『私』が思う、生徒会長の悪い所
常世田健人
『私』が思う、生徒会長の悪い所
「生徒会長として、僕は何が優れていると思う!」
夕暮れの陽を浴びながら、生徒会長は突然発言しました。
生徒会室にて座っていた『椅子』から立ち上がり、『私』に近づいてきます。
スラットした細身と黒い丸渕眼鏡が特徴的な生徒会長は、一見すると所謂ガリ勉という印象になります。
そして、その印象は間違いではありません。
「何を言っているのですか。学年一位の成績を持ち、判断が誰よりも早い。誰から見ても生徒会長たり得る方だったからこそ、生徒会選挙でも投票が一位だったのではないですか」
「確かに一位だった。……他に候補者がいなかったらな!」
「生徒会長が立候補するという噂が出回ったからこそ、誰も立候補しなかったんですよ」
「いや、そんなことは無い。断じて無い! この学校に限ってそれは有り得ない!」
「何を根拠にそう仰っているのですか」
「この学校が、不良しか集まらない高校だからだ!」
「まあ……そうですかねぇ……」
「誰が見てもそうだろう!」
若干移動し、生徒会長の『机』を思いきり平手で叩きます。
小気味良い音が生徒会室に響きましたが、生徒会長の気は良くなっていないようでした。
「授業に来ないのは当たり前。時折来たかと思えばバイクで校舎の中に入り、窓ガラスをバットで平然と割っていく。学内で酒やタバコを嗜む輩は数知れず、教員どころか市町村が呆れ果てて何も口を出してこない、そんな学校だ!」
「今は何も無いでしょう」
「何かあってからでは遅いんだ! しかも今年は、元々男子校だったところが共学になり、昨年までは入学しない筈の生徒達が七人も入学している。七人もだ! 男子生徒が暴れてしまうに違いない!」
「年度当初は危ない時も有りましたが、生徒会長が生徒会長に就任してからはピタリと止んだでは無いですか。生徒全員が生徒会長を尊敬しているからこそです」
「僕はね……その状況はあくまでも、嵐の前の静けさでしか無いと思うんだ……」
「というと?」
「悪行しかしない生徒が、成績くらいしか取り柄が無い僕が生徒会長になったくらいで更生するはずがない。僕がどう出るかを待ち、上に立つ価値無しと判断した瞬間に一気に嵐がやって来る。そうとしか思えないんだよ」
「生徒会選挙で、生徒全員の更生を必死に唱えていらっしゃったじゃないですか。それに感銘を受けたからでは?」
「彼らにとって僕の言葉が説得力を持つは筈が無いだろう! 悪行の限りを尽くす彼らが耳を貸すのは、例えば暴走族の総長のような、悪行の限りを尽くす人物しか有り得ない!」
そう叫ぶと、生徒会長はぶつぶつ呟きながら生徒会室を歩き回ります。『カーペット』にもしっかり踏み付けながら小さく呟いています。その様子を見て改めて――生徒会長が生徒会長という任を務めることに対して何の不安も抱かなかったのですが――当の本人は御自身の凄まじさに気づいていないようです。
『カーベット』の上に立ちながら、何をトチ狂ったのか、こんなことを言い始めました。
「そうだ、僕も悪行をしよう!」
「…………はい?」
生徒会長の顔はとても晴れ晴れとした表情を浮かべていました。
「何を突然言い出すのですか。生徒会長は生徒会長のままで良いんですよ」
「いいや、そんなことは無い! 生徒全員に尊敬されるために、とびっきり悪いことをしないと、今にでも暴れ出してしまうだろう!」
「今まさに生徒会長が暴れているじゃないですか」
「悪の限りを尽くすことにしよう! それがこの学校で生徒会長を務めるための条件に違いない!」
「間違いしか無いですよ」
「まずは校内をバイクで突っ切るために免許を取りに行こう!」
「悪い輩は免許を持たずにバイクに跨りますね。大体お金はどうするんですか」
「この学校はバイト禁止だからな……長年貯めたお年玉を崩すとしよう!」
「悪い輩は校則ぶっちぎってバイトしますよ絶対に」
「であれば、そうだな、窓ガラスをバットで割ろう! 歴代の生徒が割った最多枚数を調べてくれ!」
「そんな調査資料無いですし、悪い輩は全枚数割りにかかると思います」
「じゃ、じゃあ、あとは、酒とタバコか! この歳で嗜むと健康に悪いし、どうやって手に入れれば良いのかわからない……畜生……健康……!」
「一番気にかかるのがそこならばやめた方が良いです、向いてないので」
「やるったらやるんだ! そうだな、両親に頼み込んで買ってもらう! これしかない!」
「ご両親を悲しませてしまいますよ」
「…………ッ!」
歯軋りをしながら、『カーペット』の上で地団駄を踏みます。
やはり生徒会長は、そういった悪さには向いていないのです。
だからこそ『私』を含めた全校生徒が、生徒会長を尊敬してしまうのです。
「おいおい聞いてくれよ生徒会長!」
すると突然、ノックも無しに生徒会室の扉が開かれました。
そびえ立ったモヒカンが特徴的な、ガタイの良い男子生徒です。
鼻ピアスをしているのも特徴の一つでしょうか。
ぱっと見素行が悪い生徒で、昔――生徒会長が着任する前には――バッドで窓ガラスを割ることを人生の生きがいにしていたような人物でした。
「うおっ、と、取り込み中かよ……ですか……?」
「そうだよ! すまんが後にしてくれ!」
「す、すまね……じゃなくて、す、すみませんでした!」
「ありがとう! 一時間後に来てくれ! そして次からはノックをしてくれ!」
「すみませんでしたっ!」
勢いよく扉が閉まります。男子生徒は冷や汗をかいておりました。扉の外からは「やっぱり生徒会長は凄え漢だな!」という大きな声が響いてきます。
生徒会長の歯軋りを見たからなのか何なのか。
皮肉にも、生徒会長以外であれば気付ける単純な状況です。
生徒会長自身は男子生徒の様子にも気づかないまま「どうすれば良いどうすれば良い」と呟いております――
時折『カーペット』を踏みつけ――
時折『椅子』に跨り――
時折『机』を叩き――
その様子を、『私』はじっと眺めていました。
涎をたらしそうになるのを、必死に、堪えながら――
「何度も言いますが、生徒会長はそのままで良いんですよ。そうしていたら、全生徒から尊敬の念を抱かれて、この学校は平和を維持できます」
「だから、何を根拠にそう言えるんだ!」
その声を聞いて、『書類棚』が若干揺れました。
「『書類棚』、駄目ですよ。生徒会長から触られていないのだから、動いては駄目」
「あぁ! 今動いたのか!」
『書類棚』は今度こそ動きませんでした。『書類棚』としての機能を十全に満たしております。それでも今の生徒会長は止まりません。『書類棚』に近づき、思い切り殴りました。重い音が響きますが、『書類棚』に殴られた跡が出来ただけで特に問題はございません。
「あぁあ、むしゃくしゃする!」
それから生徒会長は『ソファ』も『ピアノ』も叩き始めました。
生徒会長に叩かれた跡がくっきりと残りますし、『私』もそれを見えております。
でも、生徒会長は、生徒会室から出たあと普段見える部分は決して殴らないんです。
それが、何よりも優しくて、ずるいところ。
「『副生徒会長』! こっちに来い!」
「ひゃ……は、はい……」
ようやく、今日も、この時間がやってきました。
この場で唯一人間として接しても良い私だけの特権。
今日は何度殴られて、何度快楽をもたらしてくれるのでしょう。
『机』と『椅子』が羨ましそうに『私』を見てきます。
そんなことは全く意に介さず、生徒会長が『私』だけを見てくれる。
その状況に、興奮を覚えないはずが無いでしょう。
「オラァ!」
早速快楽を与えてくれます。
その表情は、悦に浸っています。
私も同様でしょう。
「あぁ! オラァ!」
ああ、もう、最高――
本当に――どうしようもないくらいに――
この生徒会長は、『女』癖が悪い。
『私』が思う、生徒会長の悪い所 常世田健人 @urikado
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