第22話 三日目、また新しい朝
また新しい朝を迎えることができた。
俺ほどこうして平凡な一日の始まりを感謝している奴は、そういないだろう。
しかし、どうしたものだろうか。
ただでさえ狭い六畳の部屋に、天使と悪魔と女子中学生が雑魚寝している。
今使っていない二階の物置部屋を、早々に何とかして女子部屋にするべきだろう。
俺はまだ眠っている三人を、踏まないように気を付けつつ部屋を出た。
階段を降りると、母が忙しそうに朝食の準備をしていた。
意識をコントロールされているので、気付いてはいないのだろうけど、食べ盛りの娘が三人も増えたのだ。これから食事時は毎日大変に違いない。
図らずとも巻き込んでしまった母に、謝罪と感謝をしつつ、洗面所へと向かった。
そうして、いつものように顔を洗っているときに、あることに気付いた。
「そういえばあいつ、学校だったよな。時間大丈夫か?」
大学に行き始めて、家を出るタイミングは早いときもあり、遅いときもあった。
あいつの通っている中学は、あの施設のある校区だとあそこだな……。
これも偶然のいたずらなのか、俺の通っていた中学だった。
俺は自転車通学だったけど、歩いて行くとなると30分以上はかかる。
けっこうヤバい時間になってきている感じだ。
俺は早速、兄らしく妹の心配をして、起こしてやろうと部屋に戻った。
「なあ、そろそろ起きた方がいいんじゃないか……」
扉を開けた瞬間に、俺はえらいものと遭遇した。
三人は今まさに着替えの最中だった。
「きゃー!」
「失礼しました!」
大慌てで扉を閉めて、その場から立ち去った。
一秒から三秒の間くらいだっただろうか、俺はそのすべてを鮮明に記憶に焼き付けた。
エゼの下着に収まりきらないぐらいの胸の谷間、シルの幼いながらも色っぽいお尻、そして葵の未成熟な胸のライン、恐らく今ので悪行ポイントがそれなりに貯まったはずだ。
しかし、そんなことは俺にとって些細なことだ、女子の、しかも三人同時の着替えシーンを頂けたのは幸運以外の何ものでもない。
善行ポイントをまた貯めなければいけないとしても、こういったハプニングは大歓迎だ。
「よっしゃー!」
声には出さなかったが、心の中で跳び上がった。
しかし盛り上がっていたのは俺だけだった。
そのあと俺は、三人からゴミを見るような目で見られ、口も利いてもらえなかった。
葵を無事学校に送り出して、俺はようやく大学の講義を受けるために家を出た。
シルとエゼはさっきの件で、未だ不機嫌なまま俺についてきた。
大学の近くまで来て、俺は全く口を利いてくれない二人を振り返って、今現在の保有ポイントを聞いてみた。
「自分で調べろコノヤロー」
「誰に口きいてんだ」
滅茶苦茶まだ怒ってる。しかしこの二人、怒ると極端に口が悪いな。
「いや、悪かったって。故意じゃないんだよ。ほらポイントの内訳にそう書いてあるだろ」
シルは不貞腐れたまま、何もない空間に指を走らせた。
「確かに……善意で葵を起こそうとして着替えに遭遇してるわね」
「本当? 滅茶苦茶鼻の下伸ばしてたわよ」
内訳を確認してなお、二人は汚らわしいものを見るような目を俺に向けていた。
「いやいや、信じてくれって。俺は全くいやらしい気持ちなんてなかったんだ。新しくできた妹を遅刻させたくないという美しい兄の思いやりだけさ。それしかないんだって」
「ホントかな……」
「そうは見えなかったけど……」
猜疑心は払拭できていないものの、ようやく二人は、一応俺の悪行ポイントについて向き合ってくれた。
「悪行ポイントは、意図しない覗きでまず100ポイント。それを人数分で300ポイント。それに天使と悪魔にかかる特別倍率が適応されて900ポイントです。そこに葵を起こしやろうとした親切ポイントが2ポイント。合計898ポイントです」
「そんなに? 善意でやったのに?」
「はい。まあでも昨日までのことを考えたら楽勝でしょ」
「今日も奉仕活動か……」
また講義を受けれないかもと、憂鬱な気分になりかけたところに、聞き覚えのある声が背中から聴こえて来た。
「間中守人!」
ダッシュで走って来た多々良郁子は、そのまま俺の背に思い切りぶつかって来た。
「ぐう」
思わずのけぞってしまうほどの本気のタックルだった。
「よくも私を置いて逃げたな!」
そうだった。昨日のどさくさで忘れ去ってしまっていたが、昨晩ファミレスでこいつを置き去りにしたんだった。
「私がトイレに行ってる間に逃げやがって、おまけに代金も払わず消えやがって、なんで私があんたらの分を払わされないといけないのよ!」
そうだ。葵のことであんまり慌てていたので、清算もせずにそのまま飛び出したんだった。
「ゴメン! そういえば代金を払ってなかった」
「私が払わなければ食い逃げだったわよ!」
「食い逃げ? そうか悪行ポイントが貯まっていなかったのは、払ってくれてたからか」
「そうみたいですね」
エゼは空中の何かを見て確認したみたいだ。
「それは助かったよ。勿論昨日の代金は払います。それとお詫びとお礼に、今日のお昼は奢らせてもらうよ」
「え? ホント? じゃあ許しちゃおうかな」
なんとなく昨日と同じ感じで、また女子三人になった。
どうもこの紅縁眼鏡の娘は、俺たちと何かしらの縁があるらしい。
葵の危機に手が届いたのは、この娘のおかげであると、俺は確信していた。
「さあ、行きましょう。講義始まっちゃうよ」
「あ、ちょっと待って、その前に」
「え?」
俺は道端に落ちている煙草の吸殻を拾い上げた。
そして近くにあったコンビニのゴミ箱に捨てに行った。
「今日はまたいいことする日なの? 二重人格さん」
まだ勘違いしたままの郁子の質問に、俺は何と返そうかと考える。
そして誤魔化す様に、だだハハハと笑ったのだった。
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