第38話 これからの道

 朝の光というのは本当に良いものだ。

 きっと俺ほど、平凡な一日の始まりを感謝する奴はいないだろう。

 いい加減この狭い部屋で、四人が雑魚寝するのは無理がある。

 今日こそは隣の物置部屋を片付けて、この娘たちの部屋を作ってやろう。

 また着替えのタイミングで部屋に入ってしまったら、今度こそ何を言われるか分からない。


「あ、お兄ちゃんおはよー」

「ああ、おはよう妹よ」

「また? 硬いっての」


 今日は土曜日。

 葵は休みで、俺も講義はない。

 ゆったりと朝飯を食べて、みんなで物置部屋を何とかするのだ。


「ふぁーーー、おはよう。もっと寝たらいいのに……」


 昨日、あのろくでなしの神と魔王に裁定を下したシルは、まだまだ寝足りなさそうだった。

 エゼも同じく疲れているみたいで、布団をかぶったまま向こうを向いている。

 結局、不正を働いていた神と魔王は、裁定により有罪と認定された。

 そして二人とも、今の地位と財産をはく奪され、見習い天使と見習い悪魔に降格となったのだった。

 エゼとシルは昇格し、上級天使と上級悪魔になったので、これからはあの不届きな二人を顎で使う側になった。

 やり慣れない仕事で疲れている二人を気の毒に思いつつも、俺はドアを開けた。


「寝かしてやりたいんだけど、ほら、もう朝飯の匂いがしてるだろ」


 その言葉と匂いで、シルとエゼはさっさと布団から出て来た。


「味噌汁ね。冷めないうちに行かないと」


 食いもんに妥協のない二人だった。


 

「よし、今日からここがお前たちの部屋だ」


 物置部屋を本気で片づけて、三人娘が寝られる部屋をようやく作った。

 女子三人と同じ部屋というのも悪くないが、流石に色々と都合の悪いこともある。俺も男の子なんだ。

 新しい部屋に喜んでいるのは葵だけだった。

 シルとエゼは微妙な感じだ。


「狭いわね」

「布団以外何にもないし」

「いや、ほら同じ六畳間だよ。和室だからちょっと雰囲気が違うかもだけど」

「ね、私、モリヒトおんなじ部屋でもいいよ」


 シルが魅力的な提案をしてきた。男はそれを断れない。断りたくない。


「あんた、ちょっと待ちなさいよ!」


 エゼがちょっとキレ気味に割り込んできた。


「なんでそうグイグイ行くのよ。少しは女の子らしく控えめにしなさいっての」

「なによ、なんで怒んのよ、私の勝手じゃない」

「あんたは勝手すぎんのよ、モリヒトの気持ちも考えなさいよ」

「エゼ、今あんた、モリヒトって言った?」

「言ったわよ。悪い?」


 ちょっと赤くなった?

 俺はエゼの顔色の変化に注目した。


「悪いに決まってんじゃない! モリヒトは私一択なんだから」

「あらそうかしら、モリヒトは私に手を付けようとした神様を二回も殴ってるのよ」

「私は一回だ。くやしー!」


 いったいどこで張り合っているのかと言いたいが、なんだかモテているような気がして幸せだった。

 そして二人は品のない罵り合いをする。

 それがとても可愛くて、ちょっとやられそうになる。

 求めていた日常とはちょっとズレているけれど、これでいい。そう思えるものが手の届くところに今はあるのだった。



 世間を騒がせた冥界の海獣。

 自衛隊の攻撃であっさり死んだ、ただのおっきなイカと世間でこき下ろされていた。

 イカの値段がタダ同然になり、世間はイカフィーバーに沸いた。

 良くあんなもの食えるなと思っていたが、普通に母親が買ってきて、夕飯のおかずに出て来た。

 そして普通に美味かった。

 あれから多々良郁子はというと、大学では会うのだが、あまり俺に構ってくれなくなった。

 とにかく小説を書くのが忙しいらしく、それどころではないらしい。

 そして我が妹、葵は今も順調に俺の妹をやっている。

 けっこう俺になついてくれていて、休みの日も一緒に出掛けたりする仲だ。

 今年受験なので、俺が勉強を見てやっている。

 ちょっといい人生。

 俺はそう思っている。

 実はこの何でもない日常は、ちょっとした契約の上に成り立っていた。

 それは一度死んだ俺が、裁定者となる選択をしたことに付随する。

 シロとクロの真ん中。

 いつか俺は裁定者として、あの場所であらゆる者のバランスを裁定していかなければならない。

 結局、俺は人間の世界で寿命を全うするまで生きて、裁定者としての資質に磨きをかけるよう猶予をもらった。

 天界からも冥界からも干渉を受けることのない絶対的な中立地帯。

 神や魔王が力を持ちすぎた世界のバランスを取り戻すために、何者かが与えた中立を保つ力がごく平凡な男に宿っている。

 俺が寿命を全うして真の裁定者となるのはまだ先の話だ。

 俺はこのまま人間の溢れる俗世で生きて、人生というものを楽しもうと思う。

 そして俺の傍には、あの可愛い悪魔と天使がいる。

 いつか裁定者となる俺のお目付け役といったところだ。

 シルには子供っぽく妖精のような可愛らしさがあり、エゼには成熟した艶っぽさがある。

 どちらもシロクロつけがたい魅力があって、簡単に選ぶことなどできない。

 そして俺のどこをどう気に入ってくれたのか、二人はこう言うのだ。


「いい加減シロクロつけてよ」


 こういった場面でも俺の中立を保つ力が働いているのだろうか。

 いや、これはただ単純に優柔不断なだけに違いない。

 それでもこれだけは選び難い。

 いつかはシロクロつけなければと思いつつ、今日もまたどちらの側にも踏み込めないのだ。

 きっとそのうちにこの恋の裁定を、自分自身に下す日が来る。

 そんな予感を感じつつ、その日が来ないことを俺は願ってしまうのだった。

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シロクロつけなよ! ひなたひより @gogotoraneco

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