第13話 問題の娘

 文学部、多々良郁子たたらいくこ。19歳。

 お騒がせなスマホ娘はササッと自己紹介をして、まあまあ丁寧にお礼を言って来た。

 

「本当にありがとうございました。それと昨日はごめんなさい。助けてもらっていながら変態扱いしてしまって」


 第一印象から最悪の娘だったが、普通に話が出来るようだ。このところ変わった手合いとばかり相手をしていたので、なんだかホッとさせられた。

 

「ああ、まあいいよ。怪我もなさそうだし良かったね」

「はい。お陰様で」

「これからは気を付けるんだよ。じゃあ、忙しいんでこの辺で……」


 郁子の話をそこで終わらせて、またエゼと計画を練り直そうとしたのだが、郁子は全くどこへも行こうとしなかった。


「あの、まだ何か?」


 何か言いたげな態度をとる郁子に、あまり構いたくはなかったものの、興味が湧いた。


「間中さんって、どういう人なんですか?」

「俺? いや普通の学生だけど」

「昨日私を助けてくれた後、何か大切な用事でもあるかのように、さっさとどこかへ行ってしまいましたね。事故を未然に防いだことなど、まるで小さなことのように……」


 なんだこの娘は?

 ただの歩きスマホにワイヤレスイヤホンの迷惑娘だと思っていたが、なかなか鋭い洞察力だった。


「それとそこのお二人も気になりますね。間中さんって見たところモテる感じでもないしお金も持ってなさそう。何で昨日に続いて今日も二人があなたにくっついてるんでしょうね」


 なんだ? 取り調べか?

 鋭い観察眼と斬り切り込み感のある口調。いったいこの娘は何者なんだ?


「それと昨日は何やら壁に落書きしたり、唾を吐いたり、誰もいないのに誰かを罵ってましたよね」

「え? 見てたの?」

「はい。たまたま見かけました。いかれた野郎だって思いましたよ」


 命の恩人に向かってひどい言い草だ。まあ事実ではあったが。


「そして今日は朝から構内の掃除をして周り、誰かれ無しに挨拶して周ってましたね」

「そんなとこまで……」

「私の眼は誤魔化せませんよ……」


 郁子は俺の目の奥を探るように凝視した。

 この娘、何かに感づいている。これほどの短期間で俺の素行を色々と目撃している。

 もしかすると、俺が普通じゃないことに気が付いてる? まさかとは思うけどシルとエゼが人間でないことにも?

 紅い縁取り眼鏡の奥の眼光が半端ない。

 ひょっとすると、そういった類の超能力かなんか持っているとか。


「お待ちなさい」


 鋭い眼光に冷や汗を流し始めた時、エゼが割り込んできた。

 郁子は邪魔するなといった目つきでエゼを真っ向から見る。

 エゼも負けじと鋭い目で対抗している。


「多々良さんと言いましたね。私はエゼ。彼は今忙しい身です。あなたのくだらない話に付き合っている暇はないの」


 エゼは事務的でかつ冷ややかに郁子を追い払おうとした。

 しかし、郁子はまるで動じる風もなく、エゼの言葉を受け流した。


「なるほど。ますます興味が湧いてきたわ」


 郁子はエゼに構わず、俺の隣の席にどしっと腰を下ろした。


「あなた二重人格なんでしょ」

「え?」

「昨日は私を助けた後、なんだかセコイ悪事に手を染めてたじゃない。そんで今日は昨日と打って変わって、善い行いばかりしてる。自分で自分をコントロールできない二重人格者なんでしょ」


 眼鏡の奥の目を輝かせて、おかしな解釈をしだした。

 全く的外れなことを言い出した娘に、おれは内心ほっとするも、時間の無駄だったとがっかりした。


「いや、それはちょっとどうかな……」

「分かってますって。他の人には言いませんから。そんでそこのお二人はあなたの病状を観察するセラピストかなんかなんでしょ。そりゃそうですよね。ほっといたら何するか分かったもんじゃないですもんね」


 いつの間にかサイコ扱いされていた。

 命の恩人をサイコ扱いするのってどうなんだろう。

 ややこしいのに絡まれて、いい加減嫌気がさしてきたが、郁子はまだ俺を放そうとしない。


「私、実はミステリー小説を書いてるんです。昨日もいい筋書を思いついちゃって、通学しながらスマホにアイデアを打ち込んでいたんです」


 そういうことか。それで信号にも車にも気付かずにスマホに集中していたんだな。


「そこでちょっとしたご提案なんですけど……」

「なに? 提案って?」

「いえね、ノンフィクションまではいかなくっても、実際のことを題材にして書きたいなって思っちゃって。だってすごくないですか? 死ぬかも知れなかったあの場面からいきなり生還して、そんで助けてくれたのが二重人格者って」


 成る程そういうことか。つまり俺を題材にして、ミステリアスな話を書こうっていうわけだ。

 それでこんなに食いついてきたんだな。


「あのさ、申し訳ないけど、俺、小説の主人公ってガラじゃないしさ……」

「え? 何言ってるんですか?」


 眼鏡の奥で、郁子は怪訝な眼差しを俺に向けた。


「主人公は私に決まってるじゃないですか。おかしなことを言う人ですね。あ、そりゃそうか……サイコ……いえ、まあそうゆう人でしたね」

「君、失礼だな……」


 言いたい放題なので、ちょっとひとこと言ってやろうとした時、シルがなかなかの剣幕で割り込んできた。


「あんたね、黙って聞いてれば、いい加減にしなさいよ!」


 俺は感動した。やっぱりシルは俺のことを、ちょっとだけ好きなんじゃないですか。


「あんたがダラダラしゃべってたらこっちはなんもできないのよ! こっちは明日の日替わり、デミハンバーグ定食がかかってんだ。邪魔すんな!」


 そっちか。俺の尊厳を守ろうとしたんじゃなかったんだな。


「じゃあ、話はこれぐらいで。というわけでこれからよろしくお願いしますね」

「え? どゆこと?」

「鈍い人ですね。あれですよ。小説のネタを現場で集めたいわけですよ」

「え? まさか……」

「というわけで、しばらく密着させてもらいます。あ、それとよく命を助けられたヒロインが助けた男性と恋に落ちるみたいなのがありますけど、そうゆうの無いんで。期待しないでください」


 別にそこまで言わなくてもいいことを、スパッと言い切った郁子は、席を立った俺たちに予告通りついてきた。


「はーーー」


 さっきまで吐いていたため息とは違う、別のため息が俺の口から自然と出て行った。

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