ドラゴンを狩る者

第3話 私に喧嘩売るとどうなるか教えてあげる

 舗装された道路が1つ、高校の敷地を北西に走っている。

 通称―――娯楽通りと呼ばれるこの道には、許可を得た露天や店が所狭しと並んでいる。

 不知火高等学校には入学式などない。校長の意向というのもあるが、それ以上に校風独自の制度による"面倒臭さ"が強い。その為、道路の各地には同世代の生徒達が既に早くもコミュニティを形成して、入学式もなく暇を持て余した生徒達は仲良いグループを形成して親睦会と称して遊びに出掛けていた。

 快晴の青空の中で、学生達によって道路の至る所にある露店やレストラン等で賑わっていた。

 だが、その賑わいも唐突に静まる。

 怯えたような緊張感が走り、学生達はぞろぞろと道を開ける。

 彼等の怯えた視線の先には、金髪を靡かせた一人の少女が開かれた道を堂々と歩いている。

 芸術品のように整えられた端正な顔立ち。適度に鍛えられた健康そうなプロポーション。100人が目を向ければ、100人が振り向くと断言出来るほどの絶世の美女だが、不機嫌そうな仏頂面と周囲を威圧する魔力を放っているからか台無しになっていた。

 彼女の腰には、丁寧な作りで作られた白色の杖が魔術に使う杖が提げられている。

 そして、彼女の頭上には白色の鱗を持ったトカゲが乗っており、その異質さも彼女が怯えた視線を周りから向けられる原因だった。だが、そのトカゲには頭上に対を成す禍々しい角が出ており、ただの"ペット"ではない。


「まるで、モーセが海を割った時みたいだ」


 頭上のトカゲは、舌を出しながら金髪の少女に言う。意外に可愛らしいソプラノ声だ。

 トカゲの言う通り、彼女に遅れて気付いた生徒達も急いで道を開け、進路がきっちり無人になっていた。


「皆、お前を恐れてるみたいだな」

「ふっ、いつもの事だよ。私に脅えて道を開けてる時点で、焔光の宴に参加する資格なんて無いに等しいよ。世界には、私より強い人なんて五万といるんだよ?」

「いつもの事、か。面白いことを言うものだ。入学初日に、寮から出て数分経たずに人間を問答無用で蹴散らしたお前が言うのは実に面白い」


 その時、店から出てきた男子生徒が金髪の少女にぶつかる。男子生徒はヘラヘラしながら謝罪しようとしたが、ぶつかった相手を見て腰を抜かす。


「ひいぃぃぃ!!!焼かれる!」

「………お望み通り、焼いてあげようか?」

「ごべんなざぁぁぁい!!」


 慌てた周囲の生徒達によって引き摺って、男子生徒は引き摺られて姿を消す。

 彼女はすぐに戦闘が起きてもいいようにと、右手に"火球"を出していたが、呆気ない幕引きに仏頂面に更に拍車がかかる。


「理不尽だよね。ぶつかっておいて、あんなにビビられたら何も出来ないよ」

「まるで"魔獣"の我よりも、お前と目が会った瞬間、"魔獣"に出会ったような反応をしてたな…」


 我はこんな子に育てた覚えは無いんだが、とトカゲは彼女に聞こえるようにボヤく。

 トカゲの言葉に更に不機嫌さを増した少女は、右手の火球を霧散させるとトカゲの首根っこを掴んで宙吊りにする。


「不思議だよ。なんであんなに怖がるのかな」

「お前がとても気が短いからだ」

「朝のアレは事故だよ。いきなり肩触ってきたから」

「朝飯の誘いだったみたいだが…それなら、袋叩きにした後に、土下座させたのは?」

「レディは朝に弱いんだよ。気持ちよく朝を迎えようとしてたのに、邪魔した報いは受けてもらわないとね」

「決闘した際に起きた衝撃で息を潜めていたスズメバチ達が暴れて襲ってきた時に、我を使って"庭ごと"焼き払ったのは?」

「…………」

「沈黙は思うところがあると見ていいか?」

「………うるさいよ、トカゲのクセして贅沢な肉食べさせてあげてる主にそんな小言を言うなら、ご飯抜きにしてあげようかん」

「動物愛護団体に泣きつけば保護してもらえるだろうか」

「"魔獣"は適応外。過激派なら保護してくれるかもしれないけど、動物愛護の名のもとに自由は無いと思った方がいいよ」

「お前も少しは優しくなればいいのにな、ノア」


 金髪の少女---ノアはトカゲの問いに苛立ちを隠さずに、首根っこを掴んだまま大股で歩き出す。

 だが、トカゲは諦めなかった。


「この学校では4人以上のグループを組み、主に活動する。確かにお前は、現時点で校内でも入学試験で"最上位"の一人だ。だが、お前は一人でこの先も進むのか?いくらお前が強くても、一人には限界がある。焔光の宴の参加する権利は少なくとも日本だけで十二人までは用意されている。ここは誰かと協定を結んだ方が---」

「私はただ焔光の宴に参加したい訳じゃないんだよ。圧倒的な完膚無きまでの1位通過での参加。それが、私の目的。馴れ合う必要なんてこれっぽちもないよ」

「そんな態度では一生孤独のままだな。我は、覇道を突き進む事を嫌いはしないが、確実に通過する為に徒党を組んで協定を結ぶ事を提案する。それに、これでは旦那の一人も見つけずに生涯を終えそうだ」

「……いずれ見つけるよ。きっと、私を守ってくれる魔術師がいるはず」

「笑えばいいか?お前に正面から戦いを挑む人間すら稀なのだぞ?その中から更に好意を向けてくれる馬鹿な男など―――――いや、訂正しよう。居たようだ。少なくともお前と向き合える男は」


 首根っこを掴まれて宙吊りのままのトカゲは、前方に目を向けると開かれた通路の先で、ノア達の進路を塞ぐように立つ二人が見えた。

 一人は少年。着崩した制服で、指の部分がくり抜かれた"グローブ"を手にしている。一応、腰のベルトにはナイフや治療薬を入れるものらしきポーチがあるがほぼ丸腰だ。挑発的な視線を向けてくるが、その眼光には油断はなく全身の魔術回路が浮かび上がっており魔術師の臨戦態勢になっていた。

 もう一人は、少女。こちらも制服を着崩しているが、彼女は上着をスカートに巻き付けて結んでいる。あの短いスカートが原因だろう。身長は横に立つ少年よりも小さいが、腰に提げた日本刀に手をかけた少女からは、彼よりも殺気が強く放たれていた。

 どちらもノアからは、ノーマークの人間である。昨日、滑り込みで入学した生徒が数人居たと先に入寮していた生徒達の会話で盗み聞きしていた時の生徒だろう。だが、その時には特に気になる情報を得なかったからか、ノアから歯牙にもかけない程度の生徒だろう。

 ノアがそんな事を考えながら思考を巡らせていると、少年は何やら手帳とノアの顔を見比べる。数秒見比べた後に、少女にアイコンタクトをすると少年は、話しかける。


「お前は、龍ケ崎乃亜(りゅうがさきのあ)で間違いないか?」


 あくまで確認、と言わんばかりの少年はそう言うと自然に浮かび上がった笑顔を向けてくる。女性がこぞって持て囃すタイプの容姿ではないが、自然な笑みを浮かべながらも油断していないと言わんばかりに僅かに細められた目付きは、妙に様になっているからか自然と視線が惹き付けられる。


「魔術師として有名な家系で生まれ、自身も魔術の素質を持ち合わせて入学。昨日の入学試験での成績は学年三位。実技よりも筆記の方が得意らしいが、龍ケ崎家特有の魔術を用いてペットに知性を与える代わりに"魔獣"を作り出す。入学試験では、ドラゴンを使っていたそうだが…」


 スラスラと少年はノアのプロフィールを話し出す。


「…高校に申請した魔術師としての登録名は『白銀龍の寵愛』。確かにドラゴンを"使役"できる人間は確かに寵愛を受けてそうだな」


 からかうような口ぶり。しかし、相変わらず鋭い視線を向ける少年はノアの胸を指差す。正確には―――制服の胸ポケットの位置に留められている数字のついたバッジだ。

 不知火高校の象徴となる不死鳥の羽根を模した細長いバッジには、学年順位が彫られている。ノアの場合なら、3である。


「口説くならもっと言葉遣い直した方が良いと思うよ」


 少年の言葉に少しムッとしたノアは、少年を睨みつける。


「そこまで知ってて何か用?それとも、ボコボコにされたいの?」

「前置き長くても面倒臭いからな。単刀直入に言う。俺と魔夜の仲間としてグループを組むか、その三位という順位を譲ってもらう」

「はあぁ…っ!?」


 ノアはポカンとしてしまう。何を言われたのかハッキリ言って分からなかったのだ。


「自殺希望ってことでいい?」

「いや、俺達が勝つさ。お前は、仲間になるか、大人しく3位の座を俺達に寄こすかの二択だ」


 ノアは少年の言葉に深々とため息をついた。


「…一度教育が必要みたいだね。私に喧嘩売るとどうなるか教えてあげる」


 先程までの不機嫌な態度から一変して、好戦的な表情でノアは有り余る殺気をぶつける。

 巻き添えを恐れて生徒達は、更に距離を取って離れていく。

 かくして、あまりにも唐突に、先程まで賑わっていた娯楽通りは戦場へと化した。

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