第27話 不思議な巻物

 間中守人とタイ焼き屋で分かれた後、多々良郁子は海上に現れた巨大イカを見物すべく一度帰宅した。

 リュックに望遠レンズのついたカメラを入れて、さあ行くぞと意気込んで家を出たのに、ターミナルからは電車もバスもその方面には向かえないよう規制されていた。

 がっかりした郁子はダメもとで、父親に車を出してくれないかと頼んだところ、当然だが大目玉を食らった。


「馬鹿なこと言うんじゃない。あんな危険なやつを見に行かせられるわけないだろ。今日は家にじっとしていなさい」


 えらい剣幕で怒られ、しょげていると、流石に言い過ぎたと思ったのか、父親はすぐ近くの喫茶店で甘いものを奢ってくれた。


「昔はお前を連れて、よくここへ来たよな」

「うん。プリン食べたの覚えてるよ」

「ああ、そうだった。お前はプリンばっかり頼んでたよな」


 そして郁子は、どっしりとしたプリンの乗ったパフェを食べながら、父親と昔の話をたくさんした。

 それから食べ終わり際に、話題のあのイカのことに郁子が話題を振ると、父親はまたそのことかと言わんばかりに嫌な顔をした。


「おまえもしつこいな。女の子なんだから、危ないことに首を突っ込むのは止しなさい」


 またくぎを刺された郁子は、ちょっとだけ口を尖らせる。そんな娘のツンとした様子を見て、父親は何か興味を持ってくれそうな別の話題をひねり出した。


「なあ、郁子。お前も知ってると思うけれど、うちの家系はもともと神職に携わってきた家系なんだ」

「うん。知ってるけど、それがなに?」


 あまり食い付きの良くない娘に、父親は「まあ聞きなさい」と、真面目な顔で話を続けた。


「お父さんのお父さん、つまりお前のおじいちゃんは、親の後を継いで神社の神主になるはずだったんだけど体が弱くってな、結局弟が神主を継いだんだ。まあその後おじいちゃんは葬儀屋を始めて、俺が後を継いだんだ」

「そうだったね。前に聞いたことあるよ」

「それでな、変な話なんだけど、うちの神社、まあ、今はおじいちゃんの弟の神社なんだけど、ちょっと変な宝物を祀ってあるんだ」

「それがどうかしたの?」

「うん。その宝物っていうのがただの木の棒なんだ。先が尖ってるから槍にも見えないことはないんだけど、大したことのない代物なんだ」

「なに? どうして今そんな話をするの?」


 郁子の関心はあのでっかいイカであって、神社に祀っているくだらない木の棒ではなかった。


「ここからが面白いとこなんだ。その大したことの無さそうな木の棒で、昔、海から来たイカの怪物を倒したって言い伝えが、うちの書物に残ってるんだよ」

「おとぎ話の類ね。おおかたその棒でイカを突いていたんじゃない? 勿論普通のサイズのやつを」

「まあそうかもな。言い伝えを記した巻物が家の押入れにあるはずだ。興味があったら探してみたらいい。お前の書いてる小説のネタになるんじゃないか?」

「あのね、私は特撮ものなんて書かないから。巨大海獣と闘う歴史小説なんて、読者は誰も読まないっての」


 父の話を笑い飛ばした郁子は、そのまま父と喫茶店を出て家へと戻った。

 それにしても、イカを見物に行くのを諦めたせいで暇になった。

 今書こうとしている二重人格の話を進めようか?

 まだ物語全体の骨組みがそこまで纏まっていないので、このまま進めると、あとあと収拾がつかなくなりそうだ。

 やはりイカのことを出来る範囲で調べてみるか……。

 父親には巻物に関心ないと言ったものの、暇を持て余した郁子は物置を漁ったのだった。


 埃の積もったよく判らない物たちをかき分けて、郁子は探していた巻物を見つけた。

 相当古そうな巻物だった。破いたりしないように気を付けながら、郁子は巻物をゆっくりと伸ばしていった。

 おおよそ二メートルくらいになった古紙に、何を書いているのか良く分からない文字が綴られていた。

 そして最後の方に、問題のイカの絵が描かれていた。

 成る程、父親の言っていたとおりだった。

 しかし、絵に関しては見ただけでイカと判るものの、つらつらと書かれてある文字についてはサッパリ判らず、父に尋ねることにした。


「んー。俺もサッパリだな。気になるんだったら、おじいちゃんの弟に訊いてみたらいい」

「ちょっと遠いよね」

「スマホで写真を撮って送ればいいさ。叔父さんも結構使いこなしてるみたいだよ」

「うん。じゃあそうする」


 そして、大して期待していなかった郁子に、意外と早く返信が帰って来たのだった。

 古い巻物に書かれてあった文字は、神様が使う文字だと返信には書かれていた。

 殆ど読めないけれど、一文だけ分かり易い所があり、その部分だけ抜粋して訳してくれてあった。

 そこにはこう書かれてあった。


 いつかまた災厄は訪れる。

 宝物を預かる我々の子孫に神の槍を託す。

 しかるべき時に、巫女の命を救いし者に槍を託すべし。


 郁子は眼鏡の奥で目をしばたかせながら、自分がつい一昨日に交通事故に遭いかけたことを思い返した。

 確かにあの時、間中守人に助けられなければ、自分は死んでいたのかも知れない。

 神主の家系である自分が巫女と呼べるのならば、得体の知れない巻物に記載されていたことは、今現実に起こっている事になる。

 郁子は背筋をゾクゾクさせながら、この不気味な現象を何とかしなければと立ち上がった。

 待ちに待っていたリアリティ溢れるネタの到来。

 しかし実際に直面したものは、郁子の手に余る、とてつもないものだった。

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