第4話 押し売り営業
その一日前のこと。
夕刻、入学試験を終え、第一学年の校舎の薄暗い廊下の中で、紫苑はわなわなと一枚の紙を握りしめて震えていた。
「134位中134位だとっ…!?」
強く握り締められた一枚の紙は---入学試験の成績表である。
不知火高校に到着した翌日、新入生全員が一斉に入学試験が行われた。正確には、入学自体は殆ど確定しているのだが、稀に入学する資格すら無い者も現れる為に、教師達も生徒の実力を把握する意味も兼ねて行われている。
試験官からの反応は終始冷ややかだったが、数字で見せられると、実際精神的なダメージはデカい。
「そんなに落ち込む事無いじゃない。入学時点での順位なだけだし」
にこり、と優しく微笑む魔夜。そんな彼女の右手には---"36位"と書かれている成績表が握りしめられていた。
「紫苑が血反吐を吐くような努力で修行してた事を私は知ってるわ。今回の入学試験は、筆記試験や口頭試問による座学のみ。紫苑が本領を発揮するのは、実技でしょう?」
だが、魔夜のフォローは虚しく、紫苑は更に項垂れてしまう。
「悪いな…あんな意気揚々とカッコつけた事言ってこのザマだ」
「どうして謝るの?まだ、スタートラインに立っただけじゃない」
「お前は『魔女の懐刀』と呼ばれたミカさんみたいに、しっかりと成績を残してる。自分の生まれた境遇の中で、しっかりと自己研鑽に務めていたからな。そんなお前の相棒が、こんなアホみたいな成績じゃ俺は情けない。何より---」
「そんな事ないわよ。紫苑が座学が苦手なのは、師匠があんな"脳筋"なのが悪いわ。まぁ、あの人は座学を感覚だけでマスター出来てるけど」
「氷華さんに合わせる顔がない!!!」
先程まで柔らかい笑みを浮かべて慰めていた魔夜が、ピクリと固まる。固まったまま表情は、みるみるうちに抜けていきゴミを見るような目で魔夜は紫苑を見る。
「あれ…魔夜?なんでそんな突然、ゴミを見るような目で―――ま、待てっ!話せば分かる!」
「氷華、氷華、氷華……いつも氷華姉さんの事ばかり!!」
魔夜は無表情のまま、紫苑に斬りかかろうとする。どうにか、紫苑はバックステップでギリギリ避けるが避けなければ今頃、魔夜の足元には生首が落ちてただろう。
「身の程は分かったか?『破滅の魔女』の弟子のビッグマウスの坊主」
突然、横から誰かが二人の会話に割り込む。気配に気付けなかった魔夜は、その声に反射的に日本刀を振るう。
だが、触れれば命を刈り取る一閃は声の主には届かなった。
紫苑を庇うようにして、魔夜と紫苑の間にいつの間にか長身の筋骨隆々の男性が胸の前で両腕を組んで立っていた。ただ、腕を組んで立っているそれだけで彼女の攻撃は防がれたのだ。
「「んなっ!?」」
思わず紫苑と魔夜の驚きの声が重なる。
魔夜の居合い斬りは音速を超えるのだ。そんな神業の領域にまで達す一閃は、首筋を捉えているが微妙に男性を覆う眩い赤色の光のようなもので防がれている。
短く刈り上げた黒髪、190を超える身長。一般人が知り合う教師と違い、身に纏う黒色のスーツの上からでもその肉体が鍛え上げられていることがうかがえた。
だが、紫苑はこの男性に見覚えがあった。試験官を務めて紫苑に、冷ややかな視線を浴びせてきた人物だ。
「異能者の破魔慎三(はましんぞう)だ。異能者として識別名は『破魔矢』。残念な事にお前達の担任になってしまった」
「それはご丁寧に。これから、よろしくお願いします」
「……よろしくお願いします」
一応、挨拶する紫苑。
魔夜は一閃を防がれた原理が気になるのか眉をひそめていたが、紫苑に習って慌てて挨拶をする。
だが、破魔はニコリとも笑わない。
「わざわざ魔術師の総本山であるイギリスからの長旅ご苦労だったが、その数字が現実だ。死ぬ気で勉強すれば3年間くらいは延命出来そうだ。特に俺の講義はオススメだ。異能分野に関して複数の講義を持っている。3年間フルで出席すれば12単位は獲得出来る。もっとも、イギリスで人生の半分過ごした不味い飯ばかり食べてる日本人かぶれに、俺の講義が分かれば、だがな」
「その発言は教師として失格では?差別発言に捉えられても文句言えないと思いますが?」
「俺は、男女平等博愛主義の塊だ。どれにも興味が無いからな。俺が評価するのは、"腕っ節"とそれを活かす"高度な知力"だけだ。どちらか片方だけは嫌いだ。何故なら、早死するからな」
「世界の博愛主義者達もびっくりの理論ですね」
「お前達の所属は、二人とも第四校舎だ。四クラス中、何故か問題児ばかりが集まるクラス。馬鹿(しおん)と雑魚(まや)にはお似合いの校舎だ。だが、幸か不幸か俺は面倒見がいい。お前達の寮は隣合わせの部屋にしておいた。話は以上だ」
「待ってください"ハマヤン"教官。そんな、面倒見がいい教官を見込んでひとつ聞きたい」
「俺はこう見えて多忙の身でな。早く家に帰りたいのだが」
「手っ取り早く順位を上げるのにはどうすればいいんですか?俺は焔光の宴に参加したい」
立ち去ろうとしていた破魔は、思わず足を止める。
「知らない訳ないだろう?四半期に一度行われる定期考査。ここで順位を上げるしかない。そんな順位では焔光の宴にも参加出来る可能性は無い。お前の知識では、成績上位者には逆立ちしても勝てないぞ」
「おまけにこの敷地を跨いだからには、課外授業等で死亡することすらある-----死亡して順位が繰り上げでもしてくれないと上がれないかもしれない絶望的な環境ですよね?」
紫苑は自虐的に笑って、揶揄するように言った。
じろり、と破魔の目が紫苑に向く。
「この高校は世間一般の凡人共が通う高校とは違う。魔術や異能を行使して、級友や任務先でドンパチするんだ。三年間そんな環境にいれば、一部の非凡を除いて死ぬだけだ」
「なら、その全ての脅威に勝てばいいんですよね?」
破魔の目が大きく見開かれる。元々鋭い視線は更に鋭くなり紫苑を値踏みするように上下する。
「何故、順位にこだわるんだ。焔光の宴に出なくても、生き残れれば卒業資格がある。卒業資格だけで、その後の進路は充分あると思うが?」
「決まってる。強くなる為です」
「望みはなんだ?富、名声、力のどれに固執する」
「そんなものに興味無いです。俺は目的を達成する為にここに来てる。成績上位になれば、リストアップした物達はいやでも手に入る」
「確かにな。焔光の宴に参加出来れば、将来の成功は半ば確約されたも同然だ。以前のようにイギリスに戻って『破滅の魔女』の下で働くも良し、日本に腰を据えるも良しだ。だが、恐らくお前の目的は富や名声の類ではなさそうだ。何が目的でこの高校へ来た?」
紫苑は答えなかった。ただ、目をそらさずに破魔の目を見つめ返してくる。
その沈黙をどう受け止めたものか、と破魔は頭を掻きながら考えていたが、
「これは、暗黙の了解みたいなものだが……この高校の目的は同世代の優秀な魔術師や異能者---世界に向けた"交渉材料"の発掘だ。もっとも他国への交渉へ使えるカードを選定する為のもの。徹頭徹尾、実力主義の世界だ。日本独自の判断基準に基づいて作られた順位が上の者が、下の者に"実力"で負ける事などあれば」
秘密を仄めかすように、声を低くする破魔。
「頭でっかちなだけの"ガリ勉"と実力ある"馬鹿"の評価を再度改め直さないといけないな」
「ほほぅ……それはいい事を聞いた」
「精々、頑張るんだな……『破滅的な少年』」
皮肉な笑みを残すと、破魔は赤色の光に覆われていく。
そして、数秒の後に無数の粒子を弾き飛ばしながら消えていく。残った粒子は全て霧散していき、残ったのは不敵な笑みを浮かべた紫苑と、紫苑と破魔の会話を後ろで聞いていた魔夜だけになった。
「なんだか不気味な人だったわね…」
日本刀をしまい鞘に納めた魔夜は、自分の攻撃を防がれた事が不満なのか眉をひそめながら呟く。
「ああ、だけど悪い人でも無さそうだ」
嫌味な言い方や見下す言い方ではあったが―――否定はしなかった。
口では紫苑の事を馬鹿にしていたが、頭ごなしに行動自体を無理矢理否定はしなかった。
「むしろ、いい人かもな」
「紫苑…もしかして、そっち側なの!?」
氷華と男にしか興味無いのか、と愕然とする魔夜は無視して、紫苑は破魔の言葉を思い出す。
(自慢じゃないが俺には知識がない……俺にあるのは、魔術だけ)
座学で順位を上げれる可能性はかなり低い。勉強すればいずれ上がるだろうが、それは他も一緒だ。
ならば、紫苑に可能性が1番あるとすれば-----
顎に手を当てて黙り込む紫苑を心配した魔夜が、紫苑に顔を寄せる。
「氷華姉さん達に助言求める?」
「いや、氷華さん達の手を借りるまでもない。俺とお前が一緒に焔光の宴に参加する為の選択肢は一つだ」
紫苑は苦笑する。
自分の事を馬鹿だと思う紫苑でさえ、これは"効率的"では無いと分かる。だが、同時に"最短"で"高確率"で焔光の宴に参加する為の順位まで上がれる。
「焔光の宴に参加する為に、一先ず射程圏内の20位辺りを目標にする。それは、確定事項だ」
「でも、何か考えがあるの?」
「ヤクザになるんだよ」
「何かクスリでも売り始めるってこと?」
首を横に振る紫苑。
獰猛な笑みを浮かべた紫苑は、魔夜に計画を伝える。
「実力で"押し売り営業"するんだよ。戦わずに俺達の仲間になるか、ボコボコにして高校側に順位の再計算を求めるんだよ。仲間になれば、更に順位上の人間に喧嘩売れるしな」
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