第11話 世界はこうして続いてゆく

 寝ぼけ眼で、俺は大学に向かうあの歩道を歩いていた。

 大勢の学生が同じ方向に歩みを進める。

 昨日遅くまで飲みすぎた。

 味はちっとも美味くなかったけれど、父のとっておきのブランデーは俺にとっての特別な美酒だった。

 日付が変わり、裁定を下された俺のポイントは、ややプラスの12ポイントだった。

 信じられないことだが、あのセコイ賭け事をしていた魔王様を殴ったことで、奇跡の大逆転が起こったのだった。

 そんな馬鹿なと、その後ベテラン天使と悪魔が降臨し、裁定に誤りがなかったか精査した。

 だが、エゼとシルが裁定した数字は何の誤りもなく、完全に正確な裁定であると判断されたのだった。

 その後、三人で部屋に戻って乾杯した。

 盛り上がりすぎて、ちょっとばかり騒ぎ過ぎた。

 俺はやや寝不足気味の顔で後ろを振り返る。

 そして頼りなげで、実は頼りがいのある二人の監視者に笑いかけるのだ。


「俺もそうだけど、二人もひどい顔だな」


 二人ともへべれけになるまで大はしゃぎしていたので、きっと家から出たくもなかっただろう。


「ふぁああ、眠たいし頭は痛いし、もう最悪です」

「ホントね。朝ごはんも気持ち悪くってそんなに食べれなかったし」


 シルもエゼも、昨晩羽目を外しすぎたことを、気分の悪さと共に反省しているみたいだ。


「なあ、昨日ちょっと羽目を外しすぎたせいで悪行ポイントちょっと貯めちゃってないか?」

「え? そうですね、見てみましょうか」


 シルは何もない空間を眠たげに見上げた。


「えっと、そうですね……」


 シルの声がぴたりと止まった。

 何事かと思い、見えはしないのだが、シルの見ているであろう空間に目を凝らしてみた。


「たいへん……」


 震える声を上げたのはエゼだった。


「え? ひょっとして騒ぎすぎた? ちょっと頑張って善行ポイント稼がないとやばいとか?」


 まあ、ちっさい善行をいっぱいやればなんとかなるだろ。

 楽観的に構えていたのは俺だけだった。


「大変言いにくいのですが……」


 エゼがやっとその先を話し始めた。


「間中さんは昨日、日付が変わってから、ポイントが相殺されて大喜びされていましたよね」

「うん。そうだけど。だから飲みすぎちゃったんだよね」

「それはいいんです。お酒を飲んだり騒いだりしたのは、合わせても700ポイントしかついていませんから」

「そうか、そんなもんだったか。で、他に何かあるの?」


 シルもエゼも相当残念そうな顔になっている。一体何があったのだろう。


「実は、私たちも気付いていなかったんですが、間中さんは、賭けに勝ったと確信していた魔王様が落胆しているのに、罵声を浴びせましたね」

「え? そういえば腹いせに罵ってやったかも。それってマズいことなのか?」

「はい。相当。まあそれは魔王様が自ら招いたことなので今回はそこまでポイントに響かないのですが……」

「まだあるのか?」

「罵った時に飛ばしていた飛沫が結構かかっていたのです。人間が至高の存在に対して唾を吐くという行為は今まで一例もありません。最大の侮辱を与える行為に加え、精神的にも深い爪痕を残した。さらに至高の存在に係るボーナスポイントと、我々が関わっていたという倍率を合わせます。元はと言えば魔王様の不始末からこうなったのだとして、それを勘案したとしても……」

「したとしても……」


 俺はゴクリと生唾を飲み込んだ。

 もう聞きたくなかったが、聞いておかないとマズいことになるのは間違いなかった。

 そしてエゼは何もない空間を指さして言った。


「ここに悪行ポイントが10万とんで720ポイントと表示されています。マズいことになりました」


 俺は言葉もなくその場に立ち尽くした。

 一瞬で俺の余裕を奪い去ったとんでもない数字に、ひきつった笑いが口元に浮かんでくるのを俺は感じていた。


「大丈夫ですよ」


 シルとエゼが俺の横に並んで肩を叩いた。

 不思議だ。二人が近くにいると、心がスッと軽くなる。

 シルの幼げな顔が俺を見上げて笑いかける。


「また頑張りましょう」


 そしてエゼも色っぽい魅力的な目で俺に笑いかける。


「そうですよ。10万ポイントやっつけちゃいましょう」


 また絶望しかけた俺に、この二人は鮮やかな可能性を見せる。

 本当は昨日終わっていたはずだった俺の人生。

 またこうして、気の置けない二人と今歩き始めている。

 今日のような秋晴れの空には、暗い顔は似合わない。


「さーて、何から始めようかな」


 三人で仰ぎ見た空には希望以外何もない。

 根拠も確信も何もないけれど、そう感じたのだった。

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