第31話 やってやろうじゃないか

 気絶している神様を放っておいて、エゼは俺たちにその計画をの全貌をようやく話してくれた。

 つまりはこうゆうことだった。

 裁定の時を迎えると、決まって俺のポイントは土壇場で完全に調和のとれた状態、つまりゼロになっていた。

 絶対に挽回できないであろう途方もない数字を逆転して相殺し、ゼロにしてしまうというのは、神や魔王も及ばない超自然的な力が働いているとしか考えられない。

 エゼはそこに目を付け、逆手に取ってやろうと作戦を立てたのだった。

 そしてどれだけの悪行を行えば、伝説の海獣を倒して入ってくる善行ポイントに迫れるのだろうかと、逆算して考えてみた。

 つまり、とんでもない悪行ポイントを稼げば、昨日までのように、中間点に戻そうとするかのような超自然的な力が働き、またとんでもない善行ポイントを稼ぐビッグチャンスが訪れる可能性がある。

 あのクラーケンを倒す以外、ポイントを相殺できないという破格の悪行ポイントを稼ぎ追い込めば、再びバランスをとろうと見えない力が働いて、道が開けるのではないかと賭けに出たのだった。


「なるほどそういうことか。そこにノコノコとこいつが現れたってわけだな」

「そういうことです。どうやったら膨大な悪行ポイントを稼げるか悩んでいた時に、あっちから来てくれたので助かりました」

「神様だから、特別倍率の適用があるんだったよな」

「はい。それはもう、恐ろしいぐらい悪行ポイントが貯まっている筈です」

「なんだか聞くのが怖いな……」


 そしてシルとエゼは何もない空間に指を走らせ、俺の現在のポイントをはじき出した。


「今現在のポイントは10億飛んで850ポイントです」

「じゅうおく!」

「はい。シルに悪魔の囁きと魅惑で倍率を上乗せしてもらった成果です」

「この間、魔王に一発入れた時と随分違うんだけど」

「今回は計画的犯行に加えて、悪魔と共謀して神様に危害を加えた罪が加算されます。至高の者を欺いて、さらに下賤な人間が悪魔の力を借りて神様をノックアウトした。許し難い大罪と言えますね」

「誘導したのはエゼだっただろ」

「私が? ご冗談を」


 シラを切った。

 立ち回りの上手いやつだった。


「この人間界で、今から10億ポイント稼ぐのは限りなく不可能でしょうね。冥界から現れた怪物を倒す以外では……」


 エゼはちょっと可愛いウインクを俺にして見せた。


「さあ、行きましょう。まずは神器を手に入れないと」


 こうして俺たちは、郁子の親類の神社に祀られているという、神の槍を求めて立ち上がったのだった。



 電車に乗って、雑談しながら目的の神社に到着した俺たちは、早速例の宝物を拝見させてもらっていた。

 親類の神主さんは、甥の娘が訪ねてきたことを歓迎してくれていた。

 そしてあんまり人気の無い、ここの宝物を拝見しに来たのだと言うと、喜んで案内してくれたのだった。


「これか……」


 噂には聞いていたが、本当にショボい木の棒だった。

 おおよそ俺の背丈ぐらいある木の棒は先が鋭く削られているので、ギリギリ槍だと見えないこともなかった。

 エゼはここに入る前に天使の奇跡を使っていた。

 そしてこの宝物を持ち出すのが当たり前なのだと、神主のおじいちゃんに思い込ませておいたのだった。

 大切に先祖代々から祀って来たこの宝物を持ち出すことに、俺はなんだか申し訳ない気持ちでいっぱいだった。

 鑑賞するだけでなく、巨大イカに使わせてもらうわけだから、ただで済むはずがない。

 元の姿での返却は、恐らく叶わないだろう。

 あいつを倒した暁には、賽銭をたくさん入れに来よう。

 俺はそこそこ気を使いながら、宝物を手に取った。

 色褪せていて、いまにもぽきっと折れてしまいそうな感じの棒は、太くもなく細くもなく、手に馴染む感じだった。


「じゃあお預かりします」

「どうぞどうぞ、ご苦労様でございました」


 神主のおじいちゃんは、にこやかに見送ってくれた。


「どうだった?」


 神殿の中に入ろうとしたときに、また気分が悪くなってきて外で待っていたシルが走って来た。

 どうも悪魔見習いのシルは、神事を行う場所など、苦手な所があるようだ。


「ああ、頂いてきたよ。ほら」

「んー、なんだかちょっと嫌な感じ。あんまし近づきたくないな」

「やっぱりか。敏感なんだな」

「そうなの。私結構デリケートなの」


 シルは可愛くウインクして見せた。

 それに対してエゼは全く大丈夫で、さっきから興味が尽きないという感じで俺の手にある宝物を観察していた。


「私にも触らせてもらっていいですか?」

「ああ、どうぞ」


 エゼは俺から宝物を受け取ると、目を輝かせてうっとりと眺めた。


「うーん。間違いないわ。見た感じは質素だけど、天界随一の名工が残した作品だわ」

「ふーん、エゼには良し悪しが判るのか」

「はい。恐らく貴重な神樹を削り出して作った逸品ですわ。今はくすんだ色をしていますけど、ひとたび怪物を前にすれば力を開放し、黄金の輝きを放つでしょう」

「これがねえ……」


 俺はエゼからまた槍を受け取って、有難味が分からないまま新聞紙にくるんだ。


「それで? このままこれであいつを突きに行くのか? 成功するイメージが全く見えてこないんだけど」


 エゼもそうだったが、他の女子三人も険しい顔をしていた。


「うーんそうですね。船がなければ近づくことも出来ないし、近づいたとしてもそう簡単にいくかどうか」

「あいつのどこに突き立てたらいいとかあるの?」


 俺にとってはその辺りは大きな関心ごとだった。

 それによって難易度は大きく変わってきそうだった。

 エゼは何もない空間に資料を開いて調べ始めた。


「イカの眉間に急所があります。そこに突き立てて大人しくさせたと伝承に残っていました」

「目と目の間か。一番難しい場所っぽいな。そんなところに近づけるのか?」

「伝承では、勇者アポロンがその剛腕で槍を投擲したとあります」

「投擲って、手で投げたってことか? 俺はそんなの投げられないよ。槍投げだってやったことないし、届かねーよ」

「困りましたね……」


 神器を手に入れたまでは良かったが、また大きな壁にぶち当たった。

 もともとまぐれみたいなものに頼って立てた作戦だから、穴だらけなのは仕方ないのだろう。

 またいい案が思いつかず、再び膠着状態に陥った。

 そんな沈黙を破ったのは葵だった。


「槍を飛ばしたらいいわけだよね」

「そうだけど、そんなの無理だろ」

「そうでもないよ。うちのおじいちゃん、今は認知症で老人ホームに入ってるけど、捕鯨船の船長だったんだ」

「ほう、それで?」


 俺はまた歯車が嚙み合ったのではと感じ、葵に向き直って、真剣にその先に耳を傾けた。


「捕鯨船にはおっきなモリがついてて、クジラに向かってドーンと撃ち込むんだって。おじいちゃん、船を降りてしばらく経つけど、昔大物を相当仕留めたって自慢してた」

「イカはさらに大きいけれど、そのモリなら遠くの目標まで飛ばせそうだな」

「うん。そのモリにその木の槍を括り付けたらどうかなって」

「なるほど。いい考えだ」

「捕鯨船、停泊してるところ知ってるよ。私ちっさい頃乗せてもらったこともあるんだ」

「それを使えたら何とかなりそうってことか」


 俺がそう言うと、エゼが簡単に話に乗って来た。


「ではそれを使わせてもらいましょう。天使の奇跡で船を操るのは容易ですから」

「本当か? じゃあ船で近づけるな。あとはモリをどう扱うかだな」

「そうね。あとは捕鯨船のモリの撃ち方さえ分かればいけそうね」

「葵、どうだ、撃ち方分かりそうか?」

「おじいちゃんに電話して訊いたらいいかも。最近のことはまるで覚えてないけど、昔のことはちゃんと覚えてるよ」

「よし決まりだ」


 やはり予言通り五人が揃っていることで、パズルのピースは形に成りつつある。

 もしかしたら、俺たちはとんでもない思い込みで怪物に立ち向かおうとしているのかもしれない。

 そんな不安も、この仲間たちとなら分かち合って乗り越えられる。

 何故だかそんな気がするのだった。

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