幽霊はいつまでも〇〇のままである

ダメ人間

いつまでも〇〇のままである

 先に言い訳をさせて頂きたい。

 僕は廃墟には行っていない。事故現場にも行っていない。神社にも行っていないし、お寺にも行っていない。

 つまり、僕は怪しい場所には行っていないということだ。

 それが僕の言い訳だ。

 にも関わらずだ。僕は、、取り憑かれているのだ。


『幽霊』に。


 ――――朝、ベットの上で目が覚めると金縛りに合ったかのように体が1ミリも動かなかった。

 腕は一切動かず、脚もピクリとも動かなかった。

 体の各所が動かず、感覚だけが働いている奇妙なる体験。

 動かぬ体であったが、やがて唯一動かせる箇所があるのに気づいた。

』だ。眼だけがグルグルと動かすことが出来るのに気づいたのだ。

 見知った天井から視線を自身の胸へと移した。


 を感じていたからだ。


 金縛りらしいが、胸が圧迫された感覚がはっきりとあったのだ。

 僕は視線を胸へと移す。すると・・・乗っかっていた。


『美少女』が、だ。


 ―――実に嬉しい幻覚だと思った。

 モテない僕の胸の上に美少女が乗っかっているのだ。

 ドッキドキでワックワクする。


 でも


 それはほんのわずかな時間だった。


「僕くんは・・・私のこと好き?」


 股を開いて僕の胸の上に乗っかり、見下ろすように僕の顔を眺めていた美少女ちゃんが声を発して訊ねたのだ。

 そして、その瞬間、気づいた。

 僕の体が動かないようにされていることに。


 金縛り・・・ようは睡眠麻痺のこと。

 それに僕はなっていると思っていた。だから体が動かせないのだと思っていた。

 でも違っていた。そうではなかったのだ。

 僕は美少女に物理的に動かないようにされていたのだ。

 声を発しようとしたら、美少女ちゃんの手が動いて僕の唇をてのひらでふさいだ。


「叫んでも良いけど、助けを呼んでも良いけど、誰も助けに来ないよ」

「僕くんの父親も母親も兄妹も親戚もみんな君を助けにこない」

「理由を知りたい?」

「それが僕くんが僕くんだからだよ」


 意味の分からぬ美少女ちゃんの言葉に目を見開いて恐怖の視線を向けると、彼女は言った。


「ふふふ・・・覚えていないんだね。僕くんは(変態)だったもんね」

「僕くんは《変態》だよ。いつもいつも『変態』だったよ」

「動かないようにして欲しいと言ったのは僕くんなのに。“変態”のきみなのに」

「僕くんは私を<変態>扱いするんだモノ」


 美少女ちゃんが何を言っているのか、全くもって理解できなかった。

 焦る僕に


「スーハ―・・・スーハ―・・・しよ?」


 深呼吸を促してきた。

 唇をふさがれているので鼻で呼吸をするしかない。

 荒い呼吸を深呼吸にて落ち着かせる。


「上手上手、いい子いい子」


 余った手を使って頭部をナデナデされた。

 悔しいが気分は悪くなかった。美少女にされるのだ。当然のことだと自分に言い聞かせる。

 するとやがて落ち着いてきた。そして落ち着いた。


「落ち着いた?」


 美少女ちゃんが尋ねるので頷くと。


「それは良かった」


 全力で叩かれた。何を言っているのか理解できないかもしれないが、美少女ちゃんが「良かった」の言葉の直後、僕の頬を掌で叩いたのだ。


「何をする!!!」


 衝撃で、ふさがれた唇が掌からはがれたので僕は叫んだ。

 実に理不尽な振る舞いを許せなかった。


「今のは僕くんからとお願いされなかったこと」

「私が勝手にやったこと。でも許してくれるよね?」

「だってそうでしょう?」

「私も{変態}なんだもん」


 すると美少女ちゃんは、動けぬ僕をいいことに、顔を僕の顔に近づけて来た。

 逸らすことなく正面顔。

 正面顔と正面顔。その距離は唇と唇が触れ合わんとする程に近かった。


 唇をふさがれた。唇でだ。


 キスされた。あり得ないと思った。もはや理解不能の理解不能だ。

 僕のファーストキスが美少女なのは〇。

 でもサイコパス少女なのは×。シチュエーションも×。名前も知らないのも×。


「どうしてこんなことをするんだ?」


 僕の声は震えていた。涙目になっていて、怖くて、恐怖で、情けない。

 それしかできないからそれしかできない。

 できることをしたら「答えるね」と彼女が耳元でささやいた。


「それはね、私が僕くんのことを大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大好きだからだよ」


「それにね、僕くんも私のことを大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大好きだからだよ」


「大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大好きな人に大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大好きなことをしたいのは間違い?」


 耳元にささやく怪しげな呪文のような言葉にゾクゾクする。

 言葉と共に吐く息が耳を舐めまわすかのように纏わりついて心を乱す。

 でもそれは甘美ではなく、苦醜だ。


「君は・・・一体・・・誰なんだ?」


「そ・れ・は・・・『秘密』♡」


「ふざけるな!!!」


「いやだな~~~ふざけてたのは僕くんなのに」

「『秘密』にしてたのは僕くんなのに」

「だから私がをすることになったのに」


「・・・?」


「そう。死んでも僕くんのお世話をするって約束したの覚えてない?」


「・・・覚えてない。そもそも君が誰なのか分からない」


「あらあら・・・あらあら・・・あらあらあらあらあらあらあらあらあらあらあらあらあらあらあらあらあらあらあらあらあらあらあらあらあらあらあらあらあらあらあらあら・・・まだである私のこと思い出せない?」


「・・・分からない」


「そう。・・・それは・・・とても残念。殺した人のことは覚えていた欲しかったな、私」


「・・・なに?」を言っているのか分からなかった。

 言葉に出しても分からなかった。

 僕が・・・美少女ちゃんを殺した?

 でも美少女ちゃんはここにいる。じゃあここにいる美少女ちゃんは何なんだ?

 ウソなのか?冗談なのか?・・・でもそんな風に言っているように思えない。

 そもそも美少女ちゃんは誰なんだ?


 答え合わせが欲しい。


 そう望むと、美少女ちゃんは話を始めてくれた。

 それで僕は思い出した。僕が何故こんなことになっているのかを・・・



「―――おはようございます。坊ちゃま」


 朝、スズメがチュンチュンと鳴くと美少女が挨拶をしてくれた。

 何故その女性が僕の完全なるプライベート空間である寝室にいるのか分からない。


「君は・・・誰だい?」とたずねると、「私は坊ちゃまをお世話しているメイドです」と答えてくれた。


「何故僕の世話をするんだい?」と訊ねると、「それが私の仕事だからです」と答えてくれた。


「そういう意図の質問ではないのだが?」と訊ねると、「坊ちゃまがお金持ちだからです」と答えてくれた。


「僕がお金持ち?」と訊ねると、「坊ちゃまの御父上がお金持ちだからです」と答えてくれた。


「僕はそれを知らないのだが?」と訊ねると、「知らないことを私は知っています」と答えてくれた。


 答えてくれた。


 美少女でメイドで僕の知らないことを知っている彼女は僕の質問になんでも答えてくれた。

 聞くに僕はお金持ちのボンボンだと言うことがわかった。それが嘘や冗談でないことも。

 それを僕は全く知らなかった。自分のことなのに、いい歳をした青年であるのにそれを知らなかった。


 訊ねと答えを繰り返していると、彼女は慣れた手つきで朝食を用意してくれた。

 僕は部屋に合ったテーブルにある椅子に座って出来上がるのを待つ。


 パンにははちみつ

 ソーセージにはマスタード

 スクランブルエッグにはブラックペッパー

 サラダには胡麻ドレッシング

 コーヒーには角砂糖2つ


 それら口に含むと、それらが僕の口内で馴染んだ。

 微塵も嫌な感じがしない、つまりそれは・・・僕の『好みの味』ということだった。


「お口にあいましたでしょうか?」などは聞かずに、サササッと食べ終わった食器を片付けていると


「―――服を脱げ」


 ?・・・??・・・???・・・??????????????????????????????????????????????????????????????????????????????????????????????


 何だ・・・一体?

 僕は一体・・・何を言った?


 正気とは思えぬ発言。


 綺麗に着こなしているメイド服を・・・脱げ?と僕は言ったのか?

 取り返しのつかない言葉を取り返さんと僕が言い訳をしようとする前に


 スルスルスル・・・


 服を脱ぐオノマトペが聞こえてきた。

 今のは比喩だが、美少女ちゃんが首元から、胸元を、腰へ、足先に手を妖艶に動かして一枚一枚丁寧に身に着けているを剝がし始めたのだ。

 床に敷かれているカーペットへ、聞こえるか聞こえぬかの微弱な音を奏でながら布が落ちていく。

 それと同時に現れていく素肌。

 蛹から蝶へと【変態】するかのように、彼女は布を剥がして生まれたままの姿へと〔変態〕したのであった。


「―――それでは」


 美少女ちゃんは僕に向けて一歩踏み出した。

 ギシッと床が微かに鳴ると二歩目を、三歩目を、四歩目を踏み出していき、僕の目の前に立った。

 僕は椅子に座っている。彼女は立っている。

 美少女ちゃんは股を開いて座っている僕の膝の上に乗っかり、見下ろすように眺めていた僕の顔を正面へと移動させた。


よく出来たね」


 僕は美少女ちゃんを褒めた。

 すると彼女は口角を上げ、満面の笑みを浮かべて


「愛する僕くんのだから」


 先ほどとは違い、砕けた口調。

 見知らぬ彼女のどちらがどちらなのかわからない。

 僕は知らないから、自分が何なのか知らないから。

 何も知らないから分からない。


 でも一つだけ知ることが出来そうだ。


 僕は彼女のことがずっと好きだったのだということが知れそうだった。

 そして、それを僕は全く知らないが恐らくそうだったのだと確信できた。


 肌と肌を触れ合うことで


 童貞だったと思っていたが、ファーストキスの味さえ知らないと思っていたがそうではなかった。

 僕の体は彼女を喜ばせんと自然と動き、そして満足させたようだ。

 もちろん、僕自身もだ。


「―――〘変態〙」


 行為を終えた後に彼女は耳元でささやいた。

 実に甘美だった。

 仕える主に対して〖変態〗など・・・でも僕はそれを指摘しなかった。

 朝食を食べてすぐに本能のままに見知らぬ相手と行為に及ぶなど・・・


「―――お流し致します」


 僕はお風呂へと案内された。

 お風呂・・・というよりも浴場にて、一緒に美少女ちゃんと入浴して、彼女に


「君は・・・誰だい?」とたずねると、「私は坊ちゃまをお世話しているメイドです」と答えてくれた。


「何故僕の世話をするんだい?」と訊ねると、「それが私の仕事だからです」と答えてくれた。


「そういう意図の質問ではないのだが?」と訊ねると、「坊ちゃまがお金持ちだから」と答えてくれた。


 流れる視線が僕を見つめた。


「初めは仕事でした。でも今は・・・愛する僕くんのためだよ」


 彼女は微笑みを浮かべたが、僕は見逃さなかった。

 その視線に温水以外の水があったのを。



 ―――入浴後、屋敷という家を散歩した。

 高価そうな玄関扉も、入口にある高級そうなツボも、壁に掛けられてある高値そうな絵画も全て見たことあるようでない感じがした。

 頭に霞がかかったかのようにハッキリとしない。でもそれが少しずつ晴れていくような気がする。

 それらを見ながら美少女ちゃんと訊ねと回答を再起動した。


「―――それで、まだまだ聞きた「記憶障害です」


 先に言われてしまった。

 聞きたいこと=「なぜ僕は何も覚えていないのか?」ということを聞く前に言われてしまった。


「・・・いつから僕は「今日でちょうど十年になります」


 時間も


「・・・どうしてそ「原因は不明です」


 理由も


「・・・君はいつ「十五年ほど前から仕えさせて頂いております」


 美少女ちゃんと過ごした時間も


「・・・僕は「明日には忘れるでしょう」


 明日の自分も


「・・「それが坊ちゃまのなのです」


 未来も


「「申し訳ございませんが・・・これは嘘ではありません」


 現実も


 答えてくれた。


 きがくるいそうになる。


 ぼくはじぶんがだれかもわからず、しかも、きょう、いちにちのことしかはっきりとじかくせず、しかもしかもで、あしたにはきょうのことをわすれてしまうというのだ。


 これがげんじつとはおもえない。


 でも


 これがげんじつなのだとびしょうじょちゃんはいうのである。


「私は十年間、この『1日』を繰り返しております」

「むろん、その『1日』が全て同じ日ではございません」

「日付とか季節とか天気とかそういう話ではございませんよ」

「『1日』が何パターンかあるのです」

「私はそのパターンを・・・愛するを見つめ、観察し、触れ合うことで作り上げました」

「何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も・・・」

「『1日』を繰り返して愛し続けることで法則を見つけパターン化したのです」


「―――そん「なことがありえているのです」


「この私の言葉の後、坊ちゃまは一歩後ろに下がります」

「言葉を先読みされたのを恐れたのと、私への嫌悪感から距離をとろうとしたいから」


 事実・・・僕は一歩下がっていた。

 いや、正確には僕は一歩下がった後、右に向かって走って逃げようとしたのだ。

 でも、美少女ちゃんはして、僕の進行方向に移動して逃走経路を塞いでいたのだ。


「お懐かしいこと・・・パターン化する前は、よくさせてしまいました」

「必死に逃げる坊ちゃま。そしてそれを必死に追いかける私」

「やがて逃げ場をなくして捕らえられる坊ちゃま・・・」

「ふふふ・・・。私と久々に鬼ごっこしない?」


 美少女ちゃんは左手をスッと進行(逃走)方向へと敬意を込めて伸ばした。

 その余裕。

 それは僕がどこへ逃げて、どのように捕まるのか全て分かっている証拠だった。

 僕は・・・鬼ごっこを丁重に拒否させて頂いた。


 ―――ソファに座って美少女ちゃんはアルバムを見ている。

 僕はその背後で別の本を見ている。興味がなかったからだ。

 両親と兄妹のことなどどうでもよかった。


 大事なのは目の前にいる美少女ちゃんだけ。


 それ以外考えられない程、僕の心は疲弊していた。


「あぁ・・・幼き頃の坊ちゃま・・・」


 子供の頃の写真を見て美少女ちゃんが恍惚こうこつとした表情を浮かべた。


「私は初めて会ったあの日、あの時、あの瞬間に」

「ふ、ふふ・・・ふふふ・・・ふふふ・・・」

「申し訳ございませんが」


「『一目惚れ』」


「させて頂きました。そして、」


[一生お世話させて頂こうという『覚悟』も」


「させて頂きました」


 僕がベッドで寝ている写真を見て美少女ちゃんがさらなる恍惚こうこつとした表情を浮かべた。


「あぁ・・・これは坊ちゃまが記憶障害を患ったのに気づいた頃のお写真・・・」

「この時は大変でございました。その理由はご想像にお任せ致します」

「でも私は冷静でした。私だけが冷静でした」


「『覚悟』していましたから」


「生涯変わらぬ忠誠心と愛する気持ちがあればどんな困難も乗り越えられる」

「十年前のだった私は、坊ちゃまの記憶障害など障害に値しないと思っておりました」

「そして、今なお私は・・・」


「『夢見る少女』で居続けております」


 僕が・・・僕が美少女ちゃんとベッドで寝ている写真を見て美少女ちゃんが完璧なる恍惚こうこつとした表情を浮かべた。


「あぁ・・・これは坊ちゃまと初めて結ばれた時のお写真・・・」

「突然でございました。坊ちゃまが私を唐突に求めたのです」

「夢かと思いました。年頃になった私は坊ちゃまと結ばれることを夢見過ぎておかしくなったのかと思いました。でも・・・夢ではございませんでした。」

「諦めていた夢を・・・そう、私はこの日、」


「『頑張り続ければ奇跡が起こる』ことを学びました」


「自分を信じて、疑うことなく夢を見続ければ」


「『夢はいつか必ず叶う』のです」


「私は今、永遠なる『1日』を満喫させて頂いております」


「坊ちゃまには申し訳ございませんが、私は、このまま『明日』が来なければいいなと願っております」


「私と坊ちゃまの永遠の『1日』が続くために」


 もううんざりだった。

 僕はアルバムを手に取ると壁に叩きつけようとした。

 すると美少女ちゃんは一瞬だけ僕の手首を掴んで、ほんのり軽く引っ張った。

 するとアルバムは壁ではなく、ソファーにあったクッションへと投げつけられることになった。


「もうアルバムを直すのは飽きましたので、今の振る舞いはご容赦を」


 グッ!


 思い切り唇を噛みしめ僕は叫んだ。


「もううんざりだ!ありえない!!」

「もううんざりだ、ありえない」


「なぜ僕がこんな目に合っている!!」

「なぜ僕がこんな目に合っている」


「それに!僕が!!」

「それに、僕が」


「こんな女を好きなはずがない!!!」

「こんな女を好きなはずがない」


 重ねて・・・言葉を重ねられた。


 やはり・・・これも・・・パターン化されていた。


「坊ちゃま・・・申し訳ございませんが『無駄』でございます」

「新しいパターンでなければ、私は全てのパターンに対応できます」


「『十年』」


「315360000秒で一瞬たりとも『坊ちゃまのため』以外を考えたことはございません」


「だって、私は・・・愛するのために生まれて来たんだからね♡」


 色々話した。今日は『1日』、色々と話したのだ。

 その結果、もう夕方。

 日が落ちただけではなく、心も肉体も精神も全てが落ちそうだ。


 ”殺してやる”


 そう思った。

 この⁅変態⁆を殺せば何かが変わると思った。


 でも恐らく・・・


「「無駄」」


 もはや清々しくなるほどの絶望感が包み込む。

 何をしようとも・・・恐らく僕が美少女ちゃんにしようとする『何か』。

 その全てが通じないことを僕は察した。

 今日という『1日』。その『1日』だけに限り、彼女は『無敵』なのだろう。

 加えて・・・


「そろそろ、お夕食の時間だね」


 時間が襲い掛かってくる。

 美少女ちゃんは決して慌てない。

 何故か?それは答えを知っているからだ。


『お夕食を食べますか?』→『YES or NO』


 どちらの答えを聞いても後に待っていることはただ一つ。


再起動リセット


 今日と言う明日が訪れるのを美少女ちゃんは知っているのだ。それを僕は


『知らない』


 今日を知らない僕が、明日を知らない僕になるだけだ。


「どうなさいますか?」


 知らない僕と知っている美少女。

 知識は武器だ。その差が無敵差に繋がっている。


 覆せない。


 だから僕は知識という武器を持っている美少女に勝つために別の武器を手に入れる必要があった。それが・・・


『秘密』だ。


 夕食の訊ねに僕は「Yes」と答えた。

 洋食だった。

 椅子に座り、眼の前のテーブルにナイフとフォークがテーブルに置かれた。

 今日のメニューはハンバーグ。

 それを彼女が運んできて、テーブルの上に置こうとした


 瞬間


 僕はテーブルを美少女ちゃんに向かいひっくり返した。

 それを彼女は避けた。余裕の笑みだった。


「知ってますよ。そうすることも」


 余裕は油断になる。

 こうすることを知っていることは僕は分かっていた。

 そして恐らく、昨日までの僕はナイフを手に取って、この«変態»に斬りかかっていたことだろう。

 だから僕は、ナイフを手に取ると一目散にその場から逃走した。


 寝室へと逃げ込んだ。すかさずドアに鍵をかける。

 そして僕は、隠し持っていた本を服の中から取り出す。

 先ほど彼女がアルバムを眺めているときに隠し持ったモノだ。

 その本の中身は・・・『黒魔術』。


 僕は今日一日で、全てではなく、一部だけだが頭の中の霧が晴れて来ていた。

 9割9分ほど思い出せなかった記憶だが、唯一ハッキリと思い出せたことがある。

 どうして僕が記憶障害になったのかということだ。


 ―――十年以上前、僕は全てが嫌になっていた。

 優秀な兄妹に比べて僕は愚鈍であった。

 両親からは怒鳴られ、兄妹からは見下される。

 それが日に日に増していき、僕は『明日』怖くなっていた。

 今日より明日が、明日より明後日が、明後日より来週が、月日と年月が流れるごとに彼らからの視線が辛くなっていく。

 だから僕は探した。


『明日が来ない方法』を。


 そして試した結果・・・僕に明日は来なくなった。

 そして、それを今、リセットしよう。


 ドンドンッ!


 扉が叩かれる。

 美少女ちゃんが追いかけて来たのだ。


「どうなさったのですか!? なぜこんなことをなさるのですか!?」


 うるさい!


「私のことを好きなんでしょ!? 十年前のあの日、大好きだと言ってくれたじゃない!?」


 うるさい!うるさい!うるさい!!


「永遠に面倒を見て欲しいと!ずっとそばにいて欲しいとお願いしたじゃない!?」


 うるさい!うるさい!うるさい!うるさい!うるさい!!


「・・・・・・・・・・・!!!!!!!!」


 うるさい!うるさい!うるさい!うるさい!うるさい!うるさい!!!

 美少女ちゃんがドアを叩いて何かを叫んでいるが、僕は聞く耳を持たず、本を開いて必要なページへと手を伸ばすだけだ。

 ドア越しの美少女ちゃんなど知ったことか!


無視無視無視無視無視無視無視無視無視無視無視無視無視無視無視無視無視無視無視無視無視無視無視無視無視無視無視無視無視無視無視無視無視無視無視無視無視無視無視無視無視無視無視無視無視無視無視無視無視無視無視無視無視無視!!!


 僕は無視を決め込んで呪いを解呪するページを見つけ出した。


『呪いを解くためには自身の血を用いた魔法陣が必要』


 僕は迷わず手首を斬り、大量の血を用意して魔法陣を書き始めた。

 目がかすむ。

 死ぬ・・・いや、死んでも構わなかった。

 その覚悟が僕にはあった。

 死んでも、今日よりはだ。


 死ねば、死んだ明日が来るのだ。


 僕はかすむ目を開いて、魔法陣を書き綴った。

 あと一筆、それを書くための指が重い。


 ダメだ・・・・


 目の前が暗く沈みかけたその時、僕の指が動いた。

 それは・・・自分の意志ではなかった。

 だった。

 外にいるはずの美少女ちゃんが自分の手を使って僕の指を動かしていたのだ。


「―――さっきからずっと見てたよ・・・で」


 !?


「外にいると思った? 残念、合鍵でサササッと中にはいちゃった♡」

「合鍵なんていつも持ってるよ。僕くんとの鬼ごっこの時の必需品だもの」

「それにね」


『夕食時に私に向かってテーブルをひっくり返して寝室に逃げ込む』


「僕くんさ、意表を突いたつもりかもだけど・・・このパターン百回目だよ(笑)」

「ただ、今回の『黒魔術のために死にかける』は初めてのパターンかな」

「そこだけは褒めてあげる」


 ・・・


「―――僕くん、黒魔術に夢中で私が中に入るとき全然気づかなかったな~~~」

「部屋の中からドアをドンドンッて叩いても気づかないのは面白かったよ(笑)」


 ・・・・・・


「―――それはそうと、知ってたよ。僕くん」


 ?


「僕くんの『秘密』のことだよ」


 ・・・・・・・


「精神を病んで怪しげな本を読んで実行するなんて、とんだ「変態」さんだと当時思ったモン」

「第一発見者が私でよかったね」

「私、すぐに本を隠したんだ~~~褒めてくれる?」


 ・・・・・・・・・


「でも彼女である私に『黒魔術のことだけは覚えてる』な~んて『秘密』を隠してる僕くんは酷い彼氏さんだよ」


 ・・・・・・・・・・・・・


「だからさ~~~やっぱり私は思うんだよね」


「私はずっと、この先、一生、」



「私以上に僕くんに相応しい彼女はいないと思うんだ~~~~」


「そう思わない? 思うよね? 思ってくれるよね?」


「私のこと・・・好きなんでしょ? この・・・」


「へ・ん・た・い・さん」


「だから、素敵な彼女である私が、素敵なプレゼントをしてあげる」


「大好きな僕くんに永遠に終わらない『明日』をプレゼント」


「そして」


「永遠にお世話をする『私』をプレゼントするよ」


「大丈夫。そのために私も死ぬから。君のために犠牲になるよ。つまり」



「今から私も手首を切って大量の血で魔法陣をチョチョイっと書き直しておくから安心してね」


「じゃあそろそろお休み~~~~♪」


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・―――――――――



―――――こうして冒頭へと至るわけだ。


この物語は僕が『幽霊に取り憑かれる』物語。


そして


『幽霊』となった僕が『幽霊』に取り憑かれ、永遠に終わらない明日をお世話され続けるというオチ。


 僕の明日に『明日』は来ない。


 つまり僕と彼女は未来永劫・・・・・・・変態のままである。 



『幽霊はいつまでも〇〇のままである』


 完

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

幽霊はいつまでも〇〇のままである ダメ人間 @dameningen

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ