第28話 偉い坊さん

 突然押しかけて来た郁子の話を最後まで聞いた後。

 人間ではないエゼとシルもその内容に仰天していた。

 いや、事情の分かっている二人の方が、俺たちよりももっと驚嘆したのであろう。

 まず間違いなく、郁子の話に出て来た先の尖った木の棒は、神がこしらえた神器に違いなかった。


「そんなことってあるのかしら……」

「いや、今の話だと間違いないわ……」


 ひそひそ相談し始めた二人に、蚊帳の外にされるのが嫌な郁子はグイグイ入って行った。


「なにひそひそ話してんのよ。私も入れてよ」

「ちょっと、急に入って来ないでよ。あんたには関係ないの」


 郁子を追い払おうとする二人に、俺は頭に浮かんでしまった払拭できないある事を話してみた。


「なあ、これってどう考えてもおかしくないか? 一昨日から俺たちの周りにはおかしな偶然が何度となく重なり、どういうわけか吸い寄せられるかのようにこのメンバーがここに集まった。誰も何も知らなかったあの巨大イカの出現に合わせるように」

「そうよね。確かにそうだわ」


 エゼが俺の話に同意して険しい表情で悩みだした。


「でも神様も魔王様も何にも言ってなかったよ」

「え? なに言ってんの?」


 シルが口を滑らせたのを郁子は聞き逃さなかった。

 慌てて取り繕くろおうとしたシルをエゼが止めた。


「シル、この際だからこの女にも私たちの素性を明かしておきましょう」

「え? いいの?」

「ええ。間中さんが言うように、今私たちの周りでは天使や悪魔でさえ理解の及ばない何かが起こっている。恐らく死んでしまった彼を裁定したあの日から」

「死んだって? 誰が?」


 物騒な話に、恐々と郁子が切り込んできた。


「そこにいる彼よ」

「間中君が? どう見たって生きてるよね」

「今は生きている。でも彼は一度死んでるのよ」


 そして昨日、原口葵にしたように、郁子にもここまでの経緯を話し聞かせた。


「うそ、信じらんない」

「信じられなくても全て本当のことよ」


 エゼは未だ半信半疑な郁子にかまわず、話し続けた。


「あなたを助けて、彼は一度は裁定の間で裁かれた。神と魔王は軽い気持ちで賭けをしつつ彼をこの世に復活させた。彼はあろうことか同じ人間を二度助け、挽回不可能なポイントを得てしまった。それにも拘わらず、土壇場で彼はまた白と黒の境界の真ん中に立った」


 恐らくエゼは自分なりの結論をもう出している。俺はそう感じた。


「最初の裁定と合わせて、彼は三度も完全な均衡を保った。あれほど挽回不可能だったポイントを土壇場で全て覆して見せた。そしてあの怪物が現れた。これがどういうことなのか分かるかしら」


 その場にいた誰もが、エゼが次に何を言おうとしているのかを固唾を飲んで見守っていた。


「連続して起こった奇跡。恐らくそれらは、あの怪物に相対するための助走ではないかと私は考えます。我々でも考えが及ばない超自然的な力が働いている。恐らく今夜裁定が下される時までに何かが起こる。そんな気がするのです」


 俺はエゼの話を聞き終えて、ものすごく不安になっていた。

 そしてその不安を言っておいた。


「あのー」

「はい。なんですか?」

「多々良さんとエゼの話を併せて考えると、俺がその神器の槍であいつをブスッと突いちゃう感じなのかな」

「そう解釈するのが妥当でしょうね」

「いやいやムリムリ。176センチ対180メートルだよ。敵う訳ないって」


 尻込みする俺にシルは不満げな顔を見せた。


「意気地なし! やってみないと分からないじゃない」

「やってみたらそこで終わりなの! 死ぬのは俺だと思って軽く言ってくれたな」

「だって、巻物のご指名でしょ。巫女の命を助けた者に託せって書いてたじゃない」

「そうだけど、どう考えても無理だって……」


 郁子はさっき見せてくれたタブレットをもう一度出して、エゼに手渡した。


「ねえ、この巻物って神の言葉で書いてあるって言ってたわ。あんたなら全部読めるんじゃない?」

「そうね……」


 エゼは渡されたタブレットの画面をスラスラと読み上げ始めた。


「えっと、巻物によると、かつて一人の天使が天界から降りてきたとあるわね……」


 エゼから語られた話はこんな内容だった。


 ある時一人の天使が地上に舞い降りた。

 村で祀っていた豊漁を願う神殿の裏に、何やら人目を忍んで入って行った天使を、司祭は何をしているのかと覗いてみた。

 するとそこに穴を掘って何やら色々埋めていたのを見てしまった。

 天使になにを埋めていたのかと訊いたところ、これは天界で使っていた有難いものだと言ったのだという。

 それならばこんな穴に埋めるのではなく、我が神殿に祀らせてくれとお願いしたらあっさり譲ってくれたのだった。

 それからたくさんあった宝物は、長い年月の間に風化し、跡形もなく散ってしまった。

 だがどういうわけか、風化することなく残った一本の木の棒があった。

 それを当時、日本各地を修行のためだと渡り歩いていた空とか海とかいう名の僧侶に鑑定をしてもらったところ、これは大変価値のあるもので、いつか大きな災厄が訪れるときのために、大切に祀っておきなさいと言われたそうだ。

 そしてその僧侶は、一つの予言を残して去ったのだという。

 それがさっき郁子から聞いたあの一文だったのだ。


 いつかまた災厄は訪れる。

 宝物を預かる我々の子孫に神の槍を託す。

 しかるべき時に巫女の命を救いし者に槍を託すべし。


 エゼは読み終えて、一息ついた。


「ふー、長かったわ。しかし真相がそんな感じだったとはね」

「小間使いの天使ってさ、ゴミを捨ててるのを目撃されて胡麻化してるよね。酷い奴じゃない」


 シルの言うとおり、良からぬ行為を村人に見られてしまった天使は、ゴミを宝だと偽って押し付けたのだろう。


「しかし日本各地を修行してた空とか海とかいう僧侶って誰なんだろうね」


 シルの質問には、大概歴史に疎い俺でも答える事が出来た。


「多分それ、空海だ」

「食うかい? なにそれ」

「飲食とは関係ない偉い人だよ。すごい法力があったらしい」

「ふーん」

「しかしそんな大物まで絡んでるとは……」


 エゼが読み終えてタブレットを郁子に返すと、郁子はもう一度エゼにそれを戻した。


「最後まで読んでないじゃない。もう一枚画像残ってるっての」

「まだあるの?」


 エゼは渡されたタブレットに、もう一度目をとおした。


「最期にこう書いてあるわ。健闘を祈る。若き五人に幸あらんことを」


 そしてその場にいた五人は腕を組んで首を傾げた。


「今この部屋には五人いるけど……」


 お互いの顔を見合いながら、ますます険しい顔をした五人だった。

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