第41話 誰が何と言おうと聖女はシオリ

 中央施設は過去の人類が僅かに残った人類を生かすために、話し合いにより作られたもの。


 他にも同様の機関があったらしいが、数少ない成功例の一つ、その名も「天鳥舟」である。

 ほとんどをAIに管理させて、僅かな人類に正しい道を選ばせる為のやり直し。

 他の惑星への移住を考えたはいいが、健全だった頃の地球程、高環境の星は見つからなかった。

 だからこその進化。


 この中央の強化ガラスの空間に本来なら、自分は居た筈なのだ。

 それが意図せぬロック解除により、施設の出入り口が開いてしまった。

 勿論、何かあったときの為にそうなるようには作っていた。


 そこで行われていたのは、現段階の人類の遺伝子レベルでの検査。

 だからこそ、選ばれた者のみが入ることが許される。


「でも、俺が外に出された理由は……、なるほど。既にこの施設もガタが来ていたのか。」


 そこで翡翠の青年は半眼になって在るべき空間を睨みつけていた。

 隙間からわずかに何かが見える。

 真っ白な髪が見える。


 他の六人の聖女とは比較にならない程の真っ白な髪。


 そして。


「ゴメン。……遅くなった。」


 四カ月近くも放置してしまった。

 どういう顔をして良いのか分からない。

 有機体になってしまった弊害だろうか。


 密閉空間に四カ月も閉じ込められた彼女。


 その前で立ち尽くす、地上最強の有機体。


 そんな時。


「突っ立ってないで、早くこれを刈り取ってよ!もしくは切り取って!」


 その声に翡翠の男は目を剥いた。


 生きているとは知っていた。


 ただ、……怒っていると思っていた。


 が、やはり怒っている。


「分かってる。危ないからちょっと下がって。」


 やはり、彼女は奇跡の聖女である。

 そして、何より。


「あはは。やっぱりシオリは面白いやつだな。」

「なーに笑ってんのよ!ここにいたら、大体のことは分かったけども!ここまで待たせる筋合いないじゃない!」

「……いや、だってピッタリ三百年経つまで、俺は俺に気付かなかったから。」

「言い訳は聞きたくない。早く、私をここから出してよ!ドアが開いたってことは、外のロックを解除したってことでしょ⁉」


 先も言ったが、この部屋はただ一人の人間の代表者、もっとも進化した人間が事情聴取を受ける部屋。


 だから説明は色々受けたのだろう。


 でも、彼はそんなことはどうでもよくなって、必死に部屋の中に生えている木々を斧で切り倒していった。


「あ、あのさ。……大厄災の覚醒まで結構時間があったと思うだけど、よく生きてたな?」


 すると、暫くの間。

 沈黙。


「生きてた。意地でも生きようと思った。この部屋にイヅチの匂いがしたけど、イヅチは居なかった。……ってことで色々質問していたわけ。って、早く出してよ。」


 ガラスの中はいつの間にか木が生えていて、彼女の体のほとんどが取り込まれていた。


「えと。王宮に果物の種を植えたのはどうして?」

「あそこにイヅチが連れてこられることが分かっていたから。どうにかして果物を用意して貰った。……で、もしかしたらそれを見て、私を助けに来てくれるかもって一縷の望みで植えたの……でも、全然。来ないし。」

「いや、来たし。」

「遅すぎるのよ!……その為に……私は。私はぁぁぁぁぁ!もうー、早く出してよ。そして殴らせてよ!」


 大厄災も彼女にはたじたじだった。

 そして、漸くイヅチはシオリの救出に成功した。


「……やっぱ、度肝を抜かされるな。まさか、ここまで読んでいたわけじゃない……よな?」

「あの時はどういうトラップがあるかなんて、分からなかったからね。」

「さ、流石だな。……おし、それじゃあ無事を祈って、外に出ようか……な」


 ただ、彼の腕は細腕に掴まれて動けない。

 正当な聖女だから、彼のシステムが稼働しない、というよりも有機体のせい。

 そして。


「イヅチって一途って意味だっけ?」

「ち、違う……けど?」

「違わないわよね?」

「……う、うん。」

「だったら、私がプライドを捨てて、どうやってこの中で生きて来たか、知るべきだわ!」


 彼女はここに居過ぎたせいで、どうやらシステムに気に入られたらしい。

 そも、そういう設定が敢えて組み込まれている。

 タケミカヅチとは草薙の剣から生まれた神であり、道具としての側面もある。

 そしてその剣をふるったのは素戔嗚尊。

 彼は木々や山の神でもある。

 だから、農家なんてジョブが貰えたのかもしれないし、この地を開墾せよという意味で偶然つけられたのかもしれない。


「って、何現実逃避しているのよ。ねぇ、ねぇ、どうして私は生きてこられたと思う?ヒントは私の加護なんだけど?」

「それ……、答えないとダメ?」

「ダーメ。」


 更にタケミカヅチの嫁の記述は残っていないが、最終的には国津神の地上にいた女と結ばれたという記録も残っている。


 装置のくせにその辺を組み込んだらしい。

 滅んだ人類もそういう話は好きだったのかもしれないが。


「まーた現実逃避してる。」

「そもそも、有機体なんだから人間と変わらないんでしょ。人間と変わらないなら分かるわよね!」


 大厄災が一人の女性に頭が上がらない。


「え……、えっと。シオリに奇跡はどんな土壌も肥沃な土地に変えるという、この世界が待ち望んだ奇跡……だから?……って!痛い痛い!なんで、痛いの⁉」

「知らないわよ。それだけじゃないわよね!だってあの時、イヅチは種を植えてたじゃん!さぁ、答えて!種はどこから来たの?」


 色んな説明はつく。

 この子の力は人類を救うもの。

 そして、何より面白い。

 それをカヅチが心から思っているから、彼女に対しては何もできない。


「……果物……の種。えと、どんなものでも良い土壌に変える力……。その……種の消化ってあれ……だから」

「さっき笑ったのって、それが分かってたからよね⁉」

「え……、うん。」


 頬をつねられる。

 散弾銃で上半身が破裂した時よりもずっと痛い。


「だけじゃないわよね。前から言ってたじゃん。天候魔法はないって!」

「……天候魔法というより、天鳥舟による障壁によって無理やり作っていただけだっ——」

「って、そんなことはここで聞いたから!あたしが言いたいこと、分かるわよね!水がいるよね⁉」


 彼女の奇跡は炎を出したり、聖なるクリスタルを出したり、体を治癒したり、人を傷つけるものより、遥かに優れている。


 どんな土地でも肥沃な土地に変えてしまう。

 しかも、彼女はそれを使いこなしていたから、この死と隣り合わせの状況で更に覚醒したとして……


「まさかの無限機関。奇跡がどこから来ているのか、見当もつかないけど。人類が結局果たせなかった夢、無限機関の実現。おめでとう、シオリ!——って!痛いから!っていうか、ほんとゴメンって!」



     ◇



 結局、三時間正座させられて、俺は許してもらった。

 本当に、シオリには敵わないと思った。


 あの時、人類が彼女の価値に気付いていれば、正しい未来を選び取れたかもしれない。


「この施設は何度もエラーが起きたから、流石に壊れてしまった。」

「ってことは、ついにこの地は人が住めなくなるのね。」


 ミカドと呼ばれた壊れた施設の上から地上を見下ろした。


「直ぐには来ない。まぁ、コロンなんかは直ぐに来るけど、ジワジワと終わりは近づくかな。……だから、俺は敢えて誰もを黄泉の国に送らなかった。……あぁ、シオリを殺そうとしたやつだけは勢いで黄泉送りしたけど。」

「ふーん、いい気味ね。でも、聖女様たちは大変そう。」


 どの国でも暴動が起き始めている。


「クリスティーナを許すな!ベルモンドを許すな!」


 そんな声がわずかに残った施設から聞こえる。

 携帯電話を持ってくれているから、はっきりと状況が分かる。


「それで、どうするの?」


 と、シオリが心配そうに聞いてくる。


 だから、一つだけ気付いていることを彼女に話す。


「既に俺はただの人間になっているらしい。で、その前にちょっとだけ分かったこと。天鳥舟は元々三千年で機能を失うように出来ていたらしい。そして人々は間に合わなかった。それだけ……」

「それじゃあ……」


 ただ、もう一つ。

 シオリとイヅチの時に、遺伝的データから適切な職種につけさせるシステムは機能していた。


 その後はどうも胡散臭いのだが。


「うーん、基本は滅亡。……でも、希望は残ってる。……多分、ジョージとリンダが我が物顔してると思うけど。シオリの力が残った地。そして……俺が耕した土地。」

「雨は降らないっぽいけど?」



 ——三千年で機能不全に陥ったのか、それとも三千年で惑星が多少安定すると人工知能が演算していたのか。


 今のイヅチには分からない。


 それでも。



「えと、シオリ。俺と——」

「イヅチ。私と一緒にがんばろ。畑を耕すのよ。いつか雨は降るし、その雨がおかしくてもどうにか出来る。……だから」

「俺と」

「私と」


「のんびりいこ!」



 人が移り住む計画の9割以上は失敗だった。


 でも、もしかしたら。


 聖女の奇跡がいつか。



 畑を耕していると、遠くから幽霊のような何かが歩いて来た。


 薄汚い女が、ここ、大陸の北東部に漸く辿り着いたのだろう。


 そして、その女はそこで倒れてしまった。


「お願い……です。この子に……何か食べるもの……を」


 隠れ里にどうにか辿り着いた女。


 名はクリスティーナという。


 彼女はどうやら一人は出産していたらしい。


 彼女は、一体誰の子供か分からない小さな存在を村の誰かに手渡して、そのまま息を引き取った。



 そして、その子供は——


「で、結局、世界は救えなかったってことねー。」

「その結界ってのが壊れたんだから、そういうことだろう。」

「ツッチー。僕たちはギリ生き残ってるけど、本当に大丈夫?」


 そんな不安は未だに消えない。

 ただ。


「あ!イヅチ!あれ、雨雲じゃない?」


 三千年で、一度は人類は1000万人くらいになっていた。


 けれど、今はたったの1000人。


 99.99%が死滅した世界から、新しい人類が文明が生まれてくるかもしれない。



 少なくとも、私は子宝に恵まれたから、その第一歩かもしれない。


 あ、勘違いしないでほしいけれど、その十人は全員、緑の髪色をしている。


 だから、私は今までの聖女とは違う。


 これだけは間違いない。

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農家と聖女は世界を救わない。 綿木絹 @Lotus_on_Lotus

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