①
「はぁ……はぁ……」
息切れしている中、ぼくは必死に女を追いかけている。
桜史郎はぼくを嘲笑いながら、逃げている。
「……よくも、よくもぼくの友達を」
「メンヘラキモすぎ。あたしに執着しないでよ。もう別れたんだから他人でしょ?」
田舎のあぜ道、誰もいない夜道で、ぼくは彼女に覆い被さった。
両手を首にかける。
彼女は嗤っている。
鏡の中で、泥沼 凶子が、ぼくをみている。
「ふふ、女に力で勝てると思ってんの? つけあがるのもいい加減にしろよ、マジで」
「……許さない。絶対に許さない」
「男なんて所詮──子供を産むための道具に過ぎないでしょ。ガキ産んでとっとと消えろよ。日本の多老化に貢献できたんだから本望じゃん。アンタに私を殺せると思ってるの?」
「……人を性奴隷扱いしやがって。男の敵め」
「殺せるもんなら殺してみてよ? できないだろうけどね!」
桜史郎がぼくの顔面を殴りつけてくる。
血が引っ込む。頭がグラグラする。
女が、ぼくの服を掴み、地面へと叩きつける。
体勢が、逆転する。
「ああ、本当にかっこいいわね、あんた。その顔を傷つけてやりたぁい。粉々にしてやりたぁい。ずっと抑えていたのよ、私の中の破壊衝動をね。女である以上、これも全部正当防衛になるわよねぇ……?」
女がカバンの中から、ナイフを取り出してくる。
首元に突きつけられる。
逃げ出そうとしたとき、両手を押さえられた。
ナイフを咥えながら、女が嗤っている。
「どうやって遊ぼうかなぁ。やっぱり、陰茎は切り落として、飾るのがベストかしらね。あはは、あなたの大切なお友達の瑞希くんは、本当に気持ち良さそうだったよー? どう? どう? 動画で一緒にみる? 喉元ブッ刺したらすぐにこの世逝きだけど、それもマンネリ化してるしさぁ」
「……お前、イカれてる」
「ふふ」
女が嗤っている。ぼくの前でナイフを突き立てようとしている。
助けを呼ぼうとしたのだが、口を押さえられる。
「んー!んー!!」
「……黙れよ、クソ男。あたしに犯されるのを喋って、そこで待ってろ」
誰もいない夜道。森のすぐそば。
ふと、田んぼに誰かが立っているのがみえた。
泥沼 凶子が、こっちを見ている。
泥沼 凶子が、ぼくに何かを伝えようと口を動かしている。
ぼくはジーッとそれを見ている。
「あああああっ!!」
「いいね、いいね、その歪んだ表情。かっこいい〜。さすが、琥珀くん。痛がってる姿も素敵よ」
脇腹にナイフを突き刺される。
女がぼくを見下している。ぼくは女を見下ろしている。
「じゃあ、生きてよ。琥珀くん」
女がそういったとき、ぼくは思いっきり、彼女を蹴り上げた。
桜史郎が体勢を崩す。
その隙にナイフを奪って、構える。
立場が再び逆転し──世界が反転した。
「死ぬのはオマエのほうだよ、桜史郎。女を奴隷扱いするようなクズ男は、わたしが成敗してやる」
泥沼 凶子が、ぼくを見ている。
いや、違う……。
泥沼 凶子は、
目の前にいるのは桜史郎ではない。
吉親 潤海だ。
わたしは、この男を殺そうとしている。
「……よくもわたしの友達を傷つけたね。オマエなんて、生きる価値のない──ただのクズ男だ」
「やめろぉ!!!! 京子!!!!!」
わたしは男の、顔面にナイフを突き刺した。
地に向かって、呟く。
「大好き! あなたのことが大好き! あなたをとっても愛してる! 愛してるぅうう!! あなたの子供を孕ませたい! 産んで、育てて、くたばって、人生を謳歌したい!! この世を去らないで! どうか、この世を去らないで! あなたには生きてて欲しいの! 生きて生きて生きて生きて、そうして逝きてほしいの! 去らないで!去らないで!去らないで!! あなたの苦しむ顔を見たくないの! 見たくなくて、見たくなくて、たまらないの! ほら、もっとそのかっこいい顔を見せて!! あれ、もうグチャグチャになってる? 誰がこんなことをしたの……。ああ、私か。私がやったのか。ひひひひひひひ、どうでもいいか。どうでもいいや、どうでもいい。男なんて全員クズばっかりだし。一人二人消えたところで、なんにもならないし! じゃあ、いっか!!! いっか!!!!!!」
わたしは何度も何度も何度も何度も何度もナイフを引き抜く。
引き抜き、引き抜き、引き抜き、引き抜く。
血が──落ち咲く。
シャツが血で滲んでいる。
まだ息のある彼の耳元で、私は囁く。
この希望や喜びを──飲み拾う。
「愛してるよぉ!!
愛してるぅ!!
大大だぁーーい好き!!
大好きなの!
好きで好きでたまらない!!
お願い!!お願いお願いお願い!!
あなたを傷つけたくない!!
たくさん生きて!!
少なく死んで!!
生きて!!
生きて生きて生きて生きて!!
頼まないから、ゆっくりと生きて!!!!
──たくさんたくさん生きてッ!!!!!」
わたしは笑っていた。
息がある。
ゆっくり霊柩車を呼ばないと。
これで雨降ってわたしもシャバに出られる。
「あははっ──!こんな人生最高ッッ!!」
全身が真っ青だ。
身体のどこも痛くない。
星が手を伸ばしている。
ぼくは生きてゆく。
いつからか狂ってしまったこのセカイで。
──この、反転したセカイの中で。
反転したセカイの中で。 首領・アリマジュタローネ @arimazyutaroune
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