エピローグ

 拝啓。


 今年の十月五日も雲一つなく晴れました。見下ろしていただくには、絶好の天候かと存じます。


 こうして私がお墓参りをさせてもらうのは、今年で五年目となります。


 大学生の頃は約束のことしか考えていなかったので、まだかまだかと時が過ぎるのを待っていたのですが、充実していると月日が経つのが早く感じます。


 毎年手紙を書いておりますが、波多野さんはしっかり読んでくれていますよね?

 真利亜さんは独占欲が強く、手紙も検閲されているだろうから、どうせ波多野さんには届いていないと賢吾さんが言うのです。


 お二人の仲を裂くつもりは毛頭なく、私を救ってくれた波多野さんに近況を報告したいだけなのです。本当に、他意はありません。


 私のささやかな楽しみを許していただけると幸いです。また、真利亜さんも一緒に読んでもらえたら嬉しく思います。


 賢吾さんが毎度言うものだから心配になり、前置きが長くなってしまい申し訳ありません。


 昨年に続いて、ソリッドは順調に成長していっています。


 今では六フロアとなり、社員数も私が入社した頃から三倍近く増えております。


 人が増えたことで良いことも悪いこともありますが、軋轢などはなく皆気持ち良く業務をしており、強いて言えば寺島さんの悪癖くらいでしょうかね。そろそろ監視役でも付けようかなと、片倉さんが言っていました。


 仕事は、とにかく良い人ばかりで楽しいです。


 波多野さんは以前私に、自分と向き合って何がしたいのか考えろと仰いましたよね。


 いずれ臨床心理士の資格を取ろうとは考えていますが、やはり今私がやりたいことは波多野さんが作ったソリッドを日本一にすることです。


 これは私の嘘偽りのない本心で、自分自身で決めたことです。


 そうした思いもあり、久々に瑠衣さんと組んで新規プロジェクトを立ち上げていたのですが、今月半ばから私が休職することになったので、一旦ストップとなりました。やる気満々だった瑠衣さんには申し訳ないことをしたと思いましたが、これを楽しみに待っていると言われ凄く嬉しかったです。


 休職についてですが、病気になったわけではないのでご安心ください。


 実は、お腹の中に赤ちゃんがいるのです。


 この私が、愛する人の子供を授かることができました。


 小学生、中学生、地獄のような日々を送っていた頃、こんな幸せが待っているとは夢にも思っていませんでした。


 これもひとえに、波多野さんのお陰です。


 私をどん底から救い、導いてくれた。全て、波多野さんがいてこそでした。感謝してもしきれません。


 波多野さんは私が頑張ったからだと言うのでしょうけれど、頑張ったからといって必ず結果に繋がる、幸せになるとは限らない。


 それは、波多野さん自身がよく言っていたことですよね?


 ですから、私の頑張りだけではどうしようもない。波多野さんのお陰なのですよ。


 それでも波多野さんが違うと仰るのであれば、やっぱり神が私を見てくれていたからにしましょうか?


 だから神なんていないって……。


 きっとまた、波多野さんは苦笑しながらそう言うのでしょうね。


 波多野さん、何度でも言います。


 本当にありがとうございました。


 私は、果報者です。


 来年は我が子を連れ三人で参りますので、その時は温かく迎えていただけると幸いです。


 心配は無用かと思いますが、波多野さんと真利亜さんが引き続き楽しく過ごせるよう、深くお祈り申し上げます。


                              敬具。

 令和五年十月五日。

                              大宮楓。

 波多野輝成様。

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神がこちらを向いたとき 宗治 芳征 @naichisa

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