まあね。
涓
まあね。
小さい頃は死が分からなかった。分からなくてよかった、とは思う。
私が小学生のとき、ひいおばあちゃんが亡くなった。実感は湧かなかった。でも、ひいおばあちゃんと一緒に過ごした時間が長かった訳じゃなかったのに、話したことも少ないのに、号泣した。別れの歌って残酷な曲だなって思った。生きたひいおばあちゃんと関われることがなくなっちゃったんだ、死んじゃったんだ。って思った。死ぬってなに、なんなの、どうして、、怖い。って。布団の中で、宇宙が怖くなるみたいに、死が怖いって思った。初めて死に触れたときだった。自分の葬式の様子を幽霊になった自分が見てる、とかいう図書室で読んだこわーいおはなしを思い出して、もしかしたらおばあちゃんも見てくれてたのかなぁ、そうだったらちょっとだけうれしいなって思ったりしてた。
死にたい といつのまにか思うようになっていた。とはいっても周りで言ってる人を見かけたのがきっかけで、辛いことがあった時に口にする程度。あぁなんかしにたいな、って最初はそんな感じ。でもだんだん無理になっていって、。つらくて。いなくなりたくて。死んでいいよって言われて死ねる訳ではないけど、死にたい。って凄く思うようになった。なんでこんなことしてるんだろう、とか、生きている必要あるのかなとかも思ったりした。私が死んでも誰も悲しまないよねっていつも思ってた。心臓がぎゅっと締め付けられるようなそんな感覚がずっとあった。でもまだ私は死にたい人じゃなかった。
君に出会った。言葉が素敵だなと思ったから話しかけた。君は死にたい人だった。君の死にたいは本物だった。死ぬって選択肢を知らなかったならどんなに楽だったんだろう、っていつか君は言ってた。君の性格はどうしてそうなんだろう、って思う所は沢山あったけれど、話しているうちに理由があったんだ、と分かった。死にたいが根の深いところにあって、でも生きなきゃいけない、どうにかしがみつかなきゃいけない、って本能がどこかで思っているみたいだった。私のなかを占める君の割合が大きくなっていた。君を占める私も大きくなっているようで少し嬉しかった。君の死にたいは変わらなかった。私の死にたいは少しずつ立体的な死にたいに変わっていった。私の死にたいはあなたのせいで、あなたのおかげなんだよって思ったけど伝えなかった。死にたい人は死にたくない人にとってはただ面倒な人なんだよなぁ。って笑って言ってた君がなんだか愛おしかった。
君がいなくなった。死んだんじゃなくて、いなくなった。意外だったのは、私の心がそこまで変わらなかったこと。よく聞く話じゃ心が空っぽになったとか、心に穴が空いたとか、何も手につかなくなったとか言うけれど、大して今までと変わらなかった。きっと君は私がの心が創り上げた存在で、寂しさを埋めるために居てくれた。寂しかった私の心が満たされたから君がいなくなったんだ。そう思うことにした。死にたい思いは変わらなかったけど、少しだけ温かさをもらった気がした。
君がいなくなってからほど4ヵ月経った頃、君が生きている、ことを人づてに聞いた。どうして、誰から、聞いた、のかはもう思い出せないけど。「へぇ、生きてるんだ、生きてたんだ、」そう思った。安心したのと同時にがっかりした。初めて聞いた時の感想が「生きてるんだ」なのは、聞いた時にがっかりしたのは、心のどこかで君に死んでいて欲しいと思ったからかもしれない。私の前からいなくなったのだから、死んでいるんだ、そう思いたかった。私には君が必要だったのに、君はそうじゃない。それを信じたくなかった。君が死んだと思いたかった。でも本当は、本当に、君に死んでいて欲しくなかった。だから君はいなくなったんだ。そう思ったのに、そういうことにしたのに。どうして今更戻ってきたんだよ。
何もかもが許せなかった、何故だか分からなかったけど、どうしても許せなかった。君も、世界も、この感情も。全部許せなかった。一番許せなかったのは私のこと。君を許せないくせに、物凄く君に会いたいと思う私のことが、君よりもずっと許せなかった。だから、君に会わずに死ぬの、最後に最高にいいんじゃない? そう思い始めたら、私の死を止めていたものが、全部無くなった。「死のう。」 決めてからは早かった。最後だし、許せない自分だけど許してやろう、死にたいように死のう、と思った。部屋に戻り、君がいなくなる前に着たっきり着ることのなかった白いワンピースを、引っ張り出してきた。真っ白な布が私の血で真っ赤に染まるのに憧れていたから、ずっと昔からこうやって死のうと決めていた。着替えた私は、早足であの場所に向かった。これから死ねるんだ!と思うと楽しみで、道中、胸が弾んだ。
「ついた。」
名前も知らないビルの屋上。そこにある、オレンジ色の夕陽が眩しかった。最後に見る景色が綺麗でよかったな、と思った。端の方まで歩いていった。もう死ねる。あと二歩。やっぱり最後に、君に会いたかったなと思う。最後の一歩。「やっぱりここにいた。」 君の声がした。驚いた私は足を滑らせた。君のおかげで落ちている。というか、え、あれ、君に会えてしまった。まぁどうでもいっか、君に会わないで死ぬ、とか許せない、とか、そういうの全部。「最後の最後でこれかぁ。すべんなよー、もう。」と笑いながら、君も落ちてきた。
「でも」
「わかってたんでしょ?こうなること。」
「まあね。」
夕陽は沈んだ。
二人分の血と愛が、地面に描かれていた。
まあね。 涓 @droplet
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