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 レンガが積み上げられた壁を再現した、一見すれば懐古的にも見える壁面に一際目を惹く巨大な絵画が掲げられている。

 それは一面に広がる草原の中、腰を折った女性三人が麦の穂を拾い集める様子を描いた世界的に有名な絵画。ジャン=フランソワ・ミレーの〈落穂拾い〉だ。

 富と貧困がひとつの絵画の中で秀逸に表現された作品でありながら、現実における負の側面特有の重たさをあまり感じさせず、どこか柔らかな雰囲気すら纏う不思議な絵画でもある。

 フォンティーヌブローの森の外れ、シャイイの肥沃な大地を作者であるミレーがどのような感情の元に描いたのか、今となっては知る術もない。

 この点については諸説あるが故に、明確な答えなど永遠に出ないことのように思えるが、しかし。

 多くの人々がミレーの感情について決まって“ある仮説”を抱くことを思えば、この絵画にまつわる言い伝え的な説も強ち間違いとは言い切れないのかもしれない。



 この〈落穂拾い〉のレプリカが飾られた部屋とは、イングランド、イースト・サセックス州にあるセルフェイス財団の支部における代表執務室であり、部屋では三人の人物による“とある話し合い”が行われている最中だ。


 互いに視線を送り合う財団当主ラーニーと、その妻シャーロット。

 彼らの対面に座し、二人に真剣な眼差しを送る英国貴族院議員チャールズ。

 テーブルを囲んで座る三人は、これからの“人類の行く末”について互いの意見を交わしていた。

“人類の未来”などと大仰な言葉を使うことも、今の世の中を見て回せば実際のところ決して間違いではない。

 マリアがほとんど完全に成し遂げた新たなる世界の構築、機械仕掛けの神による全人類の統治を目の当たりにすれば、『これから自分達はどうなっていくのだろうか』という議論を重ねたくなるのも至極当然のことだろう。


 振り返れば、セルフェイス財団の創始者であるエドワード・セルフェイスはかつて、息子であるラーニーに〈落穂拾い〉の絵画についてこのように語っていた。

“この絵画に描かれる景色というものは自然や人々の生活に至るまでの様々なことが縮図として描かれているんだ”と。

 現代における自然環境保護団体の旗頭でもあり、慈善活動家でもあったエドワードは、全ての人々が分け隔てなく生活できる平等な社会の実現を夢に見た。

 その言葉を聞いて育ってきたラーニーにとって、マリアの実現した世界とはまさしく〈全人類が分け隔てなく生活できる平等な社会の実現〉そのものであると感じられたが―― それを見て“良し”とするかはまた別の話だ。


 ソファに座るラーニーは自身の膝に肘をつき、口元を覆うように両手を重ね合わせながら険しい表情で言う。

「チャールズ。無理は承知で聞くが、現状を何とかする手立ては本当に何も無いのか?」

 すると、真剣な表情を浮かべつつも、答えに窮した様子でチャールズは言った。

「お前が相手だから何度でも繰り返してはっきり言うが、何も無い。空を見ろ。天空城塞イデア・エテルナ。あれを“無かったこと”にして、これまでの日常を取り戻す手段など有りはしないんだ」

「分かっているつもりだ。けれど、僕は認めたくない。そして受け入れたくはない。これは人が自らの手で掴み取った理想の社会ではない。人間が考えた理想を機械に教え、機械なりに処理した結果としてもたらされた幻想の類だと思っている。AIアートと同じ、まやかしだ」

「気持ちは分かるが、駄々をこねられてもな」

 困り顔のままチャールズは言い、溜め息交じりの吐息をついて椅子の背もたれに身を預ける。


 すると、ラーニーの隣で話を聞いていたシャーロットが不安げな面持ちで言った。

「私からも問うわ、チャールズ。答えられないのであれば答えなくて良い。英国政府は保留したままの回答を彼女達にどう伝えるつもりなの?」

 国民の代表機関に身を置く者に対して、具体的な答えを迫る問いだ。

「例の“手紙”の話か。誤った教師とはよく言ったものだ。君達が教えてくれたマリアという少女。彼女が持つというのは未来視の力だったか。どうやら嘘ではないらしい」

「どういうこと?」


 例の手紙とは、天空城塞イデア・エテルナに座するマリアからある七か国に向けて送られたメッセージのことを指す。

 それについて、答えにならない返事を返したチャールズに怪訝な表情を向けたシャーロットは疑問を口にせざるを得なかった。

 だが、チャールズはシャーロットの問いを気に留めることなく、ソファから上体を起こすとやや前のめりになり、声を潜め気味に言ったのだ。


「全てを語ったわけでは無かったな。実際のところ、英国政府宛にイデア・エテルナから送達された手紙の内容はこうだ」


 チャールズはそう言うと、自身のスマートデバイスに手早く手紙と呼ばれる文書を表示し、ラーニーとシャーロットへ差し出した。

 デバイスのモニターには次のように表示されている。


“貴方がたがサタンの座がある場所に住んでいることを知っている。

 しかし、私の忠実な証人がそこで殺された時でさえ、貴方がたは私に対する信仰を捨てようとはしなかった。

 ただし、貴方がたの中には異教を信仰し、躓きになるものを以て不品行をさせたことも知っているし、分派の味方をするものがあることも知っている。

 そうした者達はすぐに悔い改めよ。そうしなければ、私は剣を以てその者達と戦うことになる。

 耳のある者は教会の言うことを聞け。勝利者には神秘の根源から来る力と、白き石を授ける。石には、それを受ける者の他は誰も知らぬ新たな名が書いてある”


 二人が手紙と呼ばれる文書を読み終えた頃合いを見計らい、彼らをじっと見据えてチャールズは言った。

「これが全文だが、読んでどう思う?」

 鋭い眼光と共に、言い放たれた問いに対しラーニーが即答する。

「父から聞きかじった俄か知識でしかないと前置きするが、ヨハネの黙示録に書かれた内容“そのもの”だと思う。ペルガモンの教会へ差し出された手紙だろう?

“剣を持ち戦う私”がイデア・エテルナの者達を指すとすれば、比喩的な手法で政府に何かを警告している手紙だと考えるのが自然だ」

「まさしく。これはお前の言う通り、間違いなくヨハネの黙示録になぞらえられた手紙であり、“警告”の類の文書だ。だが、俺はお前とは少し違う考えを持っている。この文書は何も政府に対して警告を発したわけではない」

「何だって?」

「比喩的な手法でと言ったな? その考えはおそらく正しい。比喩であるという前提を元にして、この手紙に書かれた内容に関してそれぞれの単語が何を指しているのかを考えると分かりやすい。その中でも、〈分派〉というものが何を示すのか俺には心当たりがあってな」

「チャールズ、もったいぶらずに教えてくれ。僕達に分かるように説明してほしい」

「俺が説明するより早く、その答えを教えてくれる者がもうすぐ連絡してくるんじゃないか? 今日か、明日か、明後日かもしれない。いつになるかは分からないが、そうでなければこの“仮説”は成り立たないんだ」


 答えを濁したまま言い切ろうとしないチャールズ。

 曖昧な回答に終始する彼に、ラーニーが再び説明を要求しようと口を開きかけた、その時だった。

 静けさの中、緊張感が高まりかけた代表執務室内でラーニーのスマートデバイスが静寂を破って音を立てる。

 無機質なコール音を耳にし、言おうとした言葉を呑み込んだラーニーはデバイスを手に取り、発信者を確認した。


「っ! 玲那斗からだ!」


 表示された発信者を目にして思わず大声を出したラーニーにチャールズは言う。

「出るべきだ。今、ここで」

 言っただろう? そう言わんとするチャールズの表情はニヤリとしたものであった。

 言われなくてもそうするという視線を彼へ送ったラーニーは、デバイスの応答アイコンを急いでタップした。


「僕だ。玲那斗か!?」

『良かった、ラーニー。繋がったんだな』

「今どこにいる!? ……いや、違うな。すまない。ずっと心配だったんだ。まずは君が無事でいてくれて嬉しく思う」

『ありがとう。俺は元気だし、隊長やルーカスも、それにアルビジアも同じくだ。ただ、マークת全員が揃っているわけでもない。イベリスとフロリアンはマリアに連れ去られてしまった』

「何だって?」


 不安の解消。安堵。玲那斗の声を聞いたラーニーの中で第一に湧き上がった感情だが、イベリスとフロリアンの話によってそれはすぐに再び言い知れぬ恐怖で染まった。

 表情が硬直し、明らかな動揺を浮かべるラーニーにチャールズが言う。


「ラーニー。ビデオ通話へ切り替えてくれないか。俺にも彼と話をさせてほしい。その方が互いの為にも良いだろう」

 チャールズの言葉を聞き、ラーニーは玲那斗へ言う。

「玲那斗。君と話したいことは山のようにあるんだが、その話の中にもう一人、僕の友人を交えても構わないか? 英国政府の人間で、信用できる男だ」

『もちろん。こちらにとっても渡りに船だよ。俺達は今、あらゆる情報を必要としている』

「ありがとう。では、ビデオ通話に切り替えさせてもらうぞ」

 そう言ったラーニーはスマートデバイスをテーブルの上へ置き、ホログラフィックモニターを立ち上げてビデオ通話モードへと切り替えた。


 ディスプレイに映し出された玲那斗の姿を見て、チャールズが開口一番に言った。

「姫埜玲那斗中尉だね。お初にお目にかかる。私はチャールズ・ロックフェルト。つい今しがた、ラーニーは政府の人間だと言ったがニュアンスが違うので訂正しておきたい。

 私は英国貴族院議員ではあるが、政府の人間とは少し立場が異なる。ただの関係者ということでひとつ頼みたい」

『初めまして。姫埜玲那斗です。ロックフェルト議員、貴方とお話する機会が持てて光栄です』

「パーフェクトタイミング。いや、結構結構。それと、あまり畏まる必要もない。ラーニーの友人だというのなら、その時点で私の友人であるも同義。チャールズと呼んでくれて構わないよ」

『恐れ多い。今は先のように呼ばせてください』

「ふむ、それも構わない。ところで―― なるほど、そうか。今君達はリナリア島にいるわけか。行き先、潜伏先として妥当といったところだな」


 チャールズの言葉を聞いた玲那斗の表情が引き攣った。

 ただ挨拶を交わしただけで、当然まだ自分達の所在を明かしたわけもなく、何より自己紹介以外には何一つとして話をしていないに等しい。

 にも関わらず、彼はマークתの居場所を的確に言い当てたのである。

『どうしてそれを?』

「背景だよ。その部屋の内装には見覚えがあってね。機構のリゾート開発計画には英国も関りがあって、私も内容について承知しているという、ただそれだけの話だ」

 話を聞いていたラーニーが割り込んで言う。

「内装の装飾だ。春に僕達を助けてもらったことへの返礼として、英国政府を通じて王室から機構宛てに贈られたものがそこにある。その手配をしてくれたのがチャールズってわけさ」

 言葉足らずのチャールズに、補足して話したラーニーの言葉を聞き玲那斗は納得した表情で言った。

『なるほど。ロックフェルト議員。確かに貴方は英国政府と密接な関係にある、信用できる方らしい』

「そう思って頂けたのなら光栄だ。さて、自分から話を振っておいて難だが、あまり挨拶に時間をかけている場合でも無いな」

『同感です。ラーニー、ロティー、急に連絡を入れておいて挨拶もおざなりにする無作法を許してほしい』

「構うものか」

「同感よ」

 ラーニーとシャーロットは互いの顔を見合わせ、温和な表情で玲那斗へと言った。


 三人のやり取りを横目に見ていたチャールズが言う。

「さて、私としては君達から聞いてみたいことも山のようにあれば、私から君達に話しておきたいことも山のようにあるわけだが―― どうだろう。姫埜中尉、こちらに来て直接話をしないか?」

『イングランドに、ですか?』

「そうだ。今この場で話をするよりは深い情報交換が出来ると思う。構わないだろう? ラーニー」

 モニターに映る玲那斗から視線を外したチャールズはラーニーへ向く。

 同時に、玲那斗の視線もラーニーへと向き、どう返事をするか答えを待っている様子であった。

「僕も同じ意見だ。正直なところ、この通信では話せない情報も多いんだ。事情は汲んでくれるとありがたい」


 ラーニーの意見を受けた玲那斗は、すぐ傍にいるジョシュアに確認をしたのだろう。モニターから視線を外して二言三言、誰かと会話をして言った。

『分かった。イングランドに行こう。イースト・サセックス州の支部を訪ねれば良いんだな?』

 ラーニーが返事を返そうとすると、チャールズがそれを制止して言う。

「感謝する。場所は言う通りで間違いない。そちらからの移動はどのように? 必要であれば迎えを飛ばすことも考慮しよう」

『こちらには航空機が一機あります。機構のソニック・ホークです』

「ほぉ、SR-74とは。機構が所有しているタイプは輸送型だったか。資料でしか見たことは無いが、とんだじゃじゃ馬を扱うのだな」

『必要に迫られて、でした。ヘリではありませんので、直接そちらへ乗り付けることは困難です』

「なるほど。そういうことであれば、迎えを送っても良いが…… いや、気が変わった。

 今という情勢の中だ、我々の側から動くのは止めた方が良いだろう。

 ブライズ・ノートン空軍基地の航空管制に指示を通達しておく。機構のソニック・ホークが現れたら無条件で着陸を許可しろ、とな。

 そうなると、だ。頭の固い連中に根回しをする時間や諸々の準備が必要になる。本当ならば明日すぐにでも、と言いたいところだが明後日はどうだろうか?」

 チャールズの言葉に玲那斗は驚きの表情を浮かべた。


 一人の議員が空軍基地の管制にまで指示する権限を持ち合わせているというのか?

 彼は一体――


 そうした空気を悟りつつも、チャールズは気に留めることなく言う。

「どうかな? 明後日、24日の午前中にこちらに来られそうか?」

『はい。ただ、我々の操縦技術の問題として、ソニック・ホークの最高速度はマッハ2.5に制限されます。よって、リナリア島からだと1時間程度で空軍基地に到着できるはずです』

「分かった。では午前9時頃に空軍基地へ降り立ってくれ。そこから支部までの道のりはこちらで何とかしよう」

『分かりました。では、私一人が……』

 玲那斗がそう言いかけると、すかさずチャールズが言葉を遮る。

「待ちたまえ。単独行動は避けた方が良い。もう一人ほど一緒に連れて来るべきだ」

 困惑の表情を浮かべる玲那斗に、ラーニーが言う。

「僕もチャールズと同じ意見だ。出来れば、道中に君の身の安全を守ることが出来る人が良い。例えば、アルビジアさんは一緒に来られるかい?」

『安全…… 護衛? アルビジアも?』

 玲那斗は再びモニターから視線を外し、その場にいる仲間達に確認を求めている様子だ。

 その間にチャールズは言った。

「誤解しないでほしいが、私達は誓ってどこまでも君達の味方だ。だが、今の歪でもあり、ある意味では理想ともいうべき変容を迎えた世界の中にあっては、誰もが君達の味方に成り得るという考えを持つべきではない。そういったことを周囲に期待してはならないんだ」

『疑問ばかりで申し訳ありません。一体、どういうことでしょうか?』

「すまない。今、この場で申し伝えられるのはここまでだ。国家というものと深く繋がっている私達だからこそ、今話すことが出来ない。分かってもらえるだろうか」


 しばしの無言の後、玲那斗は頷いて返事をした。

『分かりました。それと、アルビジアも同行させましょう』

「良き返事に感謝を」

 チャールズが言うと、シャーロットが柔らかな表情を湛えて言った。

「ラーニー。彼女が来るのなら、彼もここへ招待しましょう。それに、政府と繋がりの無い方の意見や情報も必要だと思うわ」

「モラレスさんか。そうだな、アルビジアさんに会えれば喜ぶと思う」

 二人の会話を聞いたチャールズが玲那斗へ言う。

「だそうだ。では、明後日の午前9時にブライズ・ノートン空軍基地へ。必要な根回しはこちらでしっかりしておこう。君のデバイス宛にソニック・ホーク用の飛行経路データをラーニーから送信させる」

『承知しました。ありがとうございます』

「君達とすぐにでも会って話をしたいというのは我々の切実な本音だ。言えないことだらけとあって、疑念を抱かれるかもしれないが、どうか信じて欲しい」

「お気になさらず。明後日、お会いできることを心待ちにしています。それでは、失礼します』


 その言葉を最後にビデオ通話は切断された。

 再び静けさに満たされた代表執務室でチャールズが呟くように言う。


「やれやれ。セントラルの狸は俺達のことを信用してないのか? 彼らの所在がリナリア島であることを大西洋方面司令が掴めていないとは思えないが、つい先日、かの総監殿はそうした話を俺達には一切しなかった」

「向こうにも向こうの事情ってものがあるのだろう。内情に関する守秘義務という名目でな。少なくとも、直接お会いして話をした限りでは、ヴァレンティーノ総監は信頼できる方だと思う」

「お前は素直でお人好しだからな。仮面の下というものを学ぶべきなんじゃないか? ピエロの笑顔を馬鹿正直に信用するのは問題だ。特に、代表当主としてこれからも財団の将来を担うのであればな」

「耳に痛い話をする」

 安堵の溜め息をつきながら、椅子の背もたれに深く腰を沈めたラーニーは苦笑しながら答えた。

 二人の間に入り、シャーロットが言う。

「あら? でも、そこがラーニーの良い所なのではなくて? 貴方もそう思っているからこそ、長きに渡って親友でいられるのでしょう?」

「否定はしない。人の二面性というものを嫌というほど見てきた。裏切られたことも指折り数えられるものでは無い。俺にとっては仮面の下というものが無いラーニーとの会話ほど心地いいものは無いからな」

「やはりそうなのね」

 そう言ってシャーロットは笑みを見せ、チャールズも笑みを見せて言う。

「それでいえば、先ほどの姫埜玲那斗という男も非常に良い人物だ。彼の心には二面性が無い。裏も表もなく真っすぐで、誰よりも“人のことを信じようとしている”。類は友を呼ぶというやつか?」

「からかうのは止せ」

 自身のことを揶揄されているように感じつつも、それが二人の優しさであり、温かさなのだと知っているラーニーは、彼らと同じように笑みを浮かべて言うのであった。


 ふいに、ラーニーが真剣な表情をして言う。

「なぁ、チャールズ。さっきの話の続きを教えてくれ。イデア・エテルナから政府に送られてきた手紙の意味について。つまるところ、どういう意味なんだ?」

 すると、背もたれに深く腰を据え直しながらチャールズは言った。

「まだわからないのか? さっき答えとなる人物が連絡をしてきただろうに。灯台下暗しとはよく言ったものだな」


 怪訝な表情を浮かべるラーニーとシャーロットに、チャールズも真剣な表情をして言った。

「異教を信仰する者、分派とは―― 別の理念に基づいた価値観を有し、既に成立した理想社会に対して反旗を翻そうとする彼らマークתのことであり、彼らに教えを与える“誤った教師”とは俺達のことだ」


 みるみる内に、愕然としたという表情へ移り変わる二人を見やりながら、チャールズは続ける。


「つまり、マリアという少女が英国政府に送った手紙が真に述べようとしている警告とは、俺達に宛てられたものなんだよ。

 意味はこうだ。“彼らに助力するな。お前達が彼らの味方をするなら、自分達は彼らと剣を交えて戦うことになる”。

 だが、安心しろ。先の会話で“どこまでも味方だ”という言葉を発したにも関わらず、俺達の手に穿たれた刻印は俺達を罰しようとはしなかった。

 会って話をするくらいは認めてやるという天空の意思の表れだろう」


 ラーニーは口を一文字に結び考えた。

 チャールズの言う解釈が事実であるならば、マリアが政府に送った手紙とは、自分達の行動を予言した上で送って来たものということで間違いないだろう。

 安心しろと言われても、その先に何があるのかなど考えたくもない。


 だが――


 何がどうあろうとも、マリアの抱く理想を受け入れるわけにはいかないのだ。

 これからの世界で生きる、新たな者の為にも。


 ラーニーはシャーロットの顔を見つめる。

 不思議そうな表情を浮かべる彼女の顔から、視線を彼女の腹部へと向けたラーニーは想いを新たに、自らが為すべき使命を果たすと固く誓う。


 目の前で、親友が何を思ったのかを悟ったチャールズもまた、自らの果たすべき使命について思いを馳せて呟くのであった。


「そうだ。明後日、俺達の運命の歯車ってやつも動き始めるのさ。大きな音を立てて、な」



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