう!」
「おい、馬鹿!そんな大きな声で物騒なこと言うな!」
「はは、ごめーん」
ケロッとした顔で俺の腕を引っ張る幼馴染に思わずため息が出る。ふわふわしていて未だにコイツの素がよく分からない。一体どの姿がコイツの本性なのだろうか、一体どれが正解なんだろうか。
「このカエル、めちゃくちゃ可愛いね」
「え、これが?」
「これが、なんて失礼な……ぷにぷに具合が最高に良いじゃん」
ニコニコと笑っているコイツが何故安楽死を選ぶかが分からない。
「次、イソギンチャクを見に行きます」
「なんでペンギンとかじゃないんだよ」
「イソギンチャクが好きだからに決まってるでしょ。可愛いでしょイソギンチャク。食べたらもちもちしてそう」
「知らん」
頭の中に思い浮かぶは奇妙な色をした不思議な海藻達。これを食べたいだなんて思うのはコイツぐらいだ、どう見てもゲテモノにしか見えない。
再び腕を引っ張られながらイソギンチャクを超時間観覧してその後ペンギンとかアザラシを見に行った。なかなかペンギンがかわいくてつい見惚れてしまった。
「ちょっとだけあそこで休憩しよ。どれが食べたいとかある?」
一通り見て回ったあとに軽食を取れるキッチンカーに立ち寄った。俺は別に食べたいものがなかったけど何か頼めとうるさかったのでソフトクリームを頼んだ。
幼馴染も同じものを頼んで男2人が仲良くベンチでソフトクリームを頬張る絵面ができあがってしまった……中学生の頃を思い出す。
「懐かしいな」
「んー?何が?」
「中学の時駄菓子屋のベンチに座ってアイス食ってただろ。あの時は俺がアイス買ってお前に食わせてたけど」
「覚えてるよ。懐かしいね、覚えてたんだ」
「まぁ……中学の時はお前ぐらいしか遊べる人いなかったし」
「誘ってくれてほんとに感謝してるよ。あの時のアイス……食べに行くのもありだったかも。そっちの方が旅行らしかったかもね」
嬉しそうな表情でそう言う幼馴染。
「まぁ水族館の方が綺麗だし行ったことがないから思い出にはなるね。いい冥土の土産だよ」
「……そうだな」
ちゃんと幼馴染は明日、自分が居なくなることを自覚している。複雑な気持ちを抱くのは間違いなのだろうか。
当たり前にいたヤツが明日から居なくなる、安楽死は誰もが受けられる権利……血の繋がりがない人間が決めた選択に対してどうこう言えない。
「キミ、何か考えてるでしょ」
「いや……別に」
「意外。キミにもちゃんと情があるんだ」
「失礼だな」
「ふふ、ごめんごめん。いい意味で、だよ」
「それをつければなんとかなるって思ってるだろ」
「あ、バレた?」
えへへっと笑って幼馴染は残ったコーンを口に頬張る。
「じゃ最後に1周見てから帰ろう。もう1回回ったらいい時間になるでしょ」
俺がソフトクリームを食べ終わったあと少ししてからまた館内を歩き出す。2回目を回っても別に何も変わらないがコイツは1回目と変わらず目をキラキラさせて海の生き物を観察していた。
「ね、ちょっとだけ見て行っていい?」
帰り際、お土産ショップの前に立ち止まって幼馴染は指を指す。
「……なんか欲しいものあったら買ってやろうか?」
「え?いいの?」
せっかくだし何か記念に……と言っても明日には捨てられるかもしれないが買ってやろうと思った。
「おう……流石に1万するやつとかはちょっと勘弁してほしいけど」
「やった!どれにしよっ!」
「お、おい!走るな!!」
頭を左右に動かしながらショップに入って行く幼馴染の後を追う。ショップは多くの人で賑わっていて幼馴染は子供と混じってぬいぐるみを見ていた。
「これもいいけど大きすぎる……これはちょっと形が…」
「これはどうだ?」
イソギンチャクのぬいぐるみがあったのでそれをオススメしてみる。
「それはちょっと大きい」
「これもダメか?」
「うーん、形が不採用」
残念ながらご希望に沿わなかった、イルカや鮫をオススメしたがそれも合わなかった。
「これは?」
「それは小さすぎる……」
なかなか決まらない様子だったから手伝ってみたけど全てお気に召されない、コイツの好みは難しい。
「あ!あれで運試しにしよ!ね、あれにする!」
そう言って幼馴染はくじびきコーナーに走って行く。
「くじ引きか……」
1回1000円、外れなしのぬいぐるみくじはスペシャル賞でとんでもなく大きいぬいぐるみが当たるらしい。一番下の景品はD賞で小さいストラップがもらえると表示されていた。
「すみません、1回お願いします」
くじびきコーナーにいる人に声をかけてお金を払い、幼馴染に箱に入ったくじを引かせる。
「うー……うーー…これだ!」
大きな声でそう叫び手を引き抜く幼馴染。
「おめでとうございますC賞です!」
流石に大きいぬいぐるみは当たらなかった、Bまでは若干でかいから持って帰るのが大変だろう。
「C賞はこちらになります!」
そう言って渡されたのは小さめのイルカのぬいぐるみ。
「わあ!可愛い、ありがとうございます」
「Cだぞこれ」
「Cでもいいの。可愛いから」
手のリサイズのぬいぐるみをぷにぷにと触りまくる幼馴染に子供みてえだなと鼻で笑う。本当に同級生か疑いたくなる、本当は小学生なんじゃないか?
「はぁ……大満足。楽しかった」
「楽しそうで何より」
ほわほわとした顔で幼馴染は取って来た景品を撫でる。
「今日はありがとう、キミの時間をくれて」
「別に……」
明日、ついにコイツはこの世からいなくなる。それが本当なのかどうか疑いたくなるほど幼馴染はとても楽しそうで明日、死ぬなんて思えなかった。
「よーし、じゃあ帰ろう!」
ショップを出るなり大声でそう言って俺の腕にくっついて出口の方向とは逆の方向に歩き始める幼馴染。
「ね、出口どこだっけ?」
「あっちだろ」
「あ、そっち?ごめんごめん」
方向音痴だったっけ?と思いながら幼馴染を出口の方まで引っ張っていく。
外に出るともう当たりは薄暗くなっていて水族館のイルミネーションが鮮やかに光っていた。そのイルミネーションをちょっとだけ2人で眺めてから駅の方に歩いていく。
「じゃ、僕はこれで。じゃあね」
「家、帰らないのか?」
「うん、もう帰らないよ」
俺が先に駅の改札を通った後、突如そう告げられた。
「そ、そうか……」
何か、やることがあるんだろう……家には帰らないと最初に言っていた、言っていたけど俺は動揺してしまった。
深く追及はしない、コイツが決めたことに口は出さない……出したらダメだ。
「家に残ってるやつ、捨てておいてね。一応ゴミ袋にまとめてるけど残ってたらもうしわけないけど捨てておいて」
「分かった。捨てておく……」
何も、言わない……何も聞かない。
何も聞くな、俺……。
「ありがとうね」
いつもと変わらない様子で幼馴染は俺を見送る。
「おやすみ、いい夢を」
笑う幼馴染。
ああ、ダメだ。
「気をつけて帰ってね、最近物騒らしいから」
やっぱり別れたくない。
「なぁ、」
「なに?忘れものでもした?」
こてんと首を傾げる幼馴染。
「怖く、ないのか?」
あまりにも変わらない幼馴染。
「なにを?」
「その、明日のこと……」
不思議そうな顔をする幼馴染。
「明日、本当に死ぬのか」
そう言うと幼馴染は「あーそれか」と思い出したかのように言う。
「明日の15時に決まってるよ。明日は絶対に寝坊できないね」
嬉しそうな笑みを浮かべて幼馴染はそう言った、また来たいと言っていたのに本当に……本当に死んでしまうのか。
別にそこまで仲がいいという訳じゃない、別にただ幼馴染でルームメイトなだけだから、別に何も思わない。
別にただちょっと仲が良くて、別に、別に別に別に___
長く付き合いがあるヤツが、居るのが当たり前のヤツが居なくなるのは虚しい、嫌だ。
「なんで、なんで死ぬんだ」
「中学生の時から決めてたからだよ」
とても軽い口調で言う幼馴染。
「中学?俺と会った時から死にたいって思ってたのか?」
「うん。思ってた。自分で何回か試したけどダメだった。眠ってコロッて行きたかったけどダメだった、薬はあれ以来飲めないし……仕方ないから今まで生きてた」
「死ぬ……理由、聞いてもいいか」
聞かないでおこう、そう思っていたけどやっぱり聞いてしまった。なぜ、人に好かれる幼馴染が自ら死を選ぶのか、なぜ幸せそうな彼がこの選択を取ったのか。
「生きたくないから。生きるのがめんどくさいから。取り繕って生きるのが怠いから。自分を殺さなきゃ生きられないのは耐えられないから。考えたくない、何もしたくない、動きたくない、生きたくない、全部嫌、無になりたいから。自分の存在が気持ち悪いから、汚れてるから……ざっくりだけどこんな感じ」
ニコッと笑う幼馴染は口元しか笑っていなかった、とても疲れ切った……諦めた目をしていてこれがコイツの素だと理解する。
「じゃあ僕はやることがあるから……元気でね、ばいばい」
「おい!待ってくれ‼」
俺の言葉に耳を貸さず、軽く手を振って幼馴染は行ってしまう。
これがアイツとの最後の会話、結局アイツは家に帰ってこなかった。
翌日、昼のバイト終わりにスマホを確認するとアイツからメッセージが届いていた、送ってきた時刻は14時半頃で薬が投与される時間の前の時間に送ってきていた__
【元気?キミがしょぼくれてないといいんだけど大丈夫?】
【やっぱり昨日、キミから時間を貰らわなかったらよかったかもってちょっと後悔してるんだよね!いつも通りに過ごせばよかったなぁって】
【キミとの時間は楽しかったよ!幼馴染のキミと昔みたいに遊びたかった声をかけちゃった笑ごめん】
【話は終わり!!おやすみー!】
いつもと変わらないメッセージだった、最後までアイツはアイツらしかったけど……俺はいつもの俺でいられなかった。
唯一の幼馴染が先に逝くのは辛い。この制度ができてから20代の自殺は減った、減ったけど俺はこの制度は嫌いだ。大嫌いだ。
後日、アイツの骨が家に届いた。
多額の遺産を俺に押し付けるという遺書まで書いて残したらしい。
アイツはとても自分勝手だったけど最後まで嫌いにはなれなかった。
アイツの家で育て親が殺さているのが発見された、犯人は息子であるアイツだとすぐに発覚し芋ずる式にアイツの家を知った___
「_____、だからあんなに自分のこと嫌ってたんだな……」
育て親の家から出てきたポルノ___それは全部アイツの写真や動画だったらしい。
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