第14話 天使は導く

 午後から本気を出さなければいけないのに、またややこしいのの登場で、俺はポイントを挽回できずに苦しい展開を迎えていた。

 学食を出てから、ぴったりと俺についてきた多々良郁子は、講義があるにも拘らず清掃したり、植物に水をやったりと善行に励んでいる俺を観察し、気味の悪そうな顔をしていた。

 そこにエゼが俺の耳元で囁いた


「ねえ、あいつがいると、あんまし思い切ったことできないんですけど」


 エゼはこのままではヤバいと警告してきた。

 勿論それについては俺も危機感を覚えていたが、すっぽんみたいに食いついてくる作家かぶれに打つ手なしというのが現状だった。


「シル、しばらくあいつをどっかやってくれないかな」

「やですよ。あんまし話したくないタイプだし」


 他人事のようにあしらったシルに、俺は少なからず傷ついた。

 するとエゼは、全く援護する気の無さそうなシルの鼻面に、美味しい餌をぶら下げた。


「ねえ、シル。このままだと明日の日替わり定食どころか、おやつの時間も無くなっちゃいそうだよ」

「えっ! マジで?」


 シルの顔色が変わった。やっとスイッチが入ったみたいだ。


「ちょっと行ってくる」


 それ以上何も言わなくとも、自主的に作家かぶれを排除しに行ってくれた。

 そして何やらシルと郁子が揉めている間に、俺はエゼを連れて見つからなさそうな場所まで走った。


「エゼ、それでどうする?」

「善行は悪行に比べて簡単には達成できませんが、犯罪歴がついたり警察に追われたりしない分動きやすいと言えます。積極的にポイントを稼ぐにはボーナスポイントをもらえる人助けがいいでしょう」

「ほう、人助けするとボーナスがもらえるのか」


 流石エゼだ。昨日のシルのアドバイスがショボショボだったので、余計に優秀に思えた。

 きっと天界の学校でも優秀な成績を収めていたのだろう。


「はい。人助けをすると、徳が上がるのです。その分上乗せされてポイントに還元されるってわけです」

「なるほど。それで人助けってどうやったらいいんだ」

「まあ、お年寄りの荷物を持ったり、目の不自由な人の手を引いてやったり、いろいろありますよ」


 成る程、困っている誰かに手を貸してやればいいわけだ。

 ポイントも貰えるし、感謝されていい気分になれそうだ。


「そんで、効率的に人助けをどんどんしていくには、どうしたらいい?」

「もう、少しは自分で考えたらどうですか? 私にばっかり頼り過ぎですよ」

「ごめん。でもエゼが頼みの綱なんだ。お願いだよ」

「もう、仕方ないですね」


 エゼは何もない空間に指を走らせて何やら調べ始めた。


「この付近に老人ホームがあります。そこに入り込んで、お年寄りに善行を施しましょう」

「よし。決まりだ。でも、部外者が施設に入っていいものなのかな?」

「その辺りは私が天使の奇跡で何とかします。さあ行きましょう」


 そして俺はエゼに手を引かれ、お年寄りに善行を施すべく、施設へと駆けだしたのだった。



 施設に到着すると、エゼは天使の奇跡を使って、俺をここのスタッフだと皆に思い込ませてくれた。

 すごい力だ。俺は素直に尊敬した。

 中に入ると、普通に皆さん、それぞれ自由に何かをして過ごしていた。

 数人で固まってゲームをしている人。

 一人で本を読んでる人。

 施設の中を散歩している人。

 大勢お年寄りがいるのだけれど、さて何をしたらいいかというのが思い浮かばなかった。


「エゼ、俺、ここで何したらいいと思う?」

「また私に聞きます? 簡単ですよ。何かお手伝いしましょうかって声を掛けていけばいいんです」

「そうか、成る程」


 やはりエゼは切れ者でやり手だった。

 俺は礼を言ってから、近くで本を読んでいたおばあさんに声を掛けた。


「小説ですか?」

「え? ええ。そうですよ」

「何かお手伝いできること、あったら言ってくださいね」

「ええ、ありがとう。じゃあ、お茶を入れてきてくださらない?」


 テーブルの上に置いてある赤いプラスティック製のコップには何も入っていなかった。きっと喉が渇いてきていたのだろう。


「すぐにお茶、入れてきますね。温かい方がいいですか?」

「はい。それでお願いします」


 俺はボタン一つで機械からお茶を入れると、おばあちゃんのテーブルに湯気の立つコップを置いてやった。


「ありがとう」

「いえ、お役に立てて良かったです」


 エゼのもとに戻ると、グッジョブと親指を立ててくれた。


「いい感じですね」

「うん。なんだか楽しくなってきた」


 それから一人ずつ手伝えることがないか聞いて回り、俺はお年寄りのちょっとした手助けをこなしていった。

 雑誌を取って来てやったり、お気に入りの饅頭を近くのコンビニまで買いに走ったり、かわいい孫の自慢話を聞いてやったりと、お年寄りの数だけ、手伝えることはあった。

 そして、一時間ほどでロビーにいた全員に善行を施せたのだった。


「どうだい? そこそこ貯まったんじゃないかな」

「はい。この一時間で2千650ポイントです」

「そうかー。結構いっぱいもらえたなー」


 達成感もあり、ポイントもいっぱいもらえて、おまけに感謝までされて、俺とエゼはいい気分で施設を後にした。


「今度は、児童養護施設に行ってみましょう。孤児や、事情があって親と暮らせない子供たちがいる施設です」

「そんな施設がこの辺りにあるのか。でも、ちょっと気が引けるな」

「何故?」


 エゼは不思議そうな目を俺に向けた。


「いや、俺はポイントを稼ぎに行くわけだろ。言ってみれば不純な動機じゃないか。気の毒な境遇の子供たちを食い物にしてるみたいで嫌だな」

「そう思えるのなら、あなたはまともです。その気持ちをちゃんと持ったまま、子供たちに善行を行えば良いのです」

「そうだな。エゼの言うとおりかもな」


 俺はエゼをまた見直していた。

 食い意地の張った、ともすれば、自分の欲に忠実な駄目天使見習いぐらいに思ってしまったこともあった。

 だが善行に導くエゼの姿は慈愛に溢れていた。


「どうしたんですか、じろじろ見て」

「いや、その。エゼは天使なんだなーって思ってさ」

「ええ、そうですよ。いまさら何言ってんですか」

「ごめんごめん。当たり前のこと言っちゃったよ」

「変わった人ですね」


 エゼはまた俺の手を引いて駆けだした。

 追いかける俺の前を走るエゼの栗色の髪が揺れるたび、いい匂いがした。

 その背中をじっと見ていると、なんとなく凛々しく美しい翼が見える。そんな気がしたのだった。

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