第29話 神様訪問

「ご飯よー」


 午後六時半。夕飯を知らせる母の声に、シルとエゼは敏感に反応した。

 二人は俺を置いてバタバタと部屋を出て行く。


「おい、話はいいのか?」

「夕飯が先よ!」


 一蹴されて、俺も葵も、そして郁子までついて行った。

 山に盛られた唐揚げを前に、早速食欲全開の天使と悪魔が箸を伸ばす。

 育ち盛りの葵も食欲は旺盛だ。

 いっぱいあるから食べたらと誘うと、郁子は喜んで箸をつけた。

 感動にむせび泣く天使と悪魔。

 二日目にして、この家にもう馴染んでしまっているかのような妹。

 乱入してきて飯を食う眼鏡女子。

 俺はこのカオスの中で唐揚げを美味しく頂いていた。


 ピンポーン。


「あら、誰かしら」


 母が箸を動かしていた手を止めて席を立った。

 玄関に行ってからしばらくして母は戻って来た。


「エゼ、あんたにお客さんよ」

「私に?」


 エゼは怪訝な顔で席を立つ。

 ここにエゼを尋ねてくる奴は、絶対に普通のやつではない。

 席を立ったエゼに続いて、俺もついて行くことにした。

 シルはエゼがいない間にと、さらにがっつきだした。


 もう薄暗くなり始めた玄関の外にいたのは、あの嫌味な神様だった。

 あの魔王と同じ、俺を駒にして賭けをしていたもう一人の張本人だった。

 相変わらず偉そうな感じで俺を見下している。

 しかし玄関の呼び鈴を鳴らして登場するとは、ショボイ登場だと言えた。


「神様、どうしてこちらに?」


 エゼはその場で跪いて、神様に敬意を見せた。

 俺はその場で腕を組んで立ったまま、飯時に来やがってと睨んでやった。


「何時来ようがわしの勝手だ!」


 やはり心を読まれてる。

 気にくわないじいさんだ。


「神様、天界に戻られるエネルギーを残しておかなければいけませんので、ここは節約されては?」

「ああ、そうだな、テレパシーを切っておくか」


 エゼが気を利かせてくれたので、やり易くなった。


「それで、どうしてわざわざ下界に来られたのでしょうか」

「ああ、そのことだな。お前も知っておろう、あの海獣のことだ」

「クラーケンでございますね」

「そうだ。あいつの復活に関して、天界と冥界で議論し決着がついた。それでこちらの対応なんだが……」

「やっつけてくれるのか?」

「貴様は口を挟むな!」


 相変わらずのカミナリじじいだ。話が進まないので俺はしばらく黙っている事にした。


「あいつは人間では手におえん化け物。しかし天界も冥界も今人手が足らん状態だ」

「それでどうなされるので?」

「また日を改めて討伐する。あいつに勝てるようちゃんと準備したうえでな」

「で、何時、討伐されるおつもりですか?」

「まあ100日もあれば準備できそうだ」

「なんだって!」


 俺はまた話に割って入った。


「なんだまたお前か」

「100日だって? 三日で世界を滅ぼすって聞いたぞ!」

「エゼ、余計なことを人間に吹き込んだな」

「申し訳ございません」

「分かった、あれだろ、オーラが切れる頃合いにやっつけに来ようって算段なんだろ。そうなんだろ」

「無礼者! エゼ、この者を黙らせろ」

「承知しました」


 エゼは俺の腕を取って一旦家の中へと連れて行った。

 玄関の扉を閉めたエゼに俺は不満をぶつけた。


「エゼ、おまえアイツの肩を持つのか? 俺たち人間が滅んでも平気なのか?」

「シッ。声を落として」


 エゼは俺の耳元に口を近づけて囁いた。


「これから一か八かの賭けを行いたいと思います」

「え? 賭けって」

「その前に……シルー!」


 エゼはシルを大声で呼んだ。


「なによ、食ってる最中だっての」


 可愛いが下品だ。口の周りは油でギトギトだ。


「シル、よく聞いて、私はこれから外に出て神様と今後の打ち合わせをします。私が気を惹いている隙に、あんたは悪魔の魅惑で一時的に間中さんを増強しなさい」

「え? どういう意味?」

「いいから。そして増強した間中さんを、あんたは悪魔のささやきでそそのかして、神様をぶん殴らせるのよ」

「マジで? あの神様を殴らせちゃうの?」

「そう。悪魔の魅惑で力を与えれば相当なダメージを神様も食らうはずよ」

「え? でもどうして殴っちゃうわけ? 腹立つから?」

「違うわよ。でもこうするしか今の私たちには道が無いの。私を信じて言うとおりにして」

「うん分かった」


 そしてエゼは俺の肩に手を当てた。


「間中さん。私を信じて思い切りやっちゃって下さい」

「うん。なんだか分からないけど。やってみる」

「シル、あなたの力で彼の気配を極力消して。間中さんは背後から近づいてガツンとやって下さい」


 エゼはそう言ってまた外に出て行った。

 シルは早速悪魔の魅惑を使って、俺に悪魔の力を与えた。

 そしてシルは耳元で囁く。


「さあー、魅惑のショーの始まりよ。あのいけすかない髭面に悪魔の鉄槌を打ち込んでやりなさい」

「そうだな。やってやる。やってやるぜ」


 シルに囁かれると不思議な事に、ホントに心の底から殴ってやりたくなってきた。

 これが悪魔のささやきか。

 完全にそそのかされながら、俺はこれから一体どれだけの悪行ポイントを貯めてしまうんだろうかと、うつろに考えていた。

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