第7話 ゲス野郎上等だ
シルは悪魔のような笑みを浮かべて、俺の心を大きく揺さぶるセリフを吐いた。
「今なんてった?」
「だから、行って来てって、お風呂場に」
ただいまエゼは入浴の真っ最中だ。
そこに行くというのはつまり……。
「俺に覗きをしろってか!?」
「いいえ。お風呂に行きなさいって言ってるだけ。間中さんの家のお風呂でしょ。堂々と入ったらいいじゃない」
「駄目に決まってるだろ。そんな破廉恥なことできるか!」
「人んちのお風呂に遠慮もせずに入ってる方がまともじゃないよね。この家の人がフツーにお風呂に入ろうとして戸を開けたら、天使見習いが入浴中だった。これでどうだ」
「これでどうだって、こじつけも大概にしろよな。俺はやんないよ。こう見えて鉄の自制心があるんだ」
「じゃあ、ここでお迎えを待つだけってわけね」
シルは俺の痛い傷口に塩を塗って、楽しんでいるみたいだった。
「いや、そーゆー訳じゃないって。何か代替案はないのか? 変態方向に行かなくっていいやつ考えてくれよ」
「そんなもんあるかい!」
シルは突然キレた。
「いい? これは千載一遇のチャンスなの。覗きで700ポイント。計画的犯行という事でさらに300ポイント。おまけに天使見習いを覗いたわけだから三倍増し。これで3000ポイント。そして悪魔にそそのかされてやったという事で悪魔信者というペナルティが課せられて二倍増し。合計6000ポイント頂けるわけだ」
「6000ポイント……」
喉から手が出るほど欲しかった。
シルは俺の反応を見てほくそ笑む。
「さらにまだあるのよ」
「まだあるのか!」
「フフフ、聞きたい?」
「聞きたい。聞きたい」
やや勿体ぶった感じで、更なる悪事の計画をシルは聞かせた。
「パンツ取ってきなさい」
「は?」
「パンツ脱衣所に脱いでるでしょ。それをもってダッシュしてきなさい」
「できるか!」
一番情けない犯罪者じゃないか。
息子が下着ドロをしたって知ったら、情けなくって両親は号泣するだろうな。
19年間育ててもらった恩をあだで返す気か。
俺の名誉もあるが、親の名誉のためにもそれだけはできん。
「パンツを奪えば窃盗罪と迷惑罪。おまけに羞恥度が最大限まで引き上げられるから……」
シルは何もない空間で指をはじいている。
俺の目には見えないが、恐らくそろばんがそこにあるみたいだ。
「1万5千800ポイントもらえちゃいますよ」
「そんなに!」
「行ってきなさい」
「行ってくる」
背に腹は代えられん。俺は生まれて初めての覗きと下着ドロを実行すべく風呂場へと向かった。
脱衣所にこっそり侵入した俺の心臓は早鐘のように鳴っていた。
シャワーの音がしている。
これはなんだかそそられる展開だ。
エゼの体の線は服の上からでも見事だった。
想像するに、俺の予想をはるかに超えるものに違いない。
ここで俺は覗いてしまうのか?
エゼの信頼はどうなるんだ?
ポイントのためにケダモノになれる、最低の変質者だと蔑まれるんじゃないだろうか。
どうする。さあどうする俺。
死の階段を上がるか、変質者の階段を上がるか二つに一つだ。
はっきり言ってちょっと覗いてみたい。
女の子の入浴シーンを拝めるなんて、これから先一生ないかもしれない。
しかも飛び切りの美人だ。
エゼ、済まない。弱い俺を許してくれ。
生き延びたら、貯金をおろして好きなものを食わせてやる。
そして俺は戸に指をかけた。
ごめん!
ガラッ。
湯気の中に浮かび上がったシルエット。
俺は最低だ!
でも今まで生きてきた中で最高の瞬間だ!
そして湯気が晴れて全貌が見えた。
なんてことだ……。
「お? 守人か。もうちょっと待て。もうすぐ上がるから」
父さんだった。
そこにあったのは、想像していた魅惑のボディではなく、腹に贅肉がたっぷり載った、目を覆いたくなるようなだらしないボディだった。
「ああ、まあごゆっくり」
そしてゆっくりと戸を閉めた。
トラウマになりそうだ……。
悪魔の誘惑に負けて、天使のあられもない姿を覗きに行き、メタボな父の裸を見た。
俺は極端な疲労感を感じながら、自分の部屋に戻ったのだった。
「サイテー!」
ゴミを見るような目でエゼにそう言われて、俺は額を床に擦り付けて謝った。
「ホント女の敵だわ」
発案者のシルも便乗して俺をいたぶってきた。
「結局、覗き未遂の300ポイントに悪魔にたぶらかされての3倍で900ポイントね。このままだとまずいわね」
言われなくても危機感を感じていたが、本格的にまずいことになってきた。
「九時を過ぎたわ。あと三時間。ねえエゼ、なんかいい方法ない?」
「無いわよ。それに覗きをするようなやつ、生かしておく価値ないし」
エゼは滅茶苦茶冷たかった。さっきまでポイント目当てで冷たく当たっていた腹いせもあるのだろう。
「また外に出て、落書きしに行く?」
「いや、もうセコイのを積み重ねたとしても無理でしょ。なんか大逆転できそうなの考えてくれよ」
「そう言われてもまだ、善行が8万712ポイント貯まってるのよね。目を覆うような犯罪以外、悪行ポイントを稼ぐ手段は無さそうだわ」
「そうだ、悪党を成敗するってどうかな」
思いついたまま俺は口にした。
シルは即座に首を横に振った。
「それって善行になっちゃうのよ。例えば大勢人を殺した極悪人を始末したら、殺人のポイントは付くんだけど、それ以上に善行ポイントがもらえちゃって結局大幅にプラスになっちゃうわけよね」
「そうなのよ。その辺、改正しようかって神様たちも言ってたけど、法案が通るまで時間がかかるし、うやむやになったりで困ったものなのよ」
「そっちの世界にも色々あるんだな。こっちとあんまし変わらないんじゃないか」
そんなあの世事情を話している間にも、時間は刻々と経過してゆく。
話をしているうちに、俺はだんだんとこの二人に馴染んできていることに気が付いた。
たった一日だったけど、飯を食って、セコイ悪行ポイントを貯めるのに付き合ってもらって、ケーキを食べて、生まれて初めて女の子を二人も部屋に入れて……。
「あれ? どうしたの?」
シルが俺の顔を見て聞いてきた。
知らない間に涙が流れていた。
「いや、こうして二人がいてくれて良かったなって思ってさ」
「私たちがいて良かったって?」
「うん。なんだかんだ言って、今日一日楽しかったんだ。いきなり10万ポイントを手にしてしまって、無我夢中だったけど、二人のおかげで今までできなかった体験ができた。俺さ、実は彼女とかできたこと無くって、こんなこと言ったら引かれるかもだけど、なんだかガールフレンドができたみたいな気になっててさ……」
自分の気持ちを打ち明けながらまた涙を流していた。
俺の泣いている姿に感化されたのか、シルもエゼも目頭を赤くしだした。
「だからさ。二人には申し訳ないと思うけど、おれはもうこれでいいかなって思ってさ」
「間中さん……」
シルもエゼもぽろぽろと涙をこぼしだした。
なかなか情のある奴らだった。
「もっと旨いもの食べさせてやれなくてごめんな。今度生まれ変わったら、きっといっぱい奢らせてもらうよ」
「間中さん!」
二人は俺をハグしてくれた。
女の子に抱きしめられたのは生まれて初めてだった。
しかも二人同時に。
俺はそっちの方でも感動してしまって、またいっぱい泣いてしまった。
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