第14話 交戦

14-1 海の城

 扶桑、山城を中心として、急遽、日本海に派遣された日本海軍の艦隊は、呉を出師した後、関門海峡を経て、日本海に入り、各艦は艦首を東北に向ける形で航行となった。この点は、明治期の日本海海戦とは逆方向となった。

 山城、扶桑への両艦は、連装主砲6基、12門をソ連領から来るであろうソ連艦隊を、或いは、陸軍を載せた輸送船団をにらむべく、左舷を志向し、一斉に砲門を開く準備を行った。副砲も左舷のそれは、一斉に、ソ連領から来るであろうソ連艦隊をにらむべく、砲門を開き始めた。

 日本海軍の象徴とも言うべき、大和、武蔵の副砲は、軽巡洋艦の主砲であった3連装のそれが艦橋正面と後部艦橋の後ろに1基ずつ、装備されている形のものであった。それ以前の戦艦は、基本的に舷側に並べて装備されているのであり、扶桑、山城も例外ではない。各副砲の装填部は、各水兵の居住区域でもあった。

 呉を出師する時、指示が、海軍軍令部長から通達され、艦隊司令に伝えられ、更に、各艦長、各部署の責任者から各水兵と伝達されるのである。

 左舷の副砲某所の二等水兵・市川肇は、他の水兵と同じく、自身の持ち場にて、乗艦からの訓示を聞いた。

 「赤魔・ソ連が、いよいよ、我が皇土に迫りつつある。我々は、誇りある帝国海軍として、皇土防衛のため、七生報国の意気込みで、赤魔ソ連と渡り合わねばならない」

とはいうものの、今年、まだ若干18歳の市川には、何となく状況が吞み込めるような、呑み込めないような感じである。物心ついた昭和17年には、日本は事実上、<戦勝国>と化し、それ以来、これといった身近に迫る戦いは、彼自身は経験していない。16歳で海軍兵学校に入校したのも、軍関係の学校なら、それなりに待遇も良いだろう、という彼なりの打算であった。

 呉を出る時、

 「酒保、開け!」

の号令を含め、日本酒で乾杯がなされ、彼も随分と飲み、又、ツマミも口にした。おそらく、かくも、本格的に酒を飲んだのは、18年の彼の人生の中、初めてのことであろう。

 艦内での宴席にて、そこここで、様々な話が弾んだ。年配の将校の中には、

 「久しぶりに、俺達、帝国海軍の真価を発揮できる大役が与えられたというものだ」

等々の話題で花が咲かされていた。

 <大東亜共栄圏>

の完成以来、日本は守勢に回る形になっていたので、

 <実力>

を発揮し得る場がなく、心中、不満が溜まっていたのであろう。そうした年配将校、古参兵の下、毎日、多くの若い水兵達は、艦の甲板をたわしで磨かされていた。少しでも、

 <気合が入っていない>

と、上官等に評定されると、

 <根性!>

と書かれた樫の棒で、尻を叩かれたものであった。この体罰は、

 <帝国海軍の誇り>

を精神として、注入してやる、という意味でなされるものであった。勿論、平手打ちもありである。

 年配の将校や古参兵等は、良く言っていた。

 「貴様等、大東亜共栄圏勝利後の若造どもは、実戦もなく、なよなよと、ふぬけておる!そんなことで、皇国防衛がつとまるとでも思っているのか!」

という怒声演説であった。

 しかし、酒保を開いての宴会の席では、いつものような鬼のような形相はどこへやら、上官達は、笑顔で上機嫌であった。

 市川にとっては、海軍兵学校を出、扶桑に配属されて以来、苦しい日々ではあったものの、その日は、それらから一気に解放されたのであった。

 上官達は、部下の水兵等に言っていた。

 「赤魔・ソ連との戦いという大役とは!お前等をしごいてやった甲斐があったものだ」

 あるいは、

 「俺達がお前等をしごいてやったのは、敵との戦いのための強い海軍水兵になってもらいたかったからだ」

等、得意になっていた。

 若い水兵の中には、

 「ありがとうございます。上官殿。赤魔・ソ連との戦い、期待に応えるべく、奮戦いたします!」

 再敬礼で答えている者もいた。やはり、ある種の

 <解放感>

とともに、いよいよ、これまでの<下積み>によって得た力を敵にぶつける時が来た、というより、文字通りの 

 <戦意高揚>

があったのだろう。或いは、

 「これで、俺達も、<皇国>を護る一人前の<防人>になり得た」

という思いもあったかもしれない。

 あるいは、これまでとは異なる

 <未知の世界>

へ飛び込み得る、といった興味のようなものもあったかもしれない。

 いずれにせよ、既に戦端は開かれたのであった。


14-2 Z旗

 扶桑、山城のマストには、

 <Z旗>

が掲げられていた。明治の時の日本海海戦と同じく、

 <皇国の興廃、この一戦にあり、各員、一層、奮励、努力せよ>

の意味である。市田の傍らの上官が言った。

 「来るなら来やがれ、赤い露助め!」

戦意に漲った声であった。

 市田のいる副砲部は、いよいよ、緊張が漲ってきたようである。全艦がそのような状況になっているに違いない。

 同じ頃、旗艦・扶桑の艦橋にいる司令長官他、艦隊幹部に、

 「電探が何となく、機影のようなものを捉えた」

という報告が上げられた。また、両艦を護衛する駆逐艦からも、

 「ソ連潜水艦の艦影らしきものが発見された」

との報告が届けられた。

 「いよいよだな」

 扶桑の艦長は心中にてつぶやいた。実は、彼には一抹の不安があった。

 ソ連側は、技術革新等によって、噴進機(ジェット機)を装備しているという情報を得ていた。艦隊は、護衛空母として、龍驤、雲竜の2艦を連れて来ていた。両艦の艦載機は、今回も、日本海軍の主力戦闘機である

 <零戦>

である。

 「しかし、レシプロの零戦で、ジェットに対抗できるだろうか」

 そんなことを思いつつ、艦長は、一応の艦隊防空のため、2隻の空母から零戦を直営のために上げることを、艦隊司令に具申した。

 「うむ、君には、艦長として、操艦をよろしく頼む」

 龍驤、雲竜の2艦から、零戦隊が上空に上がり始めた。何かしら、見た目には、強く勇ましい艦隊のように思われた。

 各艦の甲板上にて、対空機銃の銃座についていた水兵達は、

 「さすがに、まだまだ、無敵皇軍、負ける気はしない」

と余裕の表情を浮かべた。日本海海戦の時の勝利の象徴・Z旗も、勇ましく翻っているではないか。

 艦橋から、測距儀を覗いていた水兵が叫んだ。

 「左舷、敵、戦闘機来襲です!」

 「撃ち方、はじめ!」

 扶桑、山城2艦それぞれの連窓主砲6基12門が一斉に火を噴き、副砲も仰角を上げて、斉射し出した。機銃座からも機銃の斉射が始まった。

 「!?」

 しかし、扶桑、山城の斉射は殆ど、というより、全く無力であった。ソ連側のジェット戦闘機・ミグ15は、半ば、日本艦隊が存在しないかのように、自在に飛び回った。

 耳をつんざくように轟音をたてて、飛び回っているミグ15達は、艦の甲板に機銃掃射を行い、小型とはいえ、ロケット弾を撃ち込んだ。艦の各所から火災が発生し、水兵が吹き飛んだ。

 「消火、急げ!」

 消火係が消火を試みるも、消火のスピードは全く追いつかない。艦の各所から、火の手が上がっている。

 直衛の零戦も、相手がジェット戦闘機では勝負にならない。また、操縦している航空兵にも若輩者が少なくなく、それなりの訓練は積んできたものの、実戦はこれまでなかったことに加えて、この状況では、どのように、

 <訓練>

を積んでみたところで、どうにもならないであろう。

 零戦隊の中の航空兵は、

 「敵と戦う時は、後ろから喰え」

 つまり、敵後方に回って、

 「ここぞ、という時に敵を撃て」

と習ってはいた。しかし、ミグ15との戦端が開かれてしまうと、そんな余裕など、全くなかった。

 ある航空兵の零戦は、正面からミグ15とかみ合うことになり、次の瞬間、時期の左をすれ違うミグ15のパイロットと目があったのであった。そして、それは、一瞬の瞬間だけのことであった。燃料に引火した彼の零戦は、空中で四散した。

 日ソ(ソ日)両軍の撃ち合いの中で、Z旗は早くもボロボロになりつつあった。扶桑、山城とも、沈没が時間の問題になるつつあるようであった。


14-3 海の道

 扶桑、山城の2艦の他、日本側の各艦から、火の手が挙がっているのは、ソ連潜水艦隊からも潜望鏡で確認できた。

 「とりあえず、戦いは、こちらに有利に進んでいるようだな」

 各所から発火している日本側艦船を見て、一潜水艦長は呟いた。

 「よし」 

 そう言うと、部下の水兵に艦首魚雷発射管室に魚雷装填を命じた。狙うは、日本側のっ主力たる戦艦であった。

 「今だ、いけるな」

 発射タイミングを確認すると、

 「艦首魚雷発射室、魚雷発射!」

 同艦の艦首から、圧縮空気の音が鳴り、勢い良く、数本の魚雷が海中を走り出した。

 これ等の雷跡は、日本側でも確認できた。扶桑艦橋の水兵が叫んだ。

 「左舷、雷跡確認!」

 「面舵一杯!」

 扶桑は回避行動をとり始めた。数本の魚雷は避けられたものの、しかし、各ソ連側潜水艦からの魚雷4本が左舷を直撃した。

 「左舷、大破!」

 魚雷が命中した瞬間、艦内に激しい振動が響いた。命中個所は市川のいる部署ではなかったものの、海水は大破個所から、容赦なく流れ込んで来たらしい。市川達がいる副砲室には浸水が始まった。

 「畜生!どうなっちまうんだよ!」

 殆ど、出番のない形で、予想とは違う現実を見せつけられた彼等は恐怖した。

 そんな時、半ば、絶境のような声が聞こえた。

 「総員退艦!生存者は、上甲板!」

 最早、旗艦・扶桑の沈没の運命は決まった。市川達は、我先にと、部屋を出て、上甲板に向かった。

 途中の廊下は浸水し、又、所々、火災が発生していた。先程、魚雷が命中したのであろう副砲室からは、扉が開き、海水が容赦なく流入している。廊下には、負傷者が大量にうめいていた。手足がない重症者もいる。しかし、そんなことには構っていられなかった。

 最早、負傷者は生存者の退艦の障害であり、市川等は負傷者を踏み越えて、上甲板を目指した。

 廊下の方々で、電気系統がショートし、火花を吹いている。艦が左舷に傾斜を激しくするにつれて、発火も激しくなった。前方を行く者が、感電したのか、廊下の水中に倒れこんだ。

 市川等は、どこをどのように通ったのかは分からぬものの、とにかく、上甲板には出られた。しかし、ソ連側の攻撃は執拗に続いた。傾斜が激しくなり、水兵等が次々に海に滑り落ちた。市川も、そのまま、立っていられなくなり、海面に投げ出された。

 次の瞬間、彼は海中にて、激しい衝撃を感じた。燃料、弾薬に引火した扶桑は、6基の連装主砲さえ吹き飛ばす大爆発を起こして沈没した。

 やがて、山城も同じ運命をたどり、龍驤、雲竜も撃沈されたのであった。

 数席の駆逐艦が生き残ったものの、旧式装備では、対潜攻撃という駆逐艦本来の役割は殆ど果たせなかったのであった。

 市川等は、海上に首を出したものの、ミグ15による機銃掃射がなされる等、生存者にも攻撃は容赦なく浴びせられた。

 ここに来て、市川は、

 <無敵皇軍>

など、様々な意味で、既に過去の時代に消滅していたのであろうことを、漸く、何かしら体感した始末であった。

 この海戦によって、ソ連側には、日本本土への侵攻ルート、つまり、言わば

 <海の道>

が開けたと言えた。

 この後は、陸軍による本格的な日本本土上陸作戦につながるはずであった。

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