第26話 押しかけて来た娘
暗礁に乗り上げた巨大イカの攻略法。
それから何もいい案が浮かばないまま、時間だけが経過した。
その後エゼとシルは残された時間の使い方について、アドバイスをくれただけだった。
良い行いを貯めておけば天国に行けるだろうし、悪い行いを貯めていたら地獄へ行くことになる、葵にはポイントの割合を教えるわけにはいかなさそうだったが、頑張れば間に合いそうな感じでエゼが話していた。
俺はというと、どうしてもイカ退治を諦めきれないでいた。
自分だけではない。育ててくれた両親も、そんなに多くない友達も死んで欲しくはない。腹の立つ奴だっていっぱいいるけど、滅亡させられるなんて酷過ぎる話だ。
それに新しい生活を送り始めたばかりの妹だっている。
藁にも縋りたいこの状況の中、わずかな変化がスマホの振動と共に始まった。
「はい、もしもし」
着信はあの多々良郁子からだった。
学食で昼飯を食べているとき、昨日のように捉まらないと困るからと、連絡先をしつこく聞かれたのだった。
普通なら女の子に連絡先を交換してくれと言われれば、二つ返事でイエスだろう。
しかし多々良郁子の一風変わった雰囲気と、底知れない不気味さに俺は躊躇ってしまった。
それでも結局、押し切られて連絡先は交換した。
「ああ、私。ねえ、今どこにいるの?」
「ああ、うちだよ。みんな家に帰ってきてる」
「みんなって、あの二人も一緒に住んでるの?」
「言ってなかったっけ?」
「初耳よ。一体あんたどうなってんのよ。24時間監視付きってわけなの? そんなにヤバい奴なの?」
「まあ、俺のことはいいからさ。そんで何の用?」
そして郁子から、急ぎ相談したいことがあるからと聞かされ、明日にしてくれと返事したものの、明日はもう旅立った後かも知れないと思い、やはり今聞いてやることにした。
しかし電話では話しにくいし、大事な要件だからと譲らないので、こっちへ来てもらうことにした。
住所を教えると、いったい何を相談したいのかも分からないけれど、郁子は予告通り家まで押しかけて来た。
何を考えているのかさっぱり分からない娘に不気味さを感じながら、俺は玄関で郁子を出迎えた。
「やっと捉まった」
「なに? そんなに大事な用なのか?」
部屋に通すと、郁子は眼鏡の奥の目を丸くして、そこにいた葵の顔をまじまじと凝視した。
「あなたはあの時の……」
「えっと、どこかでお会いしましたか?」
郁子はすぐに気付いたが、葵は郁子のことを覚えてい無さそうだった。
俺は葵に分かるように、郁子のことを話した。
「葬儀の時に少しだけ話をしたお姉さんだよ」
「あ、あの時の……」
「うん、えっと、元気そうで良かったわ。でもどうしてここに?」
「まあ、ちょっとした事情があって……」
言葉を濁して困った顔をしている葵を援護するべく、俺はさりげなく郁子に質問を投げかけた。
「それより何か急ぎの話があるって言ってたよな」
「そう。そうなのよ。ちょっとこれを見て欲しくって急いできたの」
郁子は背負ったリュックの中から、タブレットを取り出して、起動させると画面を見せた。
そこには何やら読めない文字が綴られていた。
「なにこれ?」
「これはうちの家に古くから伝わる巻物なの。写真を撮ってそれを今見せてるんだけどね……」
郁子は読めない文字をどんどん指で送っていく。
そしてあるところで指を止めた。
「これ何だかわかる?」
「これは……」
画面にはイカの絵が描かれていた。
大した画力ではないが、イカであるということは、そこで見ていた全員が納得した。
「これってあの巨大イカのことじゃないかって思うのよ」
「いや、ただのイカの絵だろ」
「ここを見てよ」
郁子はイカの下あたりの部分を拡大して見せた。
俺はそこに描かれていたものを見て、思わずホオと感心してしまった。
「ね。私の言っていること分かってくれた?」
「本当だ。多分あのイカだ」
拡大したその画面には人の形らしきものが幾つか描かれていた。
つまり対比するなら、イカは相当な大きさということだった。
「イカは分かったけど、どうしてこれを俺に見せたかったの?」
「それはさっき綴られてた文字と関係があるのよ」
そして郁子は、なぜ自分が急いでここへ来たのかという経緯を話し始めた。
それは俺が、というよりもここにいた全員が驚く内容だった。
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