第30話 神のオーラ

 どういう理由でこの作戦を立てたのかを教えてもらえないまま、俺は玄関を開けて、エゼと会話中の神様の背後に忍び寄った。

 エゼは神様が俺たちに背を向けるようにするために、絶妙な位置で話をしていた。


「では今晩が、タイムリミットだと」

「そうだ。あいつは明日になったら本格的に動き出す。そうなると我々も巻き込まれないように身を守らなければならんからな」

「では、今晩の裁定で白黒つければ良いわけですね」

「そうだ。オホン。で、そのことなんだが今どんなもんかな」

「神様、それは裁定者のわたくしからは申し上げられません」

「ここにいるのはわしとおまえだけだ。お前は独り言でポイントを言って、わしはそれをたまたま耳にしてしまった。よくあることじゃないか?」


 こいつ、一昨日の俺みたいなこと言ってやがる。最低な野郎だな。

 待てよ、じゃあ俺も最低ってことか。


「お許しください。それだけは申し上げられません」

「そうか、仕方ない、まあ、最終的にシロの側に傾けばそれでよいのだ」

「申し訳ありません、裁定者はそこに干渉すべきではないと……」

「固い事を申すな。天使に与えられた奇跡は何のためにあるんだ? なあエゼ、何時までも見習い天使は辛いだろう。わしの言うとおりにしておれば、いいことがあるやもしれんぞ」


 神様はちょっとスケベな顔でエゼの手を取った。


「いけません。お許しください」

「エゼ、わしのために働いたら、そなたを愛の園の一員に加えてやっても良いぞ。富と快楽を授けてやってもいいんだぞ」

「その汚い手を放せ!」


 背後から近づいて殴れと言われていたのに、思わず叫んでしまった。


「なんだ、いたのか、盗み聞きをするとは下賤な奴だ」

「下賤なのはどっちだ。この色ボケじじい!」


 計画をぶち壊した俺に、エゼは顔をしかめた。

 普通に殴っても神のオーラで跳ね返される。

 墓穴を自分で掘ってしまったが、それでも勢いよく言いたいことを続けて言ってやった。


「セコイことしやがって。権力をかさに着て若い女の子に手を出そうって最低のクソだな。お前みたいなやつにエゼは絶対に渡さない。絶対にだ」

「貴様、何様のつもりだ。神に逆らってただで済むと思っているのか?」

「ただで済むとは思ってない。それでもお前だけは許せん。今の非道をエゼに謝れ!」

「神が見習い天使に頭を下げるだと? 笑わせるな。そんなことする訳ないだろ」

「じゃあ、力づくでも謝らせてやるよ!」


 そして俺は殴りかかった。


 神のオーラで弾かれる。

 そんなこと勿論分かっていた。

 それでも一発殴らなければ気が済まなかった。

 神様は余裕の表情を口元に浮かべて、突進する俺を見下している。

 その時シルの声がした。


「神さまー!」


 チラリと神様の視線が声の方向に向いた。

 そして神様の目はこれ以上大きくならないほど大きく見開かれたのだった。

 驚嘆する神様の視線の先にはエゼとシルがいた。

 そしてあろうことか、シルはエゼのたわわな乳房を背後から鷲掴みにして揉んでいた。


「きゃー!」


 エゼの叫びが響いた。

 それは俺の渾身の一撃が神様に届いた瞬間だった。


 バシッ!


 なかなかの手ごたえが返って来た。

 神さまは俺の鉄拳を受け、三メートルほど吹っ飛んで仰向けに倒れ込んだ。

 自分で言うのもなんだが、なかなかのパンチだった。でもこれに関しては、俺の実力というよりか、シルのバフの恩恵にあやかっただけであるということを、俺は重々承知していた。


「やった!」


 神様の情けない姿を見て、シルはエゼの胸を揉みながら大喜びだ。

 同時にエゼも喜んでいたが、それは言うまでもなく、胸を揉まれてということではない。


「なにすんのよ!」


 我に返ったエゼは、シルの手を振りほどいて胸を腕で隠した。

 恥ずかしさで真っ赤になっている。

 俺は素直に可愛いと、心の中で絶賛していた。


「思ったとおりだった。エッチな奴だから隙を見せるんじゃないかって思ったんだ」


 シルにしてはナイスな立ち回りだった。俺はその機転の利き具合を褒め称えた。


「ナイスだシル。エクセレント」

「へへへへ」


 恥ずかし気に胸を押さえて膨れているエゼも、グッジョブと親指を立てた。

 俺は屈みこんで、倒れ込んだままピクリとも動かない神様の様子を伺った。


「あれ? 動かないぞ。もしかして死んだのか?」


 エゼは俺の心配を、全く問題ないと否定した。


「神さまはそんな簡単に死なないわ。悪魔の力を乗せたから意識が飛んじゃったみたいね」

「情けない野郎だ。オーラが無ければスカスカじゃないか」


 そしてウンウン言いながら、気絶したままの神様を、みんなで俺の部屋まで運んだ。

 そしてまた五人揃って作戦会議を再開した。


「重てえ野郎だ。それでこいつはどうする?」

「取り敢えずは神様にはもう用は無いわ。ここに寝かせておきましょう」


 葵と郁子は、白いペラペラの服を着たガタイのいいじいさんが神様だとは信じられない様だ。


「神ってこんなんなんだ。思ってたのと違う感じだった」


 郁子はややがっかりした感じで、気絶した神を俯瞰している。


「私もそう。なんだか偉そうな感じの、ただのおじいさんじゃない」


 葵もきついコメントをつけ加えた。

 ちなみに俺も二人と全く同意見だ。


「それでさ、エゼ、どうしてこんなことしてるのか、いい加減説明してくれよ」

「勿論ですわ」


 訪ねてきた神様を、いきなり殴った理由が今明かされる。

 俺は自分の悪行ポイントが一体どれだけ貯まっているのか恐々としつつ、エゼの話に耳を傾けた。

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