第4話 悪行を探せ

 誰もいない、お昼時の児童公園。

 早速、悪行専門のシルに、いい感じのやつがないか訊いてみた。

 シルはなんだか勿体ぶった感じで、幾つか提案をしてきた。


「人殺しをすれば一気に10万ポイント稼げますよ」

「それは駄目。残りの人生真っ暗だ」

「誘拐して金を奪えばセットで五万ポイント」

「指名手配されたら意味ないんだよ」

「じゃあ、放火したら? ポイントは燃えた人や物でいっぱい加算されるし、出火原因が特定できなければ逮捕されないよ」

「後味悪すぎだろ。それに下手したら色々足が出そうな感じじゃないか。地獄行きはごめんだよ」


 見習いでも悪魔だからなのだろうか、ちょっと普通の人間の感覚では出来そうにないことばかり提案してきた。

 消極的な俺の感じを察して、シルはちょっとテクニカルな悪事をひとつ紹介した。


「じゃあ、インサイダー取引。直接誰も傷つけないけど世の中を混乱させて迷惑をかけるから3万ポイントももらえちゃうんだ」

「まったくどうやったらいいのか分からん。パス」


 それからも、シルから提案されたものはたくさんあったが、そのどれも実行不可能か実行できたとしても警察から追われたり、トラウマになりそうなものばかりだった。


「悪いことするって難しいな」

「そうかな? まあいきなり何万ポイントも稼ごうとすれば難しいかもですね」


 時間が無いのに解決策がまるで見当たらず、イライラして足元にあった石ころを蹴とばした。

 公園の中だったので子供用の遊具に命中して、カンと高い音が鳴った。


「今のでマイナス2ポイントです」

「え? ああ、悪いことしちゃったってことか」

「細かいことで悪いことっていっぱいあるんです。死の直前までに間中さんの悪行ポイントが30万ポイントも貯まっていたのは、ちっさい悪行の積み重ねがあったからです。コツコツやるのって大事なんですよ」


 シルの言い方では、悪行をまるで日々の努力のように美的に表現していた。

 全く共感できないものの、コツコツ急いでやれば10万ポイントも何とかできるかもと思い始めた。


「なあシル、ちっさい悪行ってどんなのがある?」

「それはいっぱいありますよ。地に唾を吐いたり、人の悪口を言ったり、ゴミを放置したり、壁に落書きしたり」

「ペッ、ペッ」

「なにしてるんです?」

「いま、唾を吐いた。マイナス何ポイントだ?」

「2ポイントですね」


 いいことを聞いた。唾が枯れるまで飛ばし続ければ、あまり人に迷惑を掛けずにポイントが貯まりそうだ。


「ペッペッペッ」

「あ、続けてやっても駄目ですよ。一度悪行をすると同じ種類の悪行は10分間はカウントされませんので」

「それを先に言ってくれよ。じゃあ、片っ端からやっていく。そんで10分経ったらそれを繰り返してやる。シルはどんどんちっさい悪行をアドバイスしてくれ」

「分かりました。検討をお祈りします」


 それから俺は、ありとあらゆるちっさい悪行に手を染めた。

 シルのアドバイスどおり悪さをする度に、良心がチクチク痛んだが、あの世に行きたくない一心で俺は励んだ。

 壁に落書きをして、いけすかない奴の悪口を言って、立ち小便までした。

 3時間ほど頑張って、また壁に落書きをし終えた時点で訊いてみた。


「どう? だいぶ減ったんじゃないか?」

「んーと、そうですね。だいぶ減りましたよ。345ポイントも減りました」

「なんだ、まだそんなもんか」


 流石に心が折れかけた。

 そこへずっと静観していたエゼが、シルにボソボソと何やら語りかけた。


「どうかしたか?」

「あの、申し訳ないんですけど……」

「ああ、なんだ? 言ってくれ」

「お腹空いて来たなーって。おやつでも食べたいなーって」


 シルとエゼはへへへと笑いながら、また奢って欲しいアピールをしてきた。

 恐らくエゼは、俺が悪行ポイントを貯められないと見て見限ったようだ。

 それならば、食えるうちに食っておこうと考えたのだろう。

 しかし、エゼがそう考えるのは仕方のないことだと言えた。実は俺もこのままだったら今夜までの命だと焦っていた。

 ちょっとお気楽なシルからは、突破口をになりそうな案も出てこなさそうだし、ここはエゼの機嫌を取って何かいい案をもらうとするか。


「よし分かった。おやつにしよう。ついてこい」


 やったーと、手をお互いにタッチして喜び合う姿はその辺の女の子だった。

 天使と悪魔のくせに学生で金欠の俺にたかるのはどうかと思うが、一縷の望みをかけておやつを奢ってやることにした。



 そして俺たちはイートインできる洋菓子店へと来ていた。

 ちょっと気取ったお店だ。

 いつか誰かとデートしたら、こんなお店に連れてきたいと憧れていた店だった。

 俺のお財布事情はかんばしいものでは無かったが、死んだらもうお金を使えないわけで、残していったら勿体ない。

 付き合っている彼女ではないが、一応は女の姿をしている見習い天使と悪魔を連れて入店したことで、ちょっとだけ自己満足に浸れたのだった。


「すごい。もう迷っちゃう」

「なにこれ、キラキラしてる。どんな味なんだろ」


 ガラスケースに並んでいるケーキを選びながら、二人は猛烈に喜び悩んでいた。

 時間が無いのに滅茶苦茶選ぶのに悩んだ末に、二人は結局二つもケーキを選んだ。

 あっという間に数日分の昼飯代が飛んで行って、内心泣きながら、甘いケーキを頬張った。


「んまい! んますぎ!」


 さっきの中華料理店と全く同じ反応のシルだが、それはそれで連れて来た甲斐があった。

 エゼも感極まったのか、言葉なく涙をポロポロと流している。

 感動にむせび泣いている二人を眺めつつ、俺はちょっと気になったことを訊いた。


「なあ、いま俺、二人にご馳走したじゃないか。これって善行ポイントの対象なの?」

「あ、そうですよ」


 エゼがサラッと答えたので俺は蒼白になった。


「あ、でもご心配なく」


 エゼはケーキを味わいながらキラキラした笑顔を見せた。


「天使に振舞ったものは善行となり、悪魔に振舞ったものは悪行となります。つまり二人に振舞ったので完全に相殺されたわけです」

「成る程。そうゆうことなんだな」

「はい。でも気をつけないといけないのは人間が悪魔、あるいは天使に対して何か行いをした場合、三倍のポイントがついてしまうことです」

「え? どうゆうこと?」

「人間はいわば天界、あるいは冥界の住人からすると下位の存在なのです。ですので例えば天使に何らかの善行をした場合、三倍のポイントを受け取れます。その逆もしかり」

「つまり、エゼが言いたいのは、天使と悪魔には人間に対する通常のルールが当てはまらないってことだな」

「そのとおりです」


 そして俺は考えた。ここには目の前に、天界と冥界から来た二人の使いがいるわけだ。

 例えばエゼのスカートをめくったら、三倍の悪行ポイントがつくのだろう。

 ほんで、シルに親切にしてやれば悪魔に手を貸したとして、悪行ポイントをもらえることになる。

 エゼを襲っちゃうか? いや、嫌われてどっかいかれたら元も子もないだろう。大体女の子をどうこうしようとか無理だし。

 じゃあシルを喜ばして悪行ポイントを貯めるか。

 彼女いない歴19年の俺は、女が喜びそうなことを簡単には思い付かないわけで、それはそれで難しい。


「んーーー」


 光明が見えたと思いきや、また暗礁に乗り上げてしまった。

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