第5話 ドラゴン狩り1

「おい、入学早々決闘だってよ!しかも相手は一桁台の『白銀龍の寵愛』だ!」

「どこの馬鹿だよ!?『白銀龍の寵愛』って確か、一年の魔術師の中で1番順位高いだろ!?」

「ったく、どこの命知らずなんだよ。…なんだって?『破滅的な少年』?そんなヤツいたか?」

「今年の最下位だよ!一応、『黒閃の剣姫』も付いてるらしいが」

「あいつか……なんで36位と134位が『白銀龍の寵愛』と決闘することになったんだ?」

「噂じゃ『破滅的な少年』が自ら喧嘩売ったらしいぜ!新一年生最初のドンパチはワンサイドゲームで終わりそうだが、面白そうだ!見に行こうぜ!」


 一瞬で噂は広まり、生徒達はぞろぞろと集まって来る。

 中には、二年生、三年生の生徒も混じっており一気に喧騒は賑やかになる。

 内心注目される事にむず痒く感じながら、紫苑はあくまで冷静に、そして獰猛な笑みで周囲の視線を無視する。


「噂通り狙われるんだね。まあ、私は強いから仕方ないけど」


 首根っこを掴み宙吊りにしていたトカゲを肩に乗せて、ノアはため息をつく。


「で、あなたは馬鹿なの?」

「俺は確かに馬鹿だな。だが、自分の実力は弁えてるつもりだ」

「ふふっ、自信満々だね。それで、あなたは何位なの?」

「134位だよ。俺が付けられた魔術師の識別名みたいに"破滅的な"順位だ。横にいる魔夜も悪くはないが、お前からしたら格下な36位だ」


 どっと周囲から笑いが起きる。魔夜は、悔しそうに日本刀に手を掛けながら睨むが、紫苑は浮かべた笑みを維持したまま、嘲笑を聞き流す。

 一方、ノアは紫苑の言うことが理解出来ずぽかんとした。形の良い唇をパカッと開き、全身の魔術回路に魔力を流し込む。

 白銀の魔力はノアを包み込み、余波で周囲にも暴風が吹き荒れる。


「呆れたよ。そんな順位二人で私と組むか、勝とうとする訳?死にたいの?焼き払って……」


 ノアはそこで、口をつむぐ。

 あれだけ高密度の魔力の波をぶつけられても、二人は一歩たりとも―――――否、指1つすら動かさなかったのだ。

 正確には、ノアの魔力の余波を紫苑が出した白色と赤色の魔力の余波で相殺したのだ。周囲には白銀、白色、赤色の魔力の行き場を失った粒子が雪のように舞っている。


「笑えばいいさ。事実、俺はこの国の評価基準では今年度最下位だ。その事実は揺るがない。だが、そこに居る俺たちを笑った奴らよりも、自信持って勝ると断言出来るものがある」

「なんだろうね……危機管理能力の薄さとか?」

「私達は貴方に一度もビビってないわ」


 魔夜の鋭い言葉に、周囲で湧き上がっていた嘲笑はピタリと止む。

 ノアが周囲を見渡すと、誰も彼もが、ノア達から視線を逸らしていた。

 そうなのだ―――――ここにいる人の大半は、ノアに戦いを挑む事すらしていない。負けるのが分かっているからだ。

 順位という1つの判断基準の前では、彼等はノア達上位者を遠巻きに見る事しか出来ない。

 戦う前に負けを認めている、敗北者達。


「……口は上手いみたいだね。それとも、やっぱり危機管理能力が薄いのかな?」

「おいおい、俺達は危機管理能力はピカイチだぞ?なぁ、魔夜?」

「ええ、毒を盛られる前に毒に耐性付けたり、寝る前にベッド下に置いてあるかもしれない小型爆弾を探し当てることが出来るくらいには危機管理能力高いわよ?」

「そういう事を言ってるんじゃないんだけど……てか、どちらも非合理的だったり非日常的過ぎて必要性に欠ける能力だよ」

「何を言ってんのよ!!!嫌でも身に付いちゃうのよ!氷華姉さんのせいで紫苑の夕飯に媚薬盛られたり、私が紫苑の部屋に夜這いする想定で烈火姉さんに私に反応して爆破するプラスチック爆弾作られたりして!こっちも、好きで身についた訳じゃないのよ!!!」

「お前は何を言ってんだ!!!てか、お前が変な気を起こさないように、あの人達はありとあらゆる策で、お前の邪魔してくるんだからな!!!」


 慌てて紫苑は魔夜の口を手で塞ぐ。だが、その甲斐もなく、ノアはゴミを見るような目で紫苑を見た。


「命知らずなだけじゃなくて、色んな女を取っかえ引っ変えして遊ぶ変態なんだ。最低な変質者だよ、この犯罪者予備軍!」


 本来、紫苑は冷気に耐性がある。しかし、同世代の女子から向けられる冷たい侮蔑の眼差しはキツかった。

 あまりの冷たさに、今すぐ氷華や烈火などのイギリスに置いてきた恩人達の元へ帰りたくなった。それか、暗い部屋の隅っこで、膝を抱えながら泣きたい気分だ。

 だが、今はそんな時ではない。


「魔夜とかいう女子だけならともかく、あなたみたいな変態なんかと組む気は無いよ!私は、この世の中の為に変態(ゴキブリ)を熱消毒して殺すよ……暴れなさい!バハムート!」

「我はゴキブリ掃除の道具では無いのだがな…」


 その瞬間、ノアの肩に乗せていたトカゲ―――バハムートが唸りを上げながら跳躍した。

 小動物サイズのバハムートは、ノアの白銀の魔力を浴びると見る間に変貌する。眩い白銀の魔力―――――光り輝く魔力がバハムートを包み込み、その中から白銀に覆われた手足が、爪が、翼が生えてくる。

 やがて、魔力による光の奔流が収まると、そこにあったのは全長は10mを超える巨躯な肉体の白銀のドラゴンだった。

 単に大きくなった訳では無い。翼も生えており、角も生えている。まるで、御伽噺に出てくるようなドラゴンである。


(ドラゴンの成長速度を加速したか?いや、なら戦闘後も元に戻る筈ない……成長レベルを自由に操れる魔術?なら、ドラゴンを使わずにノア自身を強化した方がいい。それに、その理論なら不老不死にも利用できそうだし禁術になるだろうし…)


 紫苑は目を見張った。

 今まで変形する武器、肉体の一部を強化する魔術や異能は見てきた。だが、ノアの魔術回路は複雑であり、同じ魔術師の紫苑でも解読できなかった。

 何よりノアは高順位の魔術師だ。そんな彼女の魔術である。紫苑は、彼女自身が魔術を使ってメインで戦うものだと思っていたのだ。ドラゴンを操ると事前情報は仕入れていたが、まさか本物の巨大なドラゴンと対面する事は想定していなかった。

 じゅるり、と舌なめずりをする竜の口から、吐息代わりの魔力が溢れ出ている。

 バハムートは、背中に生えた羽を操り飛びながら咆哮をする。すると、大気が震え、突風が吹いた。

 ノアはバハムートに魔術回路を通して魔力を注いだだけだが、バハムートは準備万端とばかりに力が漲っている。

 これが、同じ学年の高順位者の実力。複雑な魔術式と他者を威圧する魔力を持った龍ケ崎乃亜の実力だと知る。

 だが、それは分かっていた。












「こっちも行くぞ魔夜!」

「ええ、行くわよ紫苑!」


 獰猛な笑みを浮かべた二人は、それぞれ魔術と異能を発動してドラゴン狩りを始めるのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る