第19話 嚙み合った歯車
通夜の手伝いは遅くまで続いた。
葬儀屋の社長である多々良郁子の父親が顔を出し、俺の頑張りを申し訳ないほど感謝してくれた。
あまり手伝わせては気の毒だからと、夜の九時になった時点で厚くお礼を言われた後、これで何か食べて帰ってくれと、一万円を渡された。
恐縮して受け取れないと随分お断りしたのだが、それではこちらの気が収まらないと言われ、結局頂いてしまった。
仕事が終わった俺は、待ってくれていたエゼと合流した。
「では、シルと連絡を取りますね」
エゼはこれもどうやっているのか、何もない空間にすらすらと何か指で描いてシルと連絡を取り合っていた。
滅茶苦茶便利なツールを、使者である二人は持っていた。
やがてほぼダッシュで、シルは俺たちの前に現れた。
言わずもがな腹が減っているのだろう。
何か食べたい。そう顔に書いてあった。
「よし。晩飯食いに行こう」
「やったー!」
エゼもシルも大喜びだ。
「その前に今のポイント教えてくれないか」
「えっとそうですね……」
エゼは何もない空間でそろばんをはじく。
「葬儀屋で貯まったポイントは1万2千900ポイント。9万3千ポイントから差し引くと8万100ポイントです」
「いっぱいもらえたけど、まだそんなにあるのか。流石にヤバいな」
「はい。まあ、夕食を食べながら作戦を立てましょう」
そして葬儀屋からほど近いファミレスで、俺たちは落ち着いた。
「ふー。疲れた。しかし謝礼をもらっちゃったよ。なんか申し訳ないな」
「報酬としてもらうとボランティアにならないのでポイントが激減するのですが、こういったお礼はその限りではないのです。遠慮なく頂いておいたらいいのです」
「へえ、そういう仕組みなんだな」
「ねえ、何が一番美味しいの?」
シルは俺たちの会話に関心を示さず、メニューを目を皿のようにして見ながら質問してきた。
俺は、相当腹を空かせていそうなシルに、丁度良さそうなのを指さした。
「うーん。いっぱい食べたかったらミックスグリルなんてどうかな」
「この色々載ってるやつだね」
「そう。俺も腹が減ったからそれにするよ。エゼはどうする?」
「わたくしもそれにします。お腹が減って、とにかく早く何か食べたくって」
三人ともライス大盛りにしてもらい、料理の注文を終えて待っていると、窓の外に見た顔が走って来たのに気が付いた。
多々良郁子だった。
カランとファミレスのドアを開けて、まっすぐに俺たちの席に来た郁子は、口を開くや否や不満を漏らした。
「なによ。なんも言わないで帰らないでよ」
「あ、そうだった。ごめん」
すっかりこの眼鏡女子のことを、念頭から忘れ去っていた。
「ごめんじゃないわよ。それでどうだった?」
「おかげさまでだいぶ貯まったよ」
「貯まったって何が?」
しまった、つい余計なことを口走った。
きっと腹が減っているせいで、思考回路が鈍くなっているのだろう。
「え? いや、そのあれだよ、いいことしたなーって気分だよ」
「ちょっとした変態ね。流石二重人格。この次は悪いことするわけ?」
「いや。しないよ。少なくとも今日は絶対しない」
郁子に事情を話したとしても信じないだろうが、このまま何も知らずに帰ってくれることを取り敢えずは願った。
しかし、郁子は俺の横にまたドカッと大きなお尻を下ろすと、まだ何か話し足りないのか、そのまま居座った。
飯を食ってからも、まだまだ一縷の望みを追いかけなければいけない俺は、流石に遠慮してくれるよう頼んだ。
「なあ、ボランティアを紹介してくれたのは感謝してるけど、もう遅いし、この辺で解散しようよ」
「三人は一緒なのに私だけ帰れって? 冷たい言い草じゃない」
なんだ? いつの間に仲間意識が芽生えたんだ?
どうも不可解な行動をする郁子を持て余していると、頼んだ料理がワゴンに乗ってやってきた。
「んー。美味しそう」
「では遠慮なく」
ジュウジュウ焼ける鉄板に乗った、いい匂いのするフライたちにフォークを突き刺し、シルとエゼは飢えた胃袋を満たすべく、郁子に構わず食べ始めた。
「んまいー」
「また堕落しちゃうわー」
泣いている。また新しい感動に出会ったようだ。
現代に生きる普通の女子は、カロリーとかをきっと気にするのだろうが、二人に関して言えばプロポーションとかには特に関心無さそうだった。
「なに? 泣くほど美味しいって? ファミレスなのに?」
郁子は目の前で涙を流しながらがっついている二人の姿を見て、自分も同じものを注文した。
「夕飯食べてないのか?」
「食べたわよ。でもそそられちゃって」
俺も腹が減っていたので、その後はがつがつと食べた。
三人が食べ終えたのに郁子の注文したものは一向にやってこない。
郁子はイライラしながら腕を組んで待っている。
「ちょっと、食べるペース速すぎよ。少しは足並み揃えてよ」
「いや、足並みを乱してるのは、どっちかというと君じゃないかな」
言いたい放題の郁子に、俺は軽く嫌味を言ってやった。
「ね、そんでうちでボランティアしたことで、何か私の小説のネタになりそうなことあった?」
「そうだね……」
腹が膨れて少し落ち着いた俺は、時間に余裕があるわけではないのだが、郁子に今日起こった奇妙な出来事を話した。
「あくまで偶然かも知れないけど、施設で会った女の子の両親の葬儀をここでしてたって聞いて、不思議でさ……」
「そうだったの……私もあの日のこと覚えてるわ。お茶を出しに行っただけだったけど、中学生くらいの女の子が痛々しいくらい泣いててさ、どうしてもほっとけなくて少しだけ話をしたんだ」
「そうか……それでなんて言ってた?」
「ほんの少しだけしか話さなかったんだけど、あの子ずっと言ってた。自分のせいだって。消えてしまいたいって」
「そんなこと言ってたのか」
「でも今日会ったんだよね。それを聞いて安心した。あの時は本当に思い詰めてた感じだったから」
その時、俺の中でゾワリと何か冷たいものが身を震わせたような気がした。
郁子はなかなか来ない料理にしびれを切らしたのか席を立った。
「ちょっとお手洗い行ってくる」
席を立った郁子が見えなくなってすぐに、俺はエゼに引っ掛かっていることを聞いた。
「エゼ、俺があの少女と話をした後、ポイントをもらったよな」
「ええ。20ポイントほど」
「それって少なくないか」
「え?」
「言ってたよな、徳が上がるからポイントが多くもらえるって」
「そういえば」
エゼは何もない空間に指を走らせた。
「大変だわ……」
「どうした?」
「内訳を見てるんですけど、彼女の一番の望みを叶えたあなたは、あの時千ポイントを手に入れているんです。しかし彼女は望みを叶えたことで、生きる目的を同時に失った。死の可能性に直結した施しをしたため、そこからマイナス980ポイントされているんです」
「ちょっと待て。じゃあ俺はあの子の……」
「ごめんなさい。私のミスです。本当にごめんなさい」
俺は勢いよく席から立ち上がって出口へと向かった。
エゼもシルも後に続いて急いで席を立つ。
「間に合ってくれ」
店を飛び出した俺は、駅に向かう道を全力で駆けだした。
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