第6話 変態になれ

 俺はこの目で理解できないものを見ていた。

 母親に夕飯だと呼ばれて、下に降りて行くとそれは在った。

 テーブルには山のように料理が並んでいた。

 残業で遅くなる父親の分ではない筈だ。

 どう見ても四人分の料理が用意してある。

 何故母はこの二人のために夕飯を用意したのだろう。

 とにかく何にも理解できないまま夕飯を食べ終えて、また部屋に戻った。


「あのさ、あれってどういうことなんだ」

「夕ご飯のこと?」

「ああ、何も言ってないのに用意してあった。あたかもそれが当たり前みたいに」

「フフフフフ」


 シルは気味の悪い笑みを浮かべて俺を嘲笑った。


「私達は見習いと言っても特別な存在なのです。意識を操るのなど造作も無いこと」

「母さんの意識をどうにかしたのか?」

「ええ、さっきお手洗いに行ったときにいい匂いがしてたから、私達の分もたっぷり用意してくれるよう悪魔の魅惑で操っておいた。私たちのことは自分の娘だと思ってるわ」

「凄いな。そんなことができるのか」

「ええ。当然よ。私たちが家の中をうろうろしてたって、何とも思わないでしょうね」


 はっきり言って見直した。

 どちらかと言えば、落ちこぼれた印象の二人だったが、流石というか何というか、その名に違わぬ超常的な力を持っていたのだった。


「その変な力でポイントを貯められたりしない?」

「そんな都合よくはいきませんよ。しっかり地道に稼いでください」


 それはそうだろう。そこまでやったら完全に不正だ。

 一応聞いてみただけなので、特に落ち込むことも無かった。


「そうか残念。で、今俺はどれだけポイントを持ってるんだ?」

「8万9千642ポイントです」

「ホントか! 一万ポイントも減らしたじゃないか!」


 頑張った結果が数字に表れるというのは、分かり易くていいシステムだ。何だか努力が報われたような気がして、俺は一人で盛り上がった。

 

「あのー、今八時ですので、あと四時間しかないわけです。相当頑張らないと」

「そうだよな。こうしてられないよな。じゃあ俺は何をしたらいい? 効率よく頼むよ」

「そうですね……」


 シルはなんだか悩み始めた。と思ったのだが……。


「食べ過ぎて眠くなってきた……」

「おい!」

「じゃあ横になるんで、全身マッサージしてください。いい感じの力加減で、変なところは触らないようにお願いします」


 シルはそう言うと俺のベッドにうつぶせに横たわった。

 そのまま寝てやろうかと思っている感じだ。

 さっき足を揉んだが、今度は全身だ。子供っぽいとはいえ、女の子の体に触っていいという滅多にない機会が突然訪れた。

 勿論変な事など一切するつもりは無い。

 その辺りは鉄の自制心を自負している。

 だがマッサージの途中で、シルが体を動かしたりしたら、偶然変なところを触ってしまうことだってあるかもだよな。

 その場合は故意では無くて事故として扱われるわけだし、悪行ポイントだってホクホクなわけだ。

 神様に、いや悪魔に感謝だな。


「じゃ、じゃあ解させてもらいます……」

「ふむ、苦しゅうない」


 脚からマッサージを始めると、黙って見ていたエゼがスッと立ち上がった。


「私、お風呂行って来る」

「あ、ごゆっくり、じゃなかった、図々しいメス豚だ。さっさと行ってこい!」

「くーっ!」


 エゼは口惜しそうにこちらを睨みつけ、さっさと部屋を出て行った。


「今ので30ポイント。天使を蔑む最大級の言葉を入れたのが良かったわね」

「ああ、ポイントは嬉しいけど胸が痛むな」

「エゼも分かってくれてるって。上手くいったらなんかご馳走したげたらいいじゃない」

「そうだな……」


 しばらく揉んでいると、シルは寝息を立て始めた。

 眠ったのか。まあ色々疲れただろうしな。

 眠ってしまったが、恐らくマッサージを続ければ悪行ポイントは加算していくのだろう。

 俺はシルを起こさないように気をつけながらマッサージを続行した。

 しかし、今日俺は悪い事ばっかりしてるな。

 この娘をこんな感じで気持ち良くするのが悪行だってのは、なんだかピンとこないけど、立ち小便も久々にしたし、家の塀に落書きなんて今時誰もしないこともしたし、知り合いの悪口は大概言ったし……。

 ちょっと眠くなってきだして、半開きの目で背中をグイグイ揉んでいた時だった。

 突然シルが寝返りを打った。

 俺の両手に何かが収まった。

 ぎゃー!

 全く声には出さなかったが、心の中で歓喜の悲鳴を上げた。

 小さいが柔らかい。いやそこまで柔らかくもないか。

 しかし、間違いなく今掌で覆っているのは女の子のそれだった。

 もろもろのことを跳び越えて、俺の掌には今凄いものが収まっている。

 これは事故だ。ポイントも稼げてラッキーなことなんだ。

 しかし……。

 この後どうしようかと思い悩む。

 もしこの掌を動かしたら、事故だったでは済まされないだろう。

 事故の境界線を越えてしまえば故意ってことだ。

 つまり俺は、自他ともに認める犯罪者になる。

 しかも未成年に悪戯したろくでもない性犯罪者だ。

 一回だけ指を動かしてみようかな……。

 いや、駄目だ駄目だ。おーい、おれの鉄の自制心はどこへ行ったんだ。

 しかし待てよ。ここで俺がクズに堕ちれば、命は助かるかも知れない。

 そうするとシルだっていっぱい食べられてホクホクなわけだ。

 つまりは俺とシルはウインウインなわけだ。いやエゼだって大喜びじゃないのか。

 眠ってる間にちょっと揉まれてたって、心の傷にならないよな。

 胸をマッサージするのだって立派なマッサージだ。要はいやらしい気持ちを持っているか持っていないかだけの些細な違いなんだ。


「う、うーん」


 シルがもぞもぞと動いて声を上げたので、飛び上がった。

 慌ててベッドから離れると、目をこすりながらシルは体を起こした。


「ふぁーー、なんだか寝ちゃってた」

「ああ、おはよう」

「なかなか気持ち良かったですよ。これはポイント稼いだんじゃないですか?」


 そう言ってシルは何もない空間を見上げた。

 いつも俺のポイントを確認するときはそうしている。

 俺には見えないが、シルにはそこにポイントが見えているのだろう。


「あ、ちょっとすごい事になってますよ。8千ポイントも悪行ポイントが付いてます。えっと内訳は……」

「ああ、ええとそれより次のこと考えようよ。時間も無いことだしさ」

「そうですね。まだまだ一気にポイントを稼ぎ出さないといけませんよね」


 そしてシルは突然ひらめいた。


「ね、間中さん、いまエゼって入浴中ですよね」


 小娘の姿をしていたが、シルはやはり悪魔だった。

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