第3話 シロとクロの使い
取り敢えず大学に行くのはやめた。
講義を二コマも受けていたら、生きる可能性を自ら削ってしまうことになる。
無駄かもしれないが、一分一秒を無駄にせず、あがいてやることに俺は決めた。
「十一時十分」
腕にはめたスマートウオッチで時間を確認する。
あと十二時間と五十分。
もしその時点でポイントが減らせず、100ポイントを超えていたらジ、エンドだ。
取り敢えず大学近くの公園で、クロの方の監視役、見習い悪魔のシルに相談してみた。
「一応聞くけど、今俺って10万ポイント持ってる?」
「はい。持ってます。これはほぼ確実ですね」
「どうにかならないかな?」
「どうって?」
気の利かない子なのか、見習い悪魔のシルは、どういうことか聞き返してきた。
そんなに長くないツインテール。ぱっちりとした目。頬が餅みたいに柔らかそうだ。
見た感じ子供っぽい容姿だ。いや、見た感じというよりは本当に子供なのかもしれない。中学生くらいか、ギリギリ高校生には見えないかも。
悪魔に支給されている黒い制服を身につけていて、それが学生服にも見えなくもない。
俺が連れまわしていたら、警察に職務質問されてしまいそうだな。
それに比べ、シロの方の監視役、見習い天使のエゼは大人だった。いや大人ではないな。顔だけ見れば高校生くらいの少女だが、大人の色気を満載した危険な香りのする女だった。
長めのボリュームのある髪に、切れ上がった大きな目。
あのアニメの大泥棒、サル顔の三代目が熱を上げている色気ムンムンの謎の女。あれを具現化したらこういう感じなのだろう。
白いピチピチした服を着ている。こちらも制服らしい。しかしシルと比べるとえらい違いだ。
「あの、それで?」
シルがもう一度聞き返してきたので、耽っていた考えを中断して我に返った。
あの世に行こうかという緊急事態に、余計なことを考えてしまっていた。
「あのさ、その10万ポイントなんだけど、何とかして90ポイントぐらいまで挽回できないかな」
「いや、ご冗談を。無理ですよ。あ、ひょっとしてウケを狙ってました?」
まあ当然の反応だろう。取り返しがつかなさそうなのは俺も分かっている。
しかし、ここまで来たらこいつに協力してもらって何とかするしかない。
見習いとは言っても、どれぐらい悪行をすればポイントを相殺できるかぐらいは知ってるだろう。
手っ取り早くて、犯罪にならない程度のおいしい悪行を紹介してもらって、時間までに何とかするのだ。
「なあ、シル、お前は見習いといっても悪魔だろ。いわば悪いことに関してはプロなわけだよな」
「はい。おっしゃる通りです。私にかかればこの世界など、簡単に地獄にして見せますわ」
大口をたたいている。見習いの分際でそんなこと出来るわけないだろ。話盛り過ぎだって。
「いや、そこまでしなくていい。取り敢えず今ある10万ポイントをガサッと減らしたいんだ。なんかいい方法ないか?」
「そうですねー」
ちょっと腕を組んで考え始めたシルに、エゼが横やりを入れた。
「シル、あんた監視者のくせに監視対象に手を貸す気? それってズルじゃない」
「あ、そうか、ズルしないようにって言われてたんだった」
「そうよ。監視者はあくまでも対象を監視するだけ。公正にポイントを判定して報告する。乗せられたら駄目よ」
「そうかー。流石エゼだね。天使と天使見習いを行ったり来たりしてるのは伊達じゃないね」
その一言でエゼの顔色が変わった。
シルはまずいことを言ってしまったと口を押さえた。
「いやー、エゼって頼りがいがあるって、それだけ。他意はないからね」
「まあいいわ。とにかく気を付けてね」
シルはチョロそうだが、エゼは融通が利かなさそうだ。
何とか味方につけたいが、どうしたものだろうか。
「なあ、天使と悪魔ってさ、見た感じ俺たちと変わらないけど、飯とか食ったりするのかな」
「食べますよ。こっちに来るにあたって受肉してますから。たいがいは普通の人間たちと同じです」
「そうか、じゃあ昼飯でも食べない? この近くに美味い店があるんだ」
「食事か、久しぶりだわー」
シルが嬉しそうにそう言ったので、どういうことなのか訊いてみた。
「私、悪魔見習いですけど、もともとは人間なんです。エゼもそうだよね」
「ええ、シルも私も元々は人間でした。その時の記憶はありませんが、人間であったときに食事をしていたことはなんとなく覚えています」
「そうか、じゃあ久しぶりの飯ってわけだな。バイト代入ったばかりだからご馳走するよ」
「やった!」
「ではご馳走になります」
久しぶりの食事を愉しもうと、二人とも喜んでついてきた。
俺は行きつけの中華料理屋へ二人を連れて行った。
あんまし清潔な感じの店ではないが、安くて美味くて量が多い、三拍子揃った俺の中で五つ星の店だった。
「こんちわー」
暖簾をくぐって店内に入ると、食欲をそそられるいい匂いがした。
まだお昼前だったので、テーブルは結構空いていた。
油で少し滑る床の感触がこの店らしい。
席に着いた三人に、いつものなじみのおばちゃんが空のグラスを持ってくる。
大きな水差しが各テーブルにドンと置かれている。
つまりは水はセルフサービスというわけだ。
「今日、日替わりは?」
必ずここでおばちゃんに聞く言葉。
おばちゃんは今日の定食を丁寧に説明してくれた。
「エビチリと春巻き。小チャーハンに中華スープが付いてる。あと胡麻団子と」
「俺はそれ。二人はどうする?」
「私もそれで」
「じゃあ私も」
「あいよ。日替わり三つね」
俺は三つのグラスに水を注ぎ、自分のを半分ぐらいグッと飲んだ。
「喉乾かないか?」
自分だけかと思ったが、シルもエゼもグラスの水をグッといった。
二人は冷たい水をゴクゴクと一気に飲み干した。
「んまい!」
シルがグラスをテーブルに置いたのでまた入れてやる。
「水だぞ。何の味もしないだろ」
「いや、この感覚、液体がこう口から喉に流れていくこの感覚は、肉体なしでは味わえないんです」
「そうか、まあこんなもんで感動してもらえて良かったよ」
「シルの言うとおり、水が体に入っていく感覚。これは何というか至高の極みだわ」
「大袈裟だなあ、じゃあ美味いものを腹に入れたらどうなるんだろうね」
その時は軽く笑い飛ばしたのだが、その後にすごいことになった。
「んまい。んますぎ。禁断の果実だわ」
「駄目。これはもう、堕落の味ね。一度食べたらとことん堕ちていくやつだわ」
薄汚れた中華料理店で、二人とも飯を頬張りながら涙を流していた。
たかが八百八十円の定食で感動してもらえたのは良かったのだが、涙でテーブルを濡らしながら食べ続けていたので、周りから何事だという目で見られたのだった。
「げふっ」
「げふー」
品のないげっぷをした後、腹をポンポンと二人は叩いた
女子にしては量が多かったはずの定食は、みごと綺麗に平らげられていた。
勘定を済ませて店を出た後、俺は食べながら考えていたことを二人に話した。
「なあ、実はこの店の他にもおすすめの美味しい店があるんだ」
「ホント? 連れてってくれるの?」
「ああ、ぜひ連れて行ってやりたい。しかし……」
「しかしなに?」
食いついてきた。ここでさらに惹きつける。
「今晩にも俺は天に召されてるわけだから、無理だろうな……」
「そうか、そうだった……」
「私たちも肉体を放棄して帰るんだった……」
シルとエゼの顔色が変わった。
そうだ。葛藤しろ。ハワイに行ってこれからはじけようって時に、強制送還されたくないだろ。世の中に溢れる美味いものを目の前にして、この娘たちも帰りたくはないはずだ。
「今日、日付が変わるまでなのね……」
明らかに葛藤している様子でエゼが呟いた。
悩み始めたエゼの隣でシルも葛藤していた。
「どうしたらいいんだろう……」
そして俺は二人の耳元で、悪魔の囁きをした。
「たった一つだけ解決策がある」
「え、まさか」
「まあ聞けよ。俺は今はまだ天に召されたくない。そんでシルとエゼはここに肉体を持ったまま、しばらくは飲み食いしたいわけだ」
さっきまでのエゼなら口を挟んできたのだろうが、今は黙って聞いていた。
「監視者が俺を手助けして、ポイントを相殺するのはいけないことだよな」
「そうよ。そのとおりだわ」
「ならこう考えたらどうだろう。よくクイズ番組とか見ていたらさ、回答者が答える前にこっちが解っちゃった時って、つい口走っちゃうだろ。君たちは俺に手を貸してるんじゃなくって、回答をつい口走っただけ。そこに俺がたまたまいた。そうゆうこともあるんじゃないかな」
「うーん、ある……かも」
エゼが苦し紛れにそう言った。
「あるよ。あるある。それは仕方ないわー」
シルは右に倣えをして賛同してくれた。
これでちょっとは光明が見えてきた。
俺はスマートウオッチの表示に目をやった。
残り十一時間と八分。
これからが本番だった。
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