第6話 ドラゴン狩り2

「私は正面から向かうわ!」

「オーライ。俺は、お前のサポートすればいいんだな?…出し惜しみは無しだ。『凍てつき、燃え尽きろ』!」


 真っ黒なオーラを見に纏った魔夜は、抜刀してバハムート目掛けて走って距離を詰める。

 紫苑も、魔力を即座に練り上げ魔術回路を経由して無数の"氷の槍"と"炎の槍"をそれぞれ空中に展開しながら魔夜に続く。

 全力で挑まなければ、あのバハムートの白銀色の鱗を突破出来ないと踏んで、だ。

 空を飛ぶバハムートは、様子見をしているのか翼をはためかせながら滞空状態を維持しているが魔夜が予想よりも"早く"距離を詰めてきた事に驚き、右手の鉤爪で魔夜の一振を受け止める。

 ガキンッ、と金属音同士をぶつけたような甲高い音が鳴り、周囲にはお互いの攻撃の余波で力強い風が吹き荒れる。


「お前は異能者か……中々、筋の良い太刀筋だな。確か、お前のように瞬間的に距離を詰める歩法が人間にはあるようだが」

「縮地の事かしら?初手で使われたら厄介でしょ?ほら、お代わりよ!!!」

「…確かに厄介だ。距離を見誤れば防御も難しい。だが、そんな剣術のみの一辺倒では―――むぅ…っ!?」


 バハムートは、魔夜の初手で使った攻撃方法が珍しかったのか楽しそうに頷く。

 バハムートの目には、射程圏外から一瞬で射程圏内の位置まで目の前の少女は近付いてきたのだ。魔術師の家系で育ったバハムートには、ノアのようなタイプの人間しか見た事がなかった。他にも、戦った事はあるが異能者が異能を"使わず"に戦ってくる事など珍しい。

 興味深く魔夜を見つめながら、次々に振るわれるタイミング"狂う"攻撃を両手の鉤爪でいなしていたが、頭上に膨大な魔力の集まりを感じる。


「おいおい、バハムートちゃんや。俺の方も見てくれよ」


 魔夜との戦いに興じていたバハムートだが、身の危険を察知して翼を大きくはためかせて離脱すると、元々バハムートが居た地点に無数の槍が降り注ぐ。

 紫苑の魔術による攻撃だった。次々に魔力を練り上げて、頭上からの槍は一撃一撃が重かった。その証拠に、バハムート目掛けて狙った攻撃は空を切り、地面に衝突して僅かに地上が揺らいだ。直撃しなかったが、地上にいたノアは思いがけない揺れにバランスを崩して、よろめく。


「足元はガラ空きだぜ、ノアちゃんよぉ!」


 再度作り上げた無数の槍を、ノアに照準を向ける。

 だが、その瞬間、殺気が紫苑の背後から襲いかかってくる。


「紫苑!」


 魔夜が思わず声を上げる。

 正面で目視している魔夜とバハムート、ノアの方向以外からの攻撃に紫苑は、言われるまでもなく気付いていた。


「分かってる!」


 咄嗟に足元に魔力を練って、紫苑は地面から氷の足場を作って横っ飛びで躱す。魔夜もバハムートを"蹴り上げる"と、そのままその場から回避する。

 紫苑や魔夜達の立っていた辺りを、巨大な鉄球が通り過ぎる。

 直径はおよそ1m弱。とてもじゃないが人間は勿論、バハムートも直撃すればタダじゃ済まないだろう。

 鉄球は一度失速して地面に落ちるが、再び意志を持ったかのように今度はノアへ牙を剥く。

 勿論、黙って食らうような二人ではなかった。バハムートがノアの前に立ち、巨大な左足で鉄球を踏みつける――――だが、紫苑達以外からの攻撃は止まなかった。

 周囲のギャラリーから、一斉に複数の影が飛び出してくる。

 レイピアを携えた騎士風の少年、杖を持った少女、弓を引き絞る少年―――いずれも不知火の生徒だった。

 レイピアを持った少年が正面から、他2人は左右に展開して場所を広く取りながら挟み込んでくる。ターゲットは紫苑や魔夜ではなく、バハムートだ。


「バハムート!」

「了解だ」


 ノアの指示に、バハムートは頷く。

 ノアの全身に浮かび上がる魔術回路を通して、魔力は瞬時に魔術を発動し、そのままバハムートの全身に魔術回路が浮かび上がる。

 どうしろ、と具体的に命じた訳では無いがノアの意図を的確に察して、飛び乗るノアを抱えてそのまま上空へ飛翔する。

 飛翔の途中で、ノアは拳程度の火球を三つ頭上に作り上げると3人に向かってそれぞれ投げ付けていた。


「死んで!」

「「「――――うぐっ!?」」」


 見た目は野球ボールサイズであれど、直撃すれば痛いらしい。三人はピンボールのように吹き飛んでいき、気絶する。


(やるな…バハムートの戦闘力もだが、ノア自身も魔術による攻撃手段を持ってる。一体、どんな魔術なんだあれは…)


 彼女のようにペット―――この場合、バハムートを魔術や異能用いて使役する戦闘スタイルを『調教師(テイマー)』と呼ぶ。

 基本的にテイマーは、直接戦闘力はほぼ皆無であり使役するペットに戦闘力は依存する。

 だが、彼女はバハムートを巨大化させる魔術を使いながら、火球を奇襲してきた生徒に投げ付けていた。

 魔術師というのは、本来一属性の魔術しか使えない。火属性の魔術適正なら、火属性の魔術のみ。水属性の魔術適正なら、水属性の魔術のみ使えるという形だ。

 紫苑は、炎と氷を操る魔術を使うが、それでさえ極めて"特殊"である。

 全く違う魔術の系統を同時に操る人など存在しない。中には、その常識の理から外れた人もいるが、まだ15歳の若さでありながらその域に到達する者など一人しか紫苑は知らなかった。


(氷華さんにまた聞いてみるしか無いか…あまりにも彼女の戦闘スタイルは"異常"だ)


 紫苑は、そう内心で決め込むがその間にも細心の注意を周囲に払ってる。

 紫苑の鍛え上げられた動体視力は、"新手"の動きを捉えていた。

 魔夜も気付いたのか、紫苑とアイコンタクトをするとすぐに紫苑の元へ駆け寄る。


「これで終わりだと思うか?」

「そんな訳ないでしょ…6人かしら?」

「いや、7人だな。俺の"鳥"越しでも7人見つけてる」


 突然の襲撃に混乱する周囲のギャラリーの中で、攻撃意志を持ちながら、隠れて行動しようとする輩が複数人いた。

 紫苑と魔夜で感知した人数に差があるが、紫苑は索敵する手段が目視以外にある。氷で出来た金糸雀(カナリア)だ。一度魔力を流し込めば、流し込んだ分の魔力が消えるまで紫苑の意志に従う擬似生命体のようなものだ。

 ノア達に喧嘩を売る前に数羽、周囲からの邪魔を察知するように放してきたのである。

 それから間もなく、輩達は攻撃行動に移った。

 人だかりから飛び出したのは、5人。全員が魔術回路に魔力を流し込んだり、異能を発現させながら空を舞い様子を伺うバハムートに襲い掛かる。

 最初に攻撃を仕掛けたのは、木刀を握った少女だった。横薙ぎの一閃は空中を舞うバハムートには、掠りもしなかった。だが、彼女の振った剣筋から舞い降りた桜の花びらを撒き散らしながら、暴風の一撃が離れたバハムートを襲う。

 更に、地上にいた魔術師の少年の魔術に合わせてバハムート目掛けて落雷が襲う。流石に、視覚外から突然の落雷には対応できなかったのかバハムートに直撃して、バハムートはノアを抱えながら地面に叩き付けられる。

 そこへ、異能者が三人バハムートに襲いかかる。一人が燃えたぎる巨大な火球を叩き付け、一人が続けざまに叩きつけた位置に強烈な冷気を送る、そして最後に異能で身体強化した膂力でバハムートを殴る。

 バハムートは苦痛からの咆哮を上げる。白銀の鱗は一部が剥がれ落ちて、痛々しい肉の部分が見えていた。

 ―――学年上位者と言えどこれだけの人数に襲われれば敗北か。

 ―――リンチにも近いが不知火高等学校だしな。

 周囲のギャラリーも内心で、そう呟く。

 その間にも、彼らの攻撃は止まない。このままでは、バハムートだけでなく、ノアも殺される。


「お前だけでも…逃げろノア」


 口からも僅かに血を流すバハムートが、周囲からの攻撃から身を呈して守りながらノアにそう諭す。

 現状、ノアに勝ち目はないだろう。バハムートの白銀の鱗は打撃や斬撃などの衝撃に強いが、熱の変化に弱い。火を操る異能者と冷気を操る異能者に交互に異能を使われ続ければ、バハムートの鱗は崩れ落ちてしまう。

 バハムートの鱗の弱点に早くも気付いたのは、ノアにとって予想外だがそれよりも今この状況を打開する手が欲しかった。


「私が生身で戦えばバハムートは助かる?」

「いや、無理だ…翼も感覚が無くなってきた。だが、絶対にお前は我に魔力供給を怠るな…元の姿になったら、お前は間違いなくあいつらに殺される…」


 止まらない攻撃に耐えながらバハムートは翼を動かそうとするが、ピクリとも動かない。このままでは、本当に詰みだった。

 思わずノアは舌打ちをしようとした瞬間、ぶんっ、と空を切るようにして5m近い巨大な鉄球が飛んでくる。


「――――っ!?」


 それはバハムートごとノアの命を刈り取るように、凄まじい破壊力を秘めながらバハムートに直撃--




 -----しなかった。


「…何の真似?あ、貴方の仲間じゃなかったの?」


 冷ややかな声で、だが同時に延命した事に安堵の声を漏らしながらノアは問う。

 紫苑は"背後"の問いかけに無視して、一緒に"止めている"相方に言った。


「魔夜、"予定変更"だ」

「OKよ。ドラゴン狩りより、私もチンピラ狩りしたかった気分なの」


 紫苑が地上から出てきた氷壁で鉄球を"受け止めながら"、魔夜は先程までのバハムートやノアに向けていた獰猛な笑みから、見る者を凍てつかせるような無表情で鉄球を"斬り捨てた"のだった。

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トリカゴ〜魔術と異能の二重奏〜 @TOILEE

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