第35話 ゴールデンタイム
即興で立案した作戦Bはこんな感じだった。
どうやら捕鯨砲で撃ち込んだ槍は、怪物のオーラを突破できずに止まってしまった。
かつてアポロンが怪物に臨んだ時には、槍はあいつのオーラを突破したわけである。
当然のことながらアポロンは神で、神様の力が備わっていたわけだ。
こちらには神様ほどの力は無いにしてもエゼとシルがいる。
もう少しでオーラを突破できるところまで槍が刺さっているのだとしたら、もう一押ししてみないかと提案したのだった。
「成る程、もしかするといけるかも」
「そうね。やってみましょうよ」
二人とも提案にやる気を見せた。
シルは悪魔見習いだけあって、悪魔的な笑みを口元に浮かべた。
「つまり、いいところまで刺さっていたら、私達の力を乗せれば何とかなるかもってことね」
「神様を殴った時みたいにあなたを一時的に強化するのね。天使と悪魔の力を乗せて、さらに槍を押し込むわけね」
「そういうことだ。俺に任せとけ」
自信はないが自信があるように言い切った俺に、エゼは一つ質問をしてきた。
「でもどうやって近づくの? あのオーラをまとった触手で張り倒されたら、一発であの世行きよ」
「そうだね、跡形もないくらいグチャグチャだろうね」
「嫌なこと言うなよ……」
グロイ惨劇を想像してゾーッとした。
シルは作戦Bに理解を示しつつも、現状では手も足も出ないことを説明してくれた。
「触手が届く範囲には近づけないよ。今はぎりぎり届かない所にいるけれど、近づいた途端にさっきみたいに振り飛ばされるわ」
「エゼが俺を海から引き揚げてくれたみたいに、イカの所まで送ってくれないかな」
その楽観的な俺のアイデアに、エゼは簡単に首を横に振った。
「それは無理。力の届く範囲外よ。物を動かせるのはせいぜい10メートルくらいの範囲なの」
「そうか……それを当てにしてたんだけど駄目か……」
そうしている間に、また雨が強くなりだした。
「やっぱり引き返しましょう。船首のワイヤーを外して離れましょう」
「いや、何か方法がある筈だ。エゼ、言っただろ、俺にはポイントのバランスを中間点に戻す超自然的な力が働くって」
「言ったわ。でも失敗してしまった」
「シル、今何時だ?」
「11時20分だよ」
「追い込まれれば追い込まれるほど、バランスを戻そうとする力は大きく働くんじゃないだろうか。なあエゼ、シル、いま俺はきっとゴールデンタイムに突入していってるんだと思う。いやそう信じる!」
カラ元気を出して、俺が半ばやけくそ気味にそう言うと、否定的だったエゼの顔に、葛藤しているかのような表情が浮かんだ。
「ゴールデンタイムか……」
「ああそうだとも。これからその時間なんだ。勿体ないと思わないか、ゴールデンタイムに帰っちゃうのは」
そしてシルも、俺のカラ元気に影響されて乗って来た。
「そうね。そうだよエゼ。ここからだよ」
「そうね。理屈が合っているとしたら、今からがゴールデンタイムだわ」
そして、突然俺はひらめいた。
「エゼ、さっきワイヤーを外してって言ってたよな」
「ええ。あれと繋がってたら戻れないし」
「あれを使ってあいつに近づけないか?」
「あれを? どうやって?」
「船ごと浮き上がらせて、傾斜を付けたらワイヤー沿いに滑って行けそうだろ。丁度雨も降ってるし、ワイヤーも濡れている状態だ」
「こんな重たいもの持ち上げるなんて無理よ。せいぜい何秒か浮き上がらせておくぐらいしかできないわ」
その返答を聞いて、俺はとんでもないことを思いついた。
恐らく、いや絶対にゴールデンタイムのせいだ。
そして、普通なら絶対にありえない思いつきを、俺は二人に聞かせた。
「あいつを利用しよう」
「え? どうやって?」
そして俺はほぼ狂人が思いつきそうな計画を話して聞かせた。
二人は蒼ざめた顔で俺の話を聞いた後、行動を開始した。
怪物と距離を取っていた船は、進路を変えて、わざわざ相手の懐に向かって突き進んでいった。
もうやけくそ気味なシルが、こんな場面なのに、陽気に叫んだ。
「99パーセント死んじゃう!」
「私達イカれてるよね!」
「いけー! ゴールデンタイム突入じゃー!」
暴れる触手に向かって船は真っ直ぐに突っ込んでいった。
怪物に近づくにつれ、荒波に揉まれた船体が大きく揺れる。
そして轟音がした。
ドオオオオン!
予想通り、船は鞭のような足に振り飛ばされて、高々と宙を舞った。
その船上で、俺は自分でもイカれてると自覚しながら、吼えるように叫んでいた。
「待ってました!」
船は吹っ飛ばされておかしな形に変形してしまったが、俺たち三人は体を鉄の柱に括り付けて固定して耐えていた。
「エゼ!」
「奇跡よ!」
怪物と繋がったワイヤーが、ギシギシと張りつめた状態で、船が空中で静止した。
「今よ!」
「よっしゃー!」
体を固定していたベルトを解いて、船首のワイヤーめがけて俺は走った。
「悪魔の逆鱗!」
シルが俺の背に強力な魔法をかけて能力を高めていく。
俺は革製のベルトを手に握って、捕鯨銃から伸びるワイヤーに飛びついた。
ワイヤーに絡めたベルトに体重を預け、俺はそのまま眼下に蠢く怪物へと身を躍らせた。
「おおおおお!」
おおよそ斜め45度。
急角度で張られたワイヤーは船首と怪物の急所を繫いでいた。
俺は両手のベルトを握りしめながら、怪物に向かって勢いよくワイヤー沿いに滑り降りていった。
最後のチャンスだ。
潮風を切り裂くように俺は加速していった。
光り輝く槍がみるみるうちに迫ってくる。
俺は昔憧れた特撮ヒーローの決め台詞を何故だか叫んでいた。
「ライダーキーック!」
滑り降りてきた勢いそのままに、俺は渾身の蹴りを突き刺さった槍のお尻にお見舞いした。
槍は一気に根元まで食い込んだ。
「キーーーーーーー!」
甲高い嫌な音が響いて、触手を動かし大暴れしていた巨大イカの動きがピタリと止まった。
俺はヌルヌル滑るイカの体表で転倒しつつ、その手ごたえに歓喜していた。
「よし!」
ドーン!
背後で大きな音がした。
振り返ると捕鯨船が海上に墜落していた。
「エゼ! シル!」
二人を助けなければと、俺は起きあがって走り出した。
足元がつるつる滑って、その場でひっくり返る。
「シル! エゼ!」
立って走ることができない。俺は四つん這いになって、ヌルヌル滑る巨大イカの体表に爪を立てて先を急ごうとした。
「ここだよ」
シルの声がした。
振り返るとエゼとシルはイカの上に立っていた。
「無事だったのか、良かった」
「うん。船を支えられなくなって、こっちに移動してきた」
安堵した俺は、何だか生臭いつるつるのイカの上でへたり込んだ。
「ホントに上手くいった。信じられないけど」
シルは足元のイカを蹴とばしながらそう言った。
「ホントね。とんでもない作戦だったけど上手くいったわ」
エゼも足元のイカを何度も蹴とばして、すっきりした顔を見せた。
俺はすっかり大人しくなったイカの様子を窺いつつ、エゼに訊いてみた。
「なあ、これって死んだのか?」
「死んでないけど、急所に槍が突き刺さってるからしばらくは気絶してるはずよ」
「じゃあ、とどめを刺しといた方がいいってことか」
「ええ、その辺りはシルが今やってるわ」
シルは悪魔の魅惑で、再び自衛隊員をコントロールして総攻撃の準備をしていた。
「さあ、私達は戻りましょう。ちょっと疲れてるけど、奇跡を使って海岸まで移動しましょう」
「ああ、戻ろう」
「ねえ、後で夜食でも食べようよ。お腹減って来ちゃった」
脳天気なシルの言葉に、ラーメンでも奢ってやろうかなという気になったのだった。
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