第12話 生きるために
俺の名は
今年から大学に通う19歳。
そして昨日、助けたくもない女子大生を助け、一度死んだ体験をした珍しい男だ。
そして俺は今、即興で決められたルールに法り、エクストラステージに突入している状態である。
監視者のなかなか可愛い二人に協力してもらい、俺は白と黒のギリギリのバランスを保ちつつ、長生きを目指す予定だった。
が、しかし……。
「んまい。モリヒトの言ったとおりだ。木曜の日替わり定食は神ってるわ」
「ホント。堕落しちゃいそう。カキフライもそうだけど、タルタルソースがたまんないっての」
シルとエゼに学食の日替わりを奢ってやると約束していたので、今こうなっていた。
本当ならここで飯を食っている場合ではないのだが、約束は約束だ。
魔王様に唾を吐いた罪で約10万ポイントを獲得した俺は、早速エゼにアドバイスをもらい、ちっさな善行を頑張った。
本来なら大学で講義を受けている時間に、構内の掃除をし、その辺にポイ捨てされていたペットボトルを集めてリサイクル専用ゴミに出し、普段話もしないような奴にまで、おはようございますと大きな声で挨拶した。
一時間半ほど頑張って、エゼにどれくらい善行ポイントを稼いだか尋ねると、620ポイント稼いだと返って来た。
なかなか頑張った数字だと言えたが、お昼12時を過ぎた現状で、まだ悪行ポイントが10万もあるというのは悲劇的状況と言えた。
しかし、既に昨日大騒ぎして恐怖を乗り越えた俺には、それなりの図太さという目には見えない風格のような物が漂っていた。
一度死んで、さらに死線を越えてきた男の魅力が、きっと今の俺にはある。
シルだって苦みばしった俺に惚れ直していることだろう。
まあ、結局、シルとはその後、例の楽しいやつの続きをしていなかった。
もしシルとあの楽しいことをしちゃうと、一気に悪行ポイントが8万ポイントも加算される。
今持ってる悪行ポイントと合わせたら目も当てられない。
またいつか、善行ポイントがいっぱい貯まった時にでも、お願いしてみようかな。
何も知らずカキフライに涙を流すシルに、俺はいけない想像の羽を羽ばたかせていた。
「フー、食った食った」
二人とも定食を平らげて、だらしなく満足げに腹をさすっている。
まあ、お薦めの木曜日の定食を堪能してくれたのは良かった。
「なあ、二人とも、これからの作戦なんだけどさ……」
「申し訳ないけど、私、善行の方には疎くって、エゼに一任します」
シルは先に非情ともいえるほど冷たい言葉を吐いた。
「え? あんた食べるだけ食べといて私に丸投げする気? そりゃないわよ」
「だって、何にも思い付かないんだもん」
シルは見るからにやる気が無さそうだった。
昨日は自分が主役だったが、今日は頼ってもらえないもんで、拗ねているのかも知れない。
まあ俺もあんましシルには期待を寄せていない。
エゼのアドバイスに従って、粛々と善行を稼いでいくつもりだ。
そしてシルを睨みながら、エゼは善行を行う計画を話し始めた。
「間中さん、今回はわたくしの専門である善行を貯めないといけないわけですが、どうでしょう、昨日後半、効率化したあれを使いませんか?」
「あれって?」
「お忘れですか? あれですよ。わたくしに無礼を散々働いたじゃありませんか」
それを聞いてシルが顔色を変えた。
エゼはシルの反応を見てほくそ笑む。
昨日善行がかさみ過ぎていた俺は、なりふり構わずちっさい悪行に手を染めた。その中で、ボーナスポイントをもらえる天使へのちょっとした仕打ちを、幾つもエゼにしてしまったのだった。
そして、未遂ではあったが、俺はシルにそそのかされて、危うく覗きと下着ドロに手を染めるところだった。
完全に立場が逆転した今日、エゼがシルに対して同じ仕打ちをするよう仄めかしたのは当然であろう。
「ちょっと待ってよ。あんた昨日の恨みを今日晴らそうって魂胆なんでしょ」
「いいえ。わたくしはそれはもうさっぱりした性格ですので、昨日のことに遺恨などとんでもないですわ。そこんとこ勘違いしないように」
見習い天使のエゼが悪魔のような笑みを浮かべた。
怖っ!
きっと俺も恨みを買ってるに違いない。
ポイントの為とはいえ、昨日エゼを散々蔑んでしまったことを、また猛省していた。
「さあ、間中さん、手始めに何でもいいから、この小悪魔を蔑んでやって下さいな」
「えっと、困ったな……」
躊躇してしまったものの、エゼの提案は、ポイントに困っている俺には、魅力的なものだった。詳しく解説すると、天使を蔑めば悪行ポイントが三倍もらえる。逆に悪魔を蔑めば当然ながら、三倍善行ポイントがつくわけだ。
今日一日シルを罵るのか?
それをしちゃうと、もう嫌われちゃって昨日の楽しい続きは永久に来ないんだろうな……。
エゼが、さあやれと目で俺に合図を送って来た。
生きるために、見習い悪魔のシルを罵倒しろと無言でけしかける。
「モリヒト」
シルが涙目でこちらを見ている。
ちょっと守ってやりたくなるような、小動物のような、そんな目だった。
「いいよ。モリヒトの為だったら私、耐えられる。だってあなたは私の……」
どっきーん!
マズい。女に免疫のない俺の一番痛い所を突いて来た。
こんなに俺を信じ切っている目で見つめられて、罵りの言葉なんて出てくるはずがない。
モテたためしのない男というものは、どうしてこう、簡単にぐらついてしまうのだろう。
俺はまんまと、あざと可愛い小悪魔に屈服させられた。
「無理です……」
あっさり陥落した俺に、当然ながらエゼはキレてしまった。
「何言ってんのよ! 昨日は散々私をコケにしてくれたくせに!」
「フフフフ、エゼ、私の勝ちね」
「シル、あんた汚い手を使いやがって……」
二人は勝手に揉めだし、俺はおいしい三倍ポイントを諦めた。
これから一体どうしたらいいんだと、喧嘩している二人を前に思い悩む。
「マズいな……いったいこれからどうすれば……」
「あのー」
全く余裕のない俺たちのテーブルに、誰かが話しかけてきた。
俺は声を掛けてきた見知らぬ学生を振り返った。
いや、そうじゃなかった。少なくともまるで知らない学生ではなかった。
「昨日はどうも……」
声を掛けてきた女の子。
紅い縁取りの眼鏡をかけた髪の長いその娘は、昨日、二度も命を助けさせられたあのスマホ娘だった。
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